( 13 )
( 13 ) 裕子へ 驚いたかな? 筆不精のおれが,手紙を書くなんて・・・なんかヘンだろ。 でも,浅谷さんが亡くなってから,のっぴきならない事情ができたんだ。 きょうの日をかぎりに,じつはね・・・おまえに,トワの別れを告げなければならない。 おまえがこいつを読むころ,おれはすでに,この世には・・・いないかな? それとも,虫の息になりながらも海を眺めているかな? じっさいのところは分からないけど・・・あしたになるまでには,かならずやこの世界とおさらばしているはずだ。 さいごのさいごまで・・・ホントに,ごめんな。 こんなに身勝手な振舞いをしておきながら許しを乞おうなんて,あまりにも虫がよすぎるというものだろうが,せめて自分のありのままを語るぐらいなら許してくれるだろうか? どうだろう? 正直に告げるよ・・・たとえ拒否されようとも,おれは伝えておきたいんだ。 おまえにどうあっても知ってもらいたいんだ。 なにゆえに,かくのごとき生き方をなさねばならなかったのか? おれが不器用な自分に気づきはじめたのは,ふつうに思春期のころ。 ある女性を好きになって,この人しか愛せないし愛したくないとおもった。 片想いにもかかわらず,命をかけて真剣に愛を育もうとしていた。 ところが,言うまでもなく・・・恋愛するまえに失恋してしまったんだ。 あとはもう,愛することなんかどうでもよくなって,己れのなかの非自己をことごとく無くしてしまいたい欲求にかられた。 自己を完全に占有して,だれにも左右されずに生きていきたい。 もともと孤独だったおれは,自らの哲学でさらに武装することにしたんだ。 完ペキに遂行するには,どうしても自己の実体を知らなければならない。 当然ながら,その過程で自己の本質も知ることになった。 おまえも分かっているだろう・・・ほかならぬ,ナニも持てない自分だ。 のちに振り返ってみると,そんな資質は実体のありさまを捉えるには有利だったのかもしれない。 実体とはナニか? 真に存在するもの,今この瞬間にも実在しているものである。 もとより物体のことを指しているのではない・・・感じているモノのことだ。