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(8) 真子が東京へ帰ってから,嵩子とは気兼ねなく逢える状況に置かれたのであるが,これまでと同じように私はたずねる回数を制限して付きあっていくつもりでいた。 というのも,嵩子は変わりつつあった。 9月,真子が金沢を離れる準備に追われながらも送別会へ出かけたとき,久しぶりに嵩子のもとへ足を運んだ。 そのおり見慣れた部屋に入ってすぐ目にとまったものが,鴨居に貼られたコピー用紙・・・それには筆ペンで詩歌的なものが書き記されていた。 『小さきは小さきままに 折れたるは折れたるままに』 そういえば,近ごろの嵩子はナニカを悟ったような雰囲気があって,ひと頃のように過敏なこころで物事を悪いほうに決めつけることもない。詩句はちょうど彼女のこころの持ちようを言い表しているみたいだった。 この句は,嵩子と逢わなくなった後年に調べる機会があって,曻地三郎という著名な教育者の詠んだ和歌の一節であることが分かった。 『小さきは小さきままに 折れたるは折れたるままに コスモスの花咲く』 どのような経緯で彼女がウタに出合ったのか,詩句にかんして言葉を交わしたことはなかったから今となれば知るよしもない・・・が,それは分からなくとも,いつまでも色褪せない安らぎさえも覚えるフレーズは,ずっと嵩子と対をなして私のココロの泉にある。 もう一つ後年になって確信を得たことがある。 例の発作のことだ。 クリスマスイヴの大事件以降,彼女と逢瀬を重ねていてもそれまでのことがウソのように発作は一度も起こらなかったので,いつしかキレイさっぱりと忘れ去っていた。 ところが離れて暮らすようになってからは,嵩子のことを思いだすたびに決まって,あの発作の正体はいったい何であったのか・・・と気にかかり,医師としても強い関心を抱くようになった。 思い返してみると,多彩な様相を呈していたので普通には単一の疾患とは考えにくい。けれども背景には共通点があった。言うまでもなく精神的ストレスである。それを手掛かりにインターネットで検索を重ねるうち,記憶にのこるすべての異状を説明可能な,ある疾患群におもい至った。 解離性障害! 以前から多重人格と呼ばれる解離性同一性障害はあまりにも有名であるが,それ以外にも解離性障害は存在...