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( 13 )   裕子へ       驚いたかな? 筆不精のおれが,手紙を書くなんて・・・なんかヘンだろ。 でも,浅谷さんが亡くなってから,のっぴきならない事情ができたんだ。   きょうの日をかぎりに,じつはね・・・おまえに,トワの別れを告げなければならない。 おまえがこいつを読むころ,おれはすでに,この世には・・・いないかな? それとも,虫の息になりながらも海を眺めているかな? じっさいのところは分からないけど・・・あしたになるまでには,かならずやこの世界とおさらばしているはずだ。 さいごのさいごまで・・・ホントに,ごめんな。 こんなに身勝手な振舞いをしておきながら許しを乞おうなんて,あまりにも虫がよすぎるというものだろうが,せめて自分のありのままを語るぐらいなら許してくれるだろうか? どうだろう? 正直に告げるよ・・・たとえ拒否されようとも,おれは伝えておきたいんだ。 おまえにどうあっても知ってもらいたいんだ。   なにゆえに,かくのごとき生き方をなさねばならなかったのか?   おれが不器用な自分に気づきはじめたのは,ふつうに思春期のころ。 ある女性を好きになって,この人しか愛せないし愛したくないとおもった。 片想いにもかかわらず,命をかけて真剣に愛を育もうとしていた。 ところが,言うまでもなく・・・恋愛するまえに失恋してしまったんだ。 あとはもう,愛することなんかどうでもよくなって,己れのなかの非自己をことごとく無くしてしまいたい欲求にかられた。 自己を完全に占有して,だれにも左右されずに生きていきたい。 もともと孤独だったおれは,自らの哲学でさらに武装することにしたんだ。   完ペキに遂行するには,どうしても自己の実体を知らなければならない。 当然ながら,その過程で自己の本質も知ることになった。 おまえも分かっているだろう・・・ほかならぬ,ナニも持てない自分だ。 のちに振り返ってみると,そんな資質は実体のありさまを捉えるには有利だったのかもしれない。   実体とはナニか? 真に存在するもの,今この瞬間にも実在しているものである。 もとより物体のことを指しているのではない・・・感じているモノのことだ。  

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( 12 )    年が明けて,いよいよ・・・ 2011 年。   元日は雪も遠のいて,日中には時おり青空がのぞいた。 初もうでに行きたい・・・と裕子がいうので,オセチを食べてから近くの八幡神社に出かけた。無名の社は家から歩いて 10 分足らずのところにあったが,日ごろ参拝する人を見かけることは滅多になかった。 この日も年始めだというのに,人っ子ひとり見えない。だが,知名度になんの意味があるだろう。私にとって大事なことは,ただひとつ・・・オレを想ってくれる裕子の望みを少しでも叶えたい。 彼女にしても式内社のような人気スポットでなくて良かったのだろう。地元の神社にでも行ってみようか・・・たんに立ち寄ったことがなかったという理由で,そう提案したときも嬉々として同意してくれた。大切なのは,ふたりで初詣りすることだったにちがいない。 石造りの鳥居から境内へ入る。 参道は除雪されていたが,狛犬と神馬は大晦日の雪を被ったままだった。左脇の手水舎をのぞいてみる・・・龍の口から肝心の水が出ていない。元旦の神事は執り行なわれていないようだ。 社殿は・・・昨今みかけることが多いアルミサッシで囲まれていたが,建物自体はさびれて久しいということが一目瞭然であった。 中央の短くて狭い階段をあがると,廻り縁があって,高欄の擬宝珠が目についた。どこもかしこも年季の入ったものばかり・・・とはいうものの,たとえば虫喰いの柱や隙間だらけの引き戸は,かえって守り続けられている歴史の重みを感じさせる。 残念ながら拝殿正面の扉は開かなかった。けれど,格子から中の様子が見てとれる・・・祭礼の飾りつけや供え物などの準備は整っており,奥のほうには小さな本殿が安置されていた。静まりかえった神殿は,世間の初もうでの喧噪とはおよそ無縁であって,祈りを捧げるにはもってこいの環境である。 だれもいない二人っきりの参詣は思いのほか気持ちがいい。されど,胸の奥のほうには絶えず熱量のない冷めた波動を感じる。 ・・・モトをたどれば,はじめて裕子と交わったときにも染まらなかった真っ黒の領域。忘れていても消えさることのない心の闇。共生のなかにあっても孤独を主張してやまない帳本人。 彼女と一緒に暮らすことには大きな安らぎをおぼえたが,一方で真には応えてやれない負い目を引き摺った