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33歳のとき,予定外の医局人事があり,東京都内のS病院へ出張しなければならなくなった。
いくつかの事由が重なってのこと・・・直接には同期の循環器医師が二人とも拒否したので,意思を示していない私に白羽の矢が立ったのだという。志願こそしなかったが一度は東京で暮らしてみたいと思っていた。それゆえ私にはさほど苦ではなかったものの,当然ながら嵩子との半同棲生活は一旦中断を余儀なくされてしまう。
ふと怪しむ・・・あのときの私は,限られた期間とはいえ,金沢から遠ざかることをなんと捉えていたのであろうか?
東京行きを自ら希望しなかったのは嵩子がいたから・・・それは疑いようもない事実であった。しかし,派遣の決定にさいして異議を唱えなかったのは,別の意味で彼女を意識していたからではなかったか?
内なる歪みの原因を見極められずにいた私は,強制的に引き離されるような任務を与えられて仕方がないことだと彼女に釈明しつつも,心の奥底ではむしろ歓迎していたのではなかったのか?
幾度となく自身に問いただす・・・正直いって,そのたびに心苦しい溜め息を漏らさざるをえないのだ。
こんかいは近隣地域への異動ではなかったため,機会を逸せずに借り続けていたアパートを解約することにした。明くる年には金沢へ戻ってくるにせよ,もう手狭な1DKで生活する気がしなくなったのである。
慣れ親しんだ住居をついに引き払うことになり,9月末の一週間はロクすっぽ眠りにつく暇さえなかった。おそくに帰ってきては引越しの支度にあけくれていた。とはいっても私は自分のものを整理し処分するだけであって,大部分の荷造りは生活用品などもふくめて嵩子がやってくれたのだが。
引越し前日の9月末日土曜日,準備完了の打ち上げを兼ねてアパート最後の日を締めくくろうと,歩いて数分の小さな焼肉屋に出かけた。
老夫婦が営むその店は,古臭いのみならず設備も不十分で,近くの住人でなければ食べに来ないようなところではあったが,こぢんまりとした素朴な感じがとても気に入っていた。とくに風呂あがりにやって来て,カウンターで喉の渇きを癒やしながら,焼けたばかりのタン塩を食べるのが嵩子も私も大好きだった。そうしたこともあって,住居と切っても切れない関係にある行きつけの店で食事をすることにしたのだ。
その晩もふだんと変わらない・・・お客が肉を焼いていれば,横壁の換気扇がどんなに回っていても店内には煙が充満してしまう。これがなければ猶のこといいのに・・・入るなり無言で顔を見合わせた。
まずは,ビールで乾杯!
「タカコと出会って5年か・・・いろいろありがとう」
おのずと感謝の気持ちが出てくるけれど,これから先どのように嵩子と関わって生きていくのか,それが今ひとつ見えてこない・・・一方で,彼女がいようといまいと常に自己はここにあって,己れしだいでかならずや生を尽くせるはずだと思ってしまう。
では,嵩子と共にいる理由はいったい何なのだろう?
言うまでもない,彼女が願っているから!・・・だとしても,私にも要因がなければ続けることは難しいであろう。そういったことを考えていた。
「わたしのほうこそお礼を言わせて・・・アリガト。あなたの世話ができて,なによりうれしかったわ」
笑みを浮かべたのち,嵩子は不意に顔を曇らせる。「でもあした,あなたが行ってしまったら,わたしはどうしよう・・・」
「たった一年の辛抱さ。来年には戻ってくるんだから」
「あなたは,東京が楽しみだろうけど,わたしはやっぱり淋しい・・・」
「遊びに来ればいいだろ」
「そうだけど・・・」
言葉に詰まり,彼女は牛バラを網にのせた。すぐに肉の焼ける音がして煙がすごい勢いで出てくる。あわてて彼女はコンロの火を弱め,思い直したようにつぶやいた。
「ごめんなさい,いけないね,わたし・・・ちゃんと待ってるから,むこうで頑張ってきて」
彼女と共にいる要因がないわけではなかった。この現実に対して私は,何一つとして求めたくはない。むろん相手が嵩子であっても同じこと。彼女がそれを望んでいるのなら,傍らに居たってかまわない。どこまでも嵩子にコダワらないで生きるだけのことではないか・・・そして彼女と暮らすことが,とりもなおさず実践の場であると思っていた。
ところが・・・一緒に居ながら,居なくてもいいように生きていくとは,とどのつまりはどういったことになるのか? またナニをもたらすのか?
それを洞察することは考えているほど容易ではなく,自己を追求するために彼女との生活に固執している面があった。
されど,行き詰っていた。意に反して内には歪みが生じ,たびたび私を狂わせる・・・果たしてこのままでよいものであろうか?
嵩子が焼けた牛バラを網の端においた。
「これ食べて」と彼女。そのあと「タン塩,焼く?」って訊く。
「いいね!」と私。
タンを網にのせつつ「ちょっと訊いてもいい?」って,ふたたび彼女。
「あぁ,いいよ」
「あなたは,なんのために生きているの?」
「何のため・・・?」
なにか志すものがあるならば,成り行きにまかせて過ごしたりはしないさ。ずっと見ていりゃあ,分かりそうなもんじゃないか・・・と漏らすかわりに質問を彼女にもどす。
「タカコはどうなんだ?」
「もちろん,あなたに尽くすためよ!」
それこそ分かって当たり前のような返答であったが,彼女自身の口から言われなければ,そう簡単には信じることはないだろう・・・コップのビールをぐいっと飲み干して語りはじめる。
「おれには・・・なにも無いんだ。なにも要らないし,なにも欲しくない。こんな人間には,生きる目的だってありゃしないのさ。強いて言えば・・・そいつが,おれの目指しているところかな」
「ナニもないのが,めざすとこ?」 彼女は首を傾げる。
「うまく言えないけど,目的とか目標とかを持ちたくないんだ。そんな生き様のほうが性に合っているし,そのようにしか生きられないから」
「目的をもたないで生きるってこと?」
依然すっきりしない表情をみせる嵩子・・・予想どおりの反応だ。戸惑うことでもない。この種の問いかけに対し,これまでまともに向き合ってこなかったのは妥当なことであって,彼女の納得を妨げている背景なんぞに私は思いを致そうとはしなかった。
「この一瞬に,イノチを削るがごとく,オノレのすべてをぶつけて生きていきたいんだ」
やけにもったいぶった言いまわしが鼻につく・・・もっとシンプルな渇望ではなかったか? 「要するに,チカラのかぎりを尽くしたいってことさ」
「まあまあ,わかっているつもりだけど・・・」
彼女の願ってやまないもの,それが私には見えていなかった。痺れをきらしたのだろう,「ねぇ・・・」って嵩子はのぞきこむようにして言った。
「わたしは,あなたの邪魔をしていないわよね?」
「あぁ,してないさ。おれの生き方は変わらないよ。けど,東京行きが決まってから,しばらく離れてみるのもいいかなって思えてきて・・・このさい,いろんなことを一人になって考えなおしてみたいんだ」
焼きすぎて固くなったタンを彼女は箸でつまんでじっと見つめ,半ば独白するようにささやいた。
「わたしは必要ないみたい・・・」
嵩子にとってオレはきっと,暖簾に腕押し・・・といった存在だったにちがいない。なにしろ好きだって告げることはあっても,そばに居てほしいと求めたことは一度だってなかったのだから。
「そうじゃないさ・・・人間,ひとりでは生きられないよ。とにかく,一年たったら戻ってくるから,待っていてくれ」
「言われなくても,待ってるわ」
ふたりともタンをレモン汁につけて口に入れ,不安もろとも噛み砕くようにして食べていた。
いずれにしても嵩子と私は,仲睦まじく暮らすという未来を確信できずに将来に対する懸念を別々の形で抱いていたが,それぞれが信ずることによって抑えこんでいたのではないかと思われる。
「あしたから東京か・・・心配だな」
「ウソばっかり,ホントは待ち遠しいんでしょ」
シメは湿っぽくならないで行く先につなげたい・・・店をでる直前,残ったビールを注ぎあい,ひとつの節目としてグラスを合わせたのだった。
翌日曜日,10月になった日の早朝。
依頼してあった赤帽が到着し,いよいよ引越し作業の開始となる。運送屋の人と協力して荷物を慌ただしく積みこみ,午前7時になる前にアパート正面から赤帽が出発するのを見届けた。
軽トラを送りだすさい,うら寂しさをおぼえて目頭が熱くなりかけたけれども,車体が視界から消え去ったとたん,感傷的な気分などまたたく間に吹き飛んでしまった。余裕といえるようなものが時間的にも精神的にもまったくなかったのだ。
ゴミを始末し,それなりに掃除をして,やっと離ればなれになるまえの束の間のひとときを惜しみあう・・・自販機の缶コーヒーを,ガランとしたダイニングで飲み交わしながら,なにかしら言葉を発したくてもできずに時間は無情にも過ぎていく・・・とちゅうで『想い出のつまった愛車をよろしくな』って黙ったまま,おもむろにコロナクーペのキーを彼女へ差しだした。
やがて,その時がおとずれる。
帰宅しようとする嵩子を小路のところで見送った。エールを込め,右手を小っちゃくあげて・・・「タカコ,また東京で!」
「あなたも,気をつけて!」
運転席から思いのたけを込め,アシュラと見紛うばかりに彼女は両手を振ってこたえてくれる。
その・・・いかにも切なさを必死にこらえる嵩子のスガタは,濃いダークブルーの車体と渾然一体となり,あたかも憂いのこもった美しいレトロな映像を見ているようだった。 いまだにブルー系のクーペを見かけると,あのおりの彼女の面差しが忽然とあらわれて頭から離れないときがある。
午前9時ごろ,不動産会社の担当者に会った。手続きの確認と最終チェックを行ない,鍵を返却して引越しと引渡しは無事に完了する。
それから大学病院へ行ってやり残した仕事をあたふたと済ませ,その足で金沢駅に向かい,東京方面行きの特急にギリギリで跳び乗った。
息をととのえる間もなく電車は走りだす。デッキからホームを覗きこむと,時計はすでに午後1時を回っていた。
夕暮れどき,上野駅に着いた。東北・上越新幹線の東京駅乗り入れは,その時分は建設中の段階で実現していなかったのである。
上野から山手線と地下鉄を乗り継いで赤坂まで,赤坂からは大学の先輩が描いた簡単な地図をたよりに歩きまわったが,どうやらイラストに不備があるらしく,どうにもこうにも目印の地点に行きつけないのだ。やむなく途中にあった魚屋で道順を教えてもらい,ようやく病院宿舎に辿りついた。
向かって右どなりは・・・ナース寮。そこの管理人のおばさんから鍵を受け取り,この辺りでは滅多に見かけないくらい老朽化したアパートの3階に住むことになった。
とうにワクワク感は失せていた。玄関ドアを開ければ,朝送りだした荷物が山積みにされている。そこから布団を取り出して寝るための用意だけはしておいた。 さて,散歩がてら病院を確かめて晩飯でも食べてこようか・・・そのような段取りで街へ出かける。
抜け道が分からず,来た道路を逆もどりし,赤坂通りにでて乃木坂へ。
大きくカーブする坂を登っていくと・・・S病院と記された控えめの看板が目に入った。大通りのあちら側,一見なんの変哲もない建物は,想像していたよりも規模が小さい・・・循環器のみの専門病院であれば,こんなものか。ましてや場所柄からは無理からぬこと。
シャッターの傍には銘板が埋め込まれており,ここで間違いなかった。左横のほうには時間外入口の表示・・・その前で立ち止まってみても自動ドアの奥は判然としない。
あとは外苑東通りをぶらついた。
まぢかに消化器系の民間病院があって多少のおどろき・・・あまりに出来すぎていやしないか? まあ,共存共栄しているのかもしれない。
ほどなく眼前にはテレビなんかで見ていた防衛庁があらわれた。自衛隊員であろうか,守衛が情味のない顔つきで行き交う人々に睨みを利かせている。そのむかし通った高校の筋向かいは陸上自衛隊の駐屯地だった・・・あの門のうしろで見張っていた隊員たちの雰囲気にそっくり。
人込みに揉まれて気持ちがゆったりしない。案内板には店舗の名前がずらり並んでいるものの入ってみる気にはなれず,グズグズするうちにシグナルが変わって歩みを押し止められる・・・首都高速の真下は六本木交差点。
角を右折して地下へ吸い込まれるように消えていく一群。左のほう横断歩道のあちら側交番前では警官が金髪の外人女性と喋っていて,そこへ雪崩れ込んでいく人波と向こうから攻めてくる人波が白線上で交錯して混じりあう。
交差点の正面向こうにみえるアマンドのピンク色がやたらと眩しかった。きらめくその先には気が引けて進みたくない。食事のできそうな処がないか振り返ってみると,行き過ぎたショップの2階にレストラン? 外窓にメニューと価格が表示してあった。
・・・まずかろうが食べることができればいいじゃないか。
階段を昇って足を踏み入れたフロアは,周辺に馴染まない鄙びたメシ屋のような・・・もはや何も考えずに中へと入っていき,まばらな客に混じって定食を注文したのを鮮明に記憶している。
宿舎に戻ってからはシャワーを浴び,小型スーパーで買った缶ビールを3本たてつづけに飲み干した。たちまちアルコールが全身をかけめぐり,溜まっていた疲れが一気に噴出・・・初出勤の支度をしなくては,と思いつつも深い眠りに落ちていったのだった。
月曜日,S病院の二階にある総務課へ行き,第一日目の勤務がはじまる。
秘書の中里さんを最初に紹介された。垢抜けした聡明そうな美人で,見たところ30代,手際のよいテキパキした応対ぶりはさすが都会の一流秘書と称賛したくなるほどであった。
中里さんは私を連れて,同じ階の所長室,院長室,副院長室,各部長室,総看護婦長室,指導医たちの研究室とまわり・・・次ぎのところでは,ここが先生の所属研究室ですと告げて居合わせた同僚ドクターを紹介してくれた。
「そこの二番目のデスクを使ってください」
席を教えられてモタモタとしていたのだろう。「あと一カ所,足を運んでもらいますので・・・」と促される。
図書室に入り,突きあたりの病歴室の前へと案内された。そこは部屋というより隅を利用して矩形に仕切られた小スペース・・・一部に透明なアクリル樹脂を用いて室外の状況が分かるように工夫されていたが,反対側からも同様のことがいえる・・・図書室の奥のほうから病歴室の中は丸見えで,たとえばプライバシーの類いはとても保てそうにはない場所であった。
アクリル部分を中里さんはトントンと叩き,二人のウラ若き女性を中から呼び寄せて私と引き合わせた。
「きょうから,うちの病院で勤務される,金沢大学のオウミ先生です」
彼女たちと目が合った。
背のたかいスラリとした女の子のほうは忌憚なくいえば痩せすぎ,対照的にバランスのとれたカワイイ子のほうは,長身の子の真横に並んでいるせいで抜群のプロポーションが霞んでしまったような・・・
・・・はじめて会ったときの印象は見た目そのまま,それ以上でもそれ以下でもなかった。胸の高鳴りやトキメキとはまったくの無縁,とくべつな愛情の芽生える気配のようなものすら感じられず,さして重要でもない初対面の一コマに過ぎなかった。
中里さんは私にも女性らを紹介し,こう付け加えた。
「このふたりは先生のお手伝いをしてくれますから,わからないことがあれば彼女たちに訊いてください」
相手方におくれて「よろしく」・・・ぎこちない私の会釈を見届けてから,中里さんは「おつかれさまでした」と宣言,外来や病棟などの部門は管轄外ということなのだろう,役目を果たした様子で秘書室へと戻っていった。そのうしろ姿を追うようにして先ほどの所属研究室へ。
そこには,さっきと違うドクターがソファーで寛いでいた。名乗ってみると思ったより気さくに応じてくれ,研究室での大まかなルールや注意事項を教わっている最中,さっそく5階病棟から呼びだしを喰らってしまう。すると「なんなら病棟を案内しようか」って助け舟をもらい,おもわず『サンキュー』と馴れ馴れしく投げかえしてしまいそうなくらいありがたかった。
病棟は三つ・・・集中治療室CCUの備わった5階,通常病室のみの6階,7階は人間ドック専用。 S病院ではレジデントとして勤務したので外来診療は一切なし,入院患者の主治医としての診療が主たる仕事であった。
レジデントは7人いて,原則として順番に入院患者を受け持ち,それができない場合には合議によって割り振ることになっていた。
しだいにS病院の診療体制に慣れてくると,研究室に出入りする病歴室の女性たちを眺めるだけでは飽きたらず,暇つぶし的にからかったりするようになった。
ノッポのほうは生真面目で,若いわりにはソツのない受け答えをする。裏をかえせば,型にハマりすぎてオモシロ味に欠けていた。それに,どれだけ贔屓目にみたとしても,オンナの魅力に関してはもう一人の・・・学年が一つ下だという女の子には敵わないことだろう。
いますこし背丈が高いなら,モデルに打ってつけの脚長八頭身・・・それが真子だった。
周りの人間がチヤホヤしているぶん私はクールにかまえていたのだが,真子のスタイルや顔立ちなどの外見もさることながら,それらを鼻にかけない気立ての良さ,嫌みったらしくない無邪気さ,飾り立てようとはしない品性といった内面的なものにも惹かれたのが偽らざるところ。この年の7月に就職したばかりのいわゆる新人で,しばしば中里さんに指導を仰いでいる現場を目撃したりした。
11月も中旬,月曜日のこと。
午前中の早い時刻,他のドクターは病棟かどこかに出払っていて,研究室には私ひとりだった。
「失礼します」
おっとりした低めの声つきで真子だと知れる・・・部屋に入るなり,私を見つけて彼女は挨拶した。
「おはようございます」
「おはよう」
振り向きざまに彼女をながめ,すかさず質問する。
「最近さぁ,もしかして,彼氏できたかな?」
「なぜですか?」
「前髪を切ったみたいだから」
「先生,すごい!・・・よくわかりましたね」
「毎日まいにち,いやでも見てるからな」
「もう・・・どうして,そういう言い方しかできないんですか」
「性格かな・・・」
「かなり屈折していますね」
「ところで,じっさい何かあった?」
「いいえ,なんにも。ただ・・・あす誕生日なので,ちょっと気分転換したんです」
「誕生日か・・・あしたでいくつ?」
「22歳」
「・・・22歳の別れか」
つぶやいたつもりが,あたりまえに彼女の耳にまで届いていたようだ。
「えっ・・・あんまり縁起でもないこと,言わないでください」
「ちがうよ,ウタの題名・・・」
取って付けたように「22歳って,いろんなことを経験する,ややこしくて,かけがえのない年齢だってことさ」
言い終わらないうちに彼女は首をヨコに振った。
「そんなふうには聞こえませんでしたけど・・・」
つぎの瞬間・・・そのつもりはなかったとは言わないが,前もって魂胆があったわけではない,罪滅ぼし的に誘い文句が口からしぜんに出てきたのだ。
「もし空いてるなら,飲みに行こうか」
「ホントですか・・・?」
こっくり頷くと,真子はマンザラでもなさそうに応じてくれる。「どこで待ち合わせします?」
「病院の前じゃマズイだろうから,地下鉄の改札口のところ・・・5時半で,どうかな?」
ちょうどその時だった。タイミングがわるいことに,同僚ドクターが研究室に戻ってきたのだ。
あわてて真子から視線をそらす。私は・・・そそくさと机の上にあった入院サマリーを手にとって,さりげなく彼女に向かって語りかけた。
「急がなくてもいいからさ,コピーをよろしく」
とっさの芝居に合わせて・・・真子はサマリーを受けとり,目配せして病歴室に持っていくはずの入院カルテを差しだした。そして「わかりました」と返事し,何事もなかったように研究室から出ていった。
手にしたカルテの担当医は私ではなかった。部屋の出入り口ちかくにあった整理棚にそれを置いておく。のちほど取りに来るであろう・・・でも,あれで口約束したことになるんだろうか?
次の日・・・真子の誕生日には,午後になって急性冠症候群の患者が搬送されてきた。緊急心カテによる検査と治療が行なわれ,そのあと主治医になったため自らが定めた時刻には間に合わない。
遅れること三十数分・・・六本木の改札に来たけれど,周囲には彼女らしき女性のスガタは見当たらなかった。
『やはり遅れすぎたか』
しばし立ち尽くす。約束になっていなかったのかもしれない。そう思って諦めようとしたとき,背中のほうから「せんせい」と澄んだ声?・・・振りかえると,雑踏に紛れるどころか可愛さがいっそう際立っていた真子。
「病院の人たちがたくさん通っていったので,ものすごく大変でした」
微笑みつつも彼女はそれとなく愚痴をこぼす。職員の大半は地下鉄で通勤していたので出会うのは当然のことであった。
「ごめん。心筋梗塞の緊急があって,担当になったから・・・」
「わかっています。研究室で,急患のハナシを聞きましたから。でも,飲みに出かけてだいじょうぶですか?」
「落ち着いていたし・・・なにかあれば,ポケベルが鳴るさ」
真子は入院のことを知っていた。それで機嫌を損ねないで待っていてくれたのだろう・・・運があるね!と,ひそかにほくそ笑んだ。
「さあ,はやく行こうか。ここにいたら,だれかと出会ってしまうからね」
切符を買って駈けあしで日比谷線に乗り,あてもない銀座で降りる。人の流れにしたがい適当に出口を昇っていくと・・・そこは,和光の前!
改札口は失敗だったと悔やんでいたから,偶然にしても銀座和光に出たという事実が,まるで用意されていた解答のように思われた。立ち止まって叫ばずにいられない。
「おれたち・・・今度から,ここで待つことにしようぜ」
「いいですね,ここなら雨の日でも,どうってことないみたい」 即座に彼女も同意してくれた。
これ以降,ふたりの暗黙の待ち合わせ場所となったのが,時計塔を有する和光のビル・・・銀座のシンボル的存在の入口付近。歴史を感じさせる外観がなんともいえず味わい深かったし,閉店後でも多少の雨なら凌ぐことができたのである。
「なに食べたい?」と彼女に訊く。
「なんでもいいです」ありきたりの答えと「先生は?」の問いがもどる。
「刺身かな・・・」
「築地に入ってみたい寿司屋があるんですけど・・・」
「よし,そこへ行ってみよう」
晴海通りを歌舞伎座に向かって歩いた。寿司屋はさらに先のほう,国立がんセンターの近辺にあった。平日なのにあいにくの満席で席が空くまで20分ほど待たされる。
金沢にいるときは,きまって店を変えようとしたものだが,都内では待つのがフツウであると分かってきた。逆に,待たなくていい店にはきっと何かしらの問題点が隠されているだろうから寿司屋に不満はなかった。
脇腹にツクンツクンと,真子の指。ぎゅうぎゅう詰めの状態で待つことは,こころの隔たりも無くしてしまうものらしい。
「いまさら言うのもヘンだけど・・・地下鉄の改札って,どっちだったのかしら? 乃木坂だったらどうしようって悩んでたの」
「あとで,おれもおもったけど,伝えようがなくて・・・」
「それで・・・どっち?」
「六本木」
「わたしが乃木坂に行ってたら?」
「いやぁ,考えてなかったな・・・きょうは,時間ばっかり気にしてたから」
「悩んでソンしちゃたな・・・」
待ちながら雑談をかわしたおかげで,別館のカウンター席に案内されたときには,けっこう打ち解けた調子で話すことができた。
22歳の誕生日,おめでとう!
その日のビールは格別にうまい。真子がいるからであろうが,人恋しさのせいでもあるんだろうと思った。
祝ったところで気になっていたことを訊ねてみる。
「彼氏はいなくても,彼氏の候補はいるんじゃないのか?」
そうしたら真子は・・・遠い眼差しを一瞬みせて「先生には,本当のこと言っちゃおうかな」と,意味ありげに囁いたのでドキッとする。
「わたしね,結婚できないかもって,不安におもうことがあるの」
「どうして?」
「友だちと話したりしてると,わたしってダメなのかなって・・・男の人を好きになって,ゼッタイこの人でなきゃって思ったことがないんだもの」
「だからって結婚できないってことにはならないだろ。人はそれぞれだし,すきずきなんだから」
「それはそうだけど・・・」
たしかに,できるって保証もない。
「・・・ってことは,きみはこれまで,だれかを愛したことはないんだ?」
ガラスケースに視線を向けて,真子はネタじゃなくて過ぎし日のメモリーを吟味しているかに見えた。
「たぶん一度だけあるけど・・・」
「たぶん?」
「好きでたまらなかったけど,その人にはとっくに大切な彼女がいて,身を引いてしまったから・・・」
「それなら,心配しなくてもいいさ」
「なにを?」
「結婚」
「・・・なんで」
「めぐり逢えたら,好きになれるってことだろ」
「どうかしら・・・」
と,首をひねった彼女。すこし間をおいて「ねぇ,エンガワ食べる?」
「いいね」
エンガワ二人前おねがいします・・・真子がはずんだ声で注文すると,ネタケースのあちら側から,あいよ,と寿司職人の威勢のいい受け答え。釣られるように彼女が投げかけた。
「先生こそ,好きな人は?」
「いないよ」
こうもたやすく応答できてしまうとは・・・過信があったにしろ,私の観念というか信念というか精神の拠りどころは揺るぎなかった。
「ホントに?」
「あぁ,おれは,きみと一緒だよ」
・・・デタラメではない。自分と似たような匂いを真子のちょっとした言動に嗅ぎ取っていた。
「いっしょって?」
「結婚はしないだろって感覚」
「好きになったことは?」
「あるよ,おれも一度・・・きみとはちがって,振られたけどね」
このとき脳裏をかすめたのは,初恋の女性にはあらず・・・嵩子のこと。嘘をついたわけではないが,述べたことに対してちょっぴり後ろめたい気持ちにもなった。もっとも,これからどのくらい係わりあいを持つか分かりもしないのに,金沢での交遊関係とかをゴク一部だって打ちあける必要はないだろう。
それに・・・私のなかでは東京での生活を,金沢とは完全に切り離そうとするきらいがあった。いうなれば,新しく人生をやりなおすがごとくに暮らしていたのだ。
ヘイ,お待ち!・・・職人が慣れた手つきで,握りをちょこん。
「大トロも,いってみようか」
「うん」
エンガワを頬張るまえに私は嬉々として声を張りあげた・・・大トロ二丁,おねがい!
20時をまわると,店内にも空き席が目立ちはじめた。
客が数人になるまで粘っていたのを,今となってはボンヤリとしか回想できないのであるが,これだけはハッキリしている・・・真子と親密な繋がりを持ちたいなどといった大それた思惑を,私はフシギと抱いてはいなかった。また彼女にしたってそうであったにちがいない。
より正確に白状しておこう。だいたい真子の色香に迷わない男なんていないことだろう・・・私とて例外ではなかった。しかしながら,殊更に意識しないで接しようとすることは,私にとっては自然な振舞いだった・・・愛せないなら距離をもって関わっていくということだ。
かえりは地下鉄
その週の土曜日,嵩子が東京に出向いてくる。
半日のみ勤務をし,のっぴきならない用事をすませてから乗車すると,前日になって心づもりを知らせてきた。上野到着は20時を過ぎるだろう・・・私は中央改札のところまで迎えに行くことにした。
携帯電話のない時代,都合のよい駅で待ち合わせをしたくても,不案内な者と事細かな打合わせをするのは厄介で,かつ実際に逢おうとすれば意外にむずかしいことであった。
いっそ上野駅で出迎えたほうが容易ではなかろうか?
結果は・・・まるっきりダメ,広すぎてカバーしきれないのだ。ポイント的に指定するか,ポピュラーな場所にすべきだったとしきりに反省しても後のまつり。見逃してしまったのではないか? と移動を繰りかえし,やっと彼女の心細げな顔を見つけたときには心底ホッとして・・・よォし,みっけ! と辺りかまわず小さく叫んでしまった。
その夜は,赤坂駅の周辺,通りがかりの割烹で遅すぎる夕食をとった。なぜ日本料理店に入ったのか定かではないが,奮発して毛ガニをはじめて食べたことは昨日のことのように覚えている。
・・・S病院に勤めて間もないころ,仲間に連れられて赤坂見附のシーフードレストランに入った。そこで名物のストーンクラブというカニを見て驚き,食べてもう一度おどろいた。なんとも形容しがたい舌に絡みつくような食感と後味であった。
割烹の手書きメニューにある毛ガニの値段はとびきり高かったけれど,あのストーンクラブの口当たりが忘れられず,高額ならばさらに旨いのではないかと勝手に決めこんで,金銭的にいくぶん無理をしてでも嵩子に食べさせてやりたいと思ったのだ。
「なんて素晴らしい美味しさなの!」
嵩子の言葉はお世辞なんかではなかった。まさしく思い込みは正しかったのである。いままで美味と感じた数少ない料理の中でも最高のもの・・・ある種の充足感に包まれて値が張っただけの価値は十二分にあった。
ところが,嵩子はというと感激の笑みを湛えながらも,どうしてか合い間に塞いだ顔を見せるのだ。
宿舎へかえる道すがらのこと。祖母が脳梗塞で入院したのに,この日を待ち焦がれていたから来てしまったの・・・と,不意に彼女は漏らしたのだった。どうやら東京に来ていても祖母のことが気になって仕方がないらしい。
日曜日,午前9時半前後。心筋梗塞の患者を診るために病院へ。
大急ぎで戻ってきたら・・・狐につままれたよう。どこにも嵩子がいなくて唖然とする。時刻は10時20分ごろ,テーブルにメモが置いてあった。
祖母が急変したわけではありませんが,やはり晴れやかな気持ちに
なれないので帰ります。
きのうのケガニおいしかったよ! ありがとう。
10:03 a.m. 嵩子
嵩子は私のことを信じきっていた。しかも病に倒れた祖母のことで胸を痛めていたから,恋人の微妙な変化に気づくことはなかった。
金沢を離れて嵩子と別々に暮らすようになり,私は東京で解き放たれたように過ごしていた。
S病院では既婚のナースは一人しかいない。仕事を終えれば,その日勤務のスタッフと食事に出かけ,夜遅くまで飲むのが日常茶飯事となった。
誘われるまま請われるまま,赤坂や六本木界隈の夜の街に繰り出した。ときどきは渋谷や恵比寿まで,ときには新宿や四ッ谷や新橋,他の地域までも足を伸ばしたが,一番印象に残っているところといえば飯倉片町付近にあった大人が集うディスコだろうか・・・たしか交差点手前の地下にあったはず。
といっても皮肉なことに,しみじみ思いかえすのは踊って発散したことではなく,踊り飽きてバーカウンターで独り水割りを楽しんだ時間なのだ。
愉快に談笑するのは苦手,まだカラダを動かすほうがマシ・・・ただ,踊っているのにも限界があった。
そうなのだ。 私はみんなと一緒にいても,いかなる時にも染まらない自分を見出だそうとしていた。言いかえれば・・・染まらぬ自己を造りださんがために共に行動しているようなものだった。なんら目的を持たず,一日を懸命に生きて,どんな環境にも己れであることのみ。そんな私はどこかで必ずといっていいほど抜け出して一人になった。
カウンターで息抜きしていると,だれかが・・・たとえば大して親しくない女の子が近づいてきて「先生,ナニしてるの?」と問いかけられる。
「見てのとおり,ひと休みしてるんだ」
「ウソ! なにか考えてるくせに」
「ホントは,ボーとしているだけなのさ」
相変わらず嵩子と暮らすことの意味合いや,例の内なる歪みについて思索していた。だが,これは私個人の問題・・・他人に入り込まれたくはない。
「ねぇ・・・つぎの日曜日,デートしよう!」と誘われる。
「いいよ,どこへ行きたい?」
「鎌倉! それと・・・江の島!」
「どこで待ち合わせる?」
「ん~,品川駅かな・・・午前9時でどう?」
「わかった」
向こうがマジであれば,個人的につきあうことも厭わなかった。私にとって大事なのは相手が真剣なのかどうか・・・もともと遊び好きの人から声をかけられる恐れはない。オレの性質は堅くて重すぎる。
鎌倉といえば・・・瞼のうらに鮮やかによみがえるワンシーン。どこにいても心血をそそいで自己を極めようとしていたのだろう,真理のヒカリのようなものに照らされる刹那があった。
さきほどの女性と旧江の島展望灯台に昇ったときのこと。
弁天橋の屋台・・・現在では無くなったようであるが,当時はいくつも掘っ建て小屋のごとく立ち並んでいた。あまりに地元,千里浜の焼き貝売店に似ていて,つい長居をしてしまう。そのせいでゆっくり回れなくなり,植物園が閉園する間際になって展望灯台のエレベーターに駈け込んだ。
・・・着いたさきは,観覧する者のいない,二人っきりの世界。
わざわざ述べるまでもない行為におよんだのち,あるものに眼が釘付けになってしまった。
えもいわれぬ眺望のなか,世俗を超越したかのような・・・富士山。
オボロながらに,いや朧だからこそ浮き彫りになったそのスガタは,幽玄そのもの・・・であっても,それだけなら,これほど魂が打ち震えることなどなかったろう。
いつか行き着くはずの領域を垣間みた・・・に相違なかった。それが何なのか掴みきれないまま降りねばならぬ時刻が迫ってくる。
さらば・・・ふたたび巡りこない,きょうの日のフジサンよ。オレは誓って諦めたりはしないぜ。
六本木交差点から・・・六本木通り交番側をいくらか溜池のほうへ下っていくと,外階段つきのビルディングが左手に見えてくる。
その階段は中2階へと通じており,かつては入って右側にナイトクラブのフロントがあった。何階であったか・・・ホールでは,東南アジア系のバンドによる生演奏が一定の間隔で行なわれ,外人歌手によるショーが夜ごと二度にわたって催されていた。
ある夜のこと。意気投合した同い歳のナースと連れだって,知りもしない酒場への階段を昇っていった。受付カウンターでいい加減な説明を受けても引き返さなかったのは,酔った勢いが手伝ってのこと。で・・・出てきたときにはすっかり気に入っていたのだから,憶測なんぞに判断を委ねるなかれ,いわんや従順であることなかれ。
そうした縁でくだんのナースと集団からハミでる仲となり,しだいにクラブへ足繁く出入りするようになった。そのうち・・・開店した直後の時間帯は客が数えるほどしかいない,ときには誰もいなくてダンス用ステージに上がるには持ってこいだと分かってくる。
白衣の天使は,踊ることなら何であれ大好きで上手だった。私は人並くらいには踊れたのではないかと思っている。このバランスの良くないペアにピッタリの曲があった。メロディーとテンポが両者のクセにうまく合った・・・のではあるまい,おそらくリードする天使の好みに合ったということなのだ。
それはともかく,ヴォーカルの女の子が目で『サイコーよ』って絶賛の合図を送ってくれる・・・いつしかステージに上がるとバンドマンたちがその曲を演奏してくれるようになった。私たちを見ているのが楽しくてしょうがないというふうに。
外人歌手の歌唱力もこの上なく見事だった。ショーが終わればトリをつとめたメインの歌い手が,披露宴の新郎新婦さながらに各テーブルをおとずれて,にこやかに挨拶するサービスを欠かさない。
こんなことがあった。
ハスキーで魅力あふれる声に,なんとはなしに異質なものを臭わせる白人ダンサー・・・美貌とまでは言えないものの世の男性をだませるだけの器量を持ち合わせていた。そのスターになりそこねた歌えるダンサーが2回目のショーでフィナーレを決めたとき,フロアーから驚きの歓声があがった・・・大ステージで,とぼけた顔をして両胸を一瞬ハダけてみせたのだ。
すぐさま舞台裏に消えてしまい,まさにあっという間のできごと。一種奇妙な興奮が冷めやらぬなか,瞬間映像を頭にどう再現してみても・・・胸の膨らみはなかったものはなかった。
・・・ってことは? ようやくオカマ,現代で言うところのニューハーフだと気づき,ハッとさせられて連中を見直すとともに色眼鏡で見ていたことを自省したのだった・・・そぐわないから,理解しがたいからといって無条件に否定してはいけないのだと。
過ぎたることは続かざるもの・・・やがてはかならず潮目の変わる日がやってくる。
歓楽街の一角に分け入ってから数か月後,バンドは新メンバーに入れ替わって興ざめしてしまった。それだけが要因ではなかったが,大きな一因となって足が遠のいていった。
いささか残念なのは,ナースと踊った定番のミュージック・・・その曲名が分からずじまいに終わったこと。
このような生活をしていると,レジデントの給料では赤字になるのは当然であって,ときおり上司を通じて持ちこまれるバイトを率先して引き受けた。
まず思い出すのは,秋葉原の血液透析専門クリニック。
・・・院長不在のさいに診察室待機をたのまれた。トラブルで透析室からお呼びがかかった場合,いつも院長が行なうという処置を真似して指示を出す。そいつが案外いい勉強になった。血圧低下時など,血液透析独特の対処方法があったからである。
調布市内にあった中規模の民間病院。
・・・たまに循環器外来の代理医師をつとめた。往復には新宿から京王線を利用する。夜型人間に早起きは厳しく,家を出てから時計と睨めっこ,途中で急行なんかに乗り換えて調布駅へ向かったのが懐かしい。
ほかにも,またとないチャンスに恵まれた。
・・・11月下旬,突如として嵩子が帰った日から一週間後,総勢5名で混成される三宅島の健康診査チームに一員として加わった。
晴れたり曇ったりの日曜日。 羽田空港から生涯初のプロペラ機に乗り,ルンルン気分で・・・いざ現地へ!
ジェット機に比べ,はるかにスリルがあって痛快そのもの。ただし,強風の日には欠航になると空へ飛んでから知らされた。そのさいには三泊四日の日程を変更ねがいたいとのこと。かなり高い報酬が支払われるのに,なぜ依頼が舞い込んできたのか合点がいく・・・通常の勤務医では務まりにくい状況があったのだ。S病院のレジデントであるからチームにも参加できたし,バイトの仕事もできるのだと再認識したのであった。
予防医学協会の責任者に,ナース1名,検査技師1名,学生1名のチームの人達とは仲間のように親しくなった。その中で医師のみが業務半ばで交代するらしく,皆は自分たちが帰途につく土曜日まで,健康診査に支障をきたさない程度に天候が荒れて飛行機の運航が取り止めになるよう祈っていた。
けれども水曜日の午後,運に見放されず一足先に島を離れることになった私は,申しわけない気持ちになって特大?サイズのケーキを空港で買いもとめ,入れ替わりのドクターを迎えるついでに送ってくれた責任者に差入れとして手渡したのだった。
土曜日,プロペラ機は予定どおり着いたかなと心配していると・・・正午を回ってから帰京した一行が仰々しく手土産のアシタバをもって病院に押しかけてくるとは・・・どうも解散の場に選ばれていたごとくなのだ。
翌週,友情のような一体感が抜けきらぬ月曜日,昼食から戻ってくると一枚の絵ハガキが机の上に届けられていた。
消印は・・・東京三宅島,金曜日の12時から18時。
溶岩が赤々と暗闇の道路に流れこむ写真の表には文字がびっしり・・・私が去ったあと,仲間たちが島にいるあいだに『三宅島より愛をこめて!』と題して寄せ書きしたものだった。
宛て名の敬称がフルっている・・・括弧書きで,大先生様。おもわず失笑せずにはいられない。
水曜の晩にケーキを囲んでパーティをやったこと,天気は上々で順調に仕事をこなしていること,土曜に帰ったら直ちにアシタバを持参して病院に向かうこと等々,光景が目に浮かぶよう・・・おいおい,書いてパッと投函できなかったのかと愚痴りつつも口許が緩んでしまう。ほかにも・・・三宅島の経験を生かして金沢の星になってください,ってのは? オレにもっとも似つかわしくないことなのでジョークかと勘ぐってしまった。
チームのメンバーのように私の一面しか知らない,あるいは私とたまにしか顔を会わせない人たちには,オレという人間もそれほど受けが悪くなかったかもしれない。しかし私をつねづね眺めている人たちには,どちらかといえば受けが良くなかった。
春一番が吹き荒れた日。
研究室と宿舎をおなじくする同僚ドクターから思いがけず食事に行かないかと誘われた。理由もなく断わるのが憚られたのと,なにかワケありのような気がして・・・そのうえ病棟のナースを二人呼んであるからと告げられては行かないという選択はしにくかった。
教えられた居酒屋は,民家を改造したような一風変わった処。
ほどほど酔わない程度に酒が入ったころ,会話の記憶は物腰のやさしい同輩のこういったセリフからはじまる。
「あのさ,青海先生にちょっと言いたいことがあるんだ・・・」
べつに責められるふしは思い当たらない。かるく身構えて待ち受ける。
「あんまり個人的なことに立ち入りたくないんだけど,先生の生活態度はモラルに欠けているんじゃないかなぁ」
どういうことだろう? 分からなくて黙っていた。そいつは喋りつづける。
「夜おそくに帰ってきて,風呂に入ったり洗濯をしたりじゃ,おんなじ宿舎に住んでいる俺たちはいい迷惑だよ」
なるほど・・・同輩はまさしく私の部屋の階下,つまり2階の同位置のところに住んでいた。病院宿舎は赤坂には不釣り合いのボロ家屋といってよかったが,一応は鉄筋コンクリート構造の3階建てであったから,防音や振動に関しては塵ほども気にかけていなかった。
「ごめん・・・知らなかった。これからは,ちゃんと注意するよ」
ところが,胸の内には相当不満が溜まっていたらしい。くわえてアルコールの効き目もあったのだろう。なおも文句はつづいた。
「このさい,はっきり言わせてもらうけど,だいたい生活が乱れるのは,女性との付きあいにモラルがないからだよ」
そう受け取られても弁解の余地はない・・・とはいえ,相手の身内や友人から言われるならまだしも,関わりのないヤツから説教される筋合いのものではないだろ,って内心おだやかではなくなった。憮然として目を伏せる。
「ドクターとしての,自覚とプライドを持ってほしいとおもうよ」
この追い撃ちの一言には,いくらなんでもカチンときた・・・腹に据えかねて逆らわずにいられようか。
「あいにくとおれは・・・」と言いかけて,失いかけた理性に遮られる。
躊躇したところで感情をセーブしきれなくなった男に,喉元まで迫り上がってきたものを呑み込むなんて芸当はできやしない。
「そんな・・・カスみたいなもん,持ち合わせたいとは思わない」
瞬時に,その場の空気が凍てついた。しっぺ返しのような沈黙が鼓膜を通り抜けて胸を締めつける。が,魂はへこたれない・・・大人げなくて結構,咎められたって詫びるのはまっぴらごめんだ。
反感を抱いたまま坐しているなど愚の骨頂・・・それにもまして飲み会を台無しにしてしまうことには耐えられなかった。出しぬけに立ちあがり「これで帰らせてもらうよ!」
ポケットから摘まみだした一万円を,はらりとテーブルに落として立ち去ってやったのに,腹の虫は一向におさまらない。スタスタ歩きながら吐き出すようにつぶやいた。
ふざけんなよ! 医者がなんぼのもんか! 自覚なんぞクソくらえだ!
オレは・・・医師であることを取り立てて強調するつもりはない。たまたまそういう職業についているまでのことだ。第一,プライドなら誰にも負けないくらい持っている。ただしドクターとしてじゃない・・・どんな時であろうと己れにしたがって生きていくプライドだ。だんじて自分を誤魔化したくない。けっして現実から逃げ出したくない。つねに自己たらんとするプライドだ。でなきゃ,こんな不器用な生き方なんかするものか!
「せんせい!・・・待ってぇ!」 背後から叫び声がひびく。
立ち止まると,さっき隣りに座っていたナースの一人だった。「わたしも飛び出して来ちゃった」
「いいのか?」
「いいの,わたしは先生の味方。プライドばっかしの医者って,全然わかってないからね」
鬱憤を晴らしたくなった。
「飲みなおしに行っちゃおうか?」
「やったぁ! わたし,すごく得した気分」
さまざまなスポットで目撃されていたから,浮気者みたいな悪評が病院では立っていた。でも言いわけはしたくない。そのくせ正直にいえば,こうも思っていた・・・どのみち10月には金沢へ戻ることになるんだ,どう取り沙汰されようが関係ないと。だが,そう甘くはなかった。
とある日の午後,放射線部の技師長とエレベーターに乗り合わせた。
「こんにちは」と挨拶する。
技師長は首をタテに振り,ギョロリと睨んで・・・「ときどき先生のうわさを耳にしているよ」
と,曰わくありげに薄ら笑いを浮かべる。
「来月だったかな,昔ここで働いていた,金沢大学の講師の先生と会うことになっていてね」・・・もったいぶるように間があいた。「先生の活躍ぶりを,つぶさに報告させてもらうよ」
一階に着くのを見計らって言い終えたかのごとく扉が開き,技師長のほうからエレベーターを降りていった。私を非難しているのは火を見るより明らかであった。
今さら,なにを言ったってはじまらない。
おれは・・・オレであるのみではないか。もっと・・・もっと確固たる己れが欲しい。そのために生きているのだ・・・自己が鍛えられるのであれば,むしろ好ましくない環境を歓迎しようではないか!
S病院に勤務して半年が過ぎ,そういった心の持ちようで暮らしていた4月下旬のこと・・・二十歳になる一人の男性が心臓病で入院し,私はその青年の主治医になった。
その若者のことを,ここに書き留めておきたい。この世にはすでにいないから,姓名も明かしておこう。 なまえは『髙田廣行』という。
あいつは・・・私の医師人生のなかでも,ひときわ異彩を放っている。
久しぶりに廣行のことを追想する。
ずいぶんと永いあいだ,胸にしまいっぱなしだった。でも謝らないでおく。あいつは他人行儀な物言いや接し方をなによりキラっていたから。
廣行は中学を卒業しても進学せず,渋谷に店をかまえる寿司屋に見習いとして奉公に入ったと聞いている。
馴れそめや事細かな経緯は知るよしもないが,18歳で結婚し,20歳になって3月に離婚,4月に呼吸困難のため仕事ができなくなり,連休前に入院のやむなきに至ったのだった。
私が受け持つことになったのは,単なる順番の回り合わせ。それを運命的な偶然などと飾り立てたくはない・・・互いに変わらぬものを見据えて影響されることがなかったから。
病名は・・・拡張型心筋症。
著しく心機能が低下しており,いずれ心臓移植を受けるしか助かる見込みはないと思われるほど心不全は重症であった。
それでも6月上旬には退院の日をむかえ,あとの通院治療は常勤ドクターへバトンタッチする予定のところを,彼はお前が診療してやるべきだと依頼した指導医に指示され,レジデントの私が特例として9月まで外来も担当した。
なにゆえオレが診るべきなのか?
廣行は・・・私の弟分みたいに評されていた。当人にしてみれば承服しかねるものの,いかにも似かよった部分があった・・・むろん容姿に関してではない。彼は180センチを超える大柄な体躯の持ち主で,いい面構えをしていたが一見したところチンピラ風だった。
土台,あいつは憎たらしいほど病気のことを訊ねようとはしなかった。この先どれくらい生きられるか保証できないと宣告しても,悲観することなく従容として現状を受け入れた。のみならず,なるだけ心不全を悪化させないよう注意を促してもほとんど聞く耳をもたないかのようであった。
かくも不埒千万なやつにナニを助言してやっても無意味とおもったが,憂慮している母親や姉のために向後の心構えを,充分とはいえないまでもそれなりに伝えておいた・・・夜間でも受診が望ましい兆候について,救急車を迷わず要請しなければならない万一の場合について,云々。おそらく聞いていない振りをして心ではしっかり受けとめていたのではないか・・・書き綴りながら,そう思い返している。
それから二年と経たない4月3日午前3時ちょうど,入院先のS病院で,彼の心臓の鼓動は22歳の若さで停止した。致死性不整脈のせいだという。
最後に会ったのは,旅立った年の1月。
気遣ってくれたのだろう・・・S病院の元同僚ドクターから,廣行が入院して担当医になったと知らせがあった。
さっそく直近の日曜日,小松空港から日帰りで東京へ向かった。雪のちらつく寒い日だった。もつれた女性関係にひどく心を悩ましていたけれど,あいつがポックリと息絶えてしまうやもしれぬ・・・そう考えると居ても立ってもいられなかった。
5階病棟,6人部屋の右手一番奥,窓ぎわのベッドで,かつての受け持ち患者は休んでいた。
「よっ! 元気か」と声をかける。
さすがの廣行もびっくりした様子だった。
「冗談だろ,先生・・・どうしたんだい?」
「ついでに寄ってみたのさ。元主治医としては,このまま放っておくわけにはいかんだろ」
「わるいけど,おれはまだ死なないぜ!」
「あぁ,その分じゃ,まだまだ死にそうにないな」
そう答えたが,病状を同輩から聞かされていた・・・近々命を落としかねないから都合をつけて東京に駈けつけた。しかし本人を目の前にして,医師として何もしてやれぬ自分がもどかしくてしょうがない。それはオレが自身で診療すれば解決する問題でもない。そのときの医療では廣行を救うことが困難ということだ。
どちらも無駄口をたたかないので会話は続かない。病室の窓の前に立ち,感慨深い外苑東通りの風景を眺めていても,虚しさは癒やされるどころかどんどん膨らんでいく・・・。
いかに悲惨な結末が待ち受けていようとも,その現実を受け入れて歩んでいくしか道はない・・・そうだ,オレにできることはここまでだ。
やおら振りむいた先には,廣行の暖かい眼差しがあった。どうもオレを見ていたようなのだ。
「生きることをあきらめるなよ」
とっさに唇をかむ・・・諦めてなんかいない,廣行は,死を迎え入れているのだ。かけてやりたい言の葉ひとつ思い浮かばないとは・・・くそっ! わが頭脳を恨みたくなる。
「せんせい・・・きょうは,ありがとな」
バカやろう,今ごろになって似合わないこと言うなよ・・・あいつの優しい心根が胸に沁みてきて泪をこらえるのに必死,かろうじて口にしたセリフが皮肉にもラストの声掛けになってしまった。
「礼には及ばないよ・・・おまえも,元気でな」
「あいよ,先生もな」
アノ日,午前3時13分,けたたましくテレフォンが鳴った。ジレンマに陥っていたこともあって,すっかり頭の中から消えていたんだ・・・廣行のこと。
元同僚の沈んだ音声が東京から届けられる。
「亡くなったよ・・・」
最期の状況を語ったのち「なんとかしたかったけど・・・すまない」と詫びを入れられる。
「目一杯の治療をしてもらって・・・感謝してるよ,ヒロユキも」
4月5日,通夜は廣行の自宅で営まれた。
内科部長に頭を下げ,当日の外来は中途で交代してもらった。落ち着かない気持ちのまま飛行機に乗りこむ・・・アイツの死を,どうあってもこの目で見届けてやらねばならぬ。それが私に与えられた使命のように思われた。
江戸川区にある彼の住宅を訪ねたのは,午後4時ごろ。
川縁にあった見窄らしい小さな家の引き戸をくぐると・・・すぐに目が合ったのだ。左側の戸がすべて開け放たれ,広くない座敷には祭壇が設けられていた。上のほうに,かすかにニヒルっぽく笑った遺影・・・どこから眺めても視線が注がれ,廣行の霊魂にあまねく包まれているみたいだった。
「そのせつは入院から外来まで,お礼の申し上げようもないほどお世話になりました。そのうえきょうは,お忙しいなか,遠方よりお越しいただきましてありがとうございます。さぞかし廣行も喜んでいることでしょう,先生を兄のように慕っておりましたから・・・さあ,どうか,あの子を見てやってくださいまし」
母親と姉に迎え入れられ,真っ先に向かったのは祭壇・・・母親がそっと上掛けをめくり,柩の蓋をずらしてくれた。
白菊の花に包まれて眠ったようなアイツの死に顔をおがんだ。その安らかな顔つきを見ていると,おのずと熱いものが込みあげてきて語り合わないではいられない・・・いまの今まであまり口をきかなかったのが嘘のように。
『なあ・・・ひろゆき!』
『あいよ』
・・・なんと懐かしい響きなんだろう。
『なんでおまえは,そんなに急いで逝っちまったんだよ! おれはさぁ,期待していたんだぜ・・・おまえが修行をかさね,一人前になって,いつか寿司を握ってくれるんじゃないかって・・・そんな夢の日がおとずれるのを,楽しみに待っていたんだよ』
『先生,ムリいうなよ。おれは,これでも精一杯やったんだぜ』
『たしかに,おまえは立派だった。自らの人生を生き切って,どこのどいつよりも堂々として,この世を去っていったよ』
『そうだろ・・・だったら,めそめそしないで送り出してくれよ。ちっとも,らしくないぜ』
『おまえの言うとおりだ。最近のおれは,全然らしくは生きていないよ。それどころか,だれのせいでもない・・・自業自得の泥沼に嵌まりこんじまって,モガキ苦しむ日々の連続さ』
『どうしたんだよ,世の中なんて,ままならないもんだろ』
『しゃらくさいこと言うじゃないか。だがな,ままならぬと心得てはいても,どうにかしたいとジタバタするのが人間の性ってもんだ。こんやだって,おまえの通夜につきあってやりたいけど,勘弁しろよ・・・あれこれ事情があって式には出られないんだ』
『わかってるって・・・来てくれただけで十分さ。先生もこの娑婆で,臆することなく信じた道を貫いてくれよ』
『あぁ,やれるとこまでやってみるさ。おまえも今度こそ,じょうぶなカラダにしてもらえよな』
『なあ・・・先生よ。三途の川を渡りおえたら,おれは否応なしに,オレでなくなっちまうのか?』
『んなことはないだろ。おまえは挫けず,投げ出さずに生き抜いたから,そのまんま浄土へ往けるだろうよ』
『なら,おれは・・・何ごとにも動じない心がほしいよ。逞しい精神力で,なにがしかの技能を身につけて,おもうぞんぶん働いてみたいんだ』
『もう遠慮はいらん,おまえの好きにするがいいさ。さぁて,名残は尽きないが,そろそろ帰るとするぜ』
と,永の別れを告げるために合掌しようとしたとき・・・『まっ,待ってくれないか・・・あにき!』
シジマに溶けこむ霊魂の叫び声・・・アニキ? 義兄弟か? 空耳であっても否定しようもない真実におもえた。
『まさか,おまえに呼び止められようとはな。ここらに季節はずれの,春の雪が舞い散ってきそうだぜ』
『アニキ・・・これまでのこと,恩にきるよ。それと・・・いつの日にか,あの世で再会した暁には,ぜひとも生き長らえることが許されなかったオトコの変わりぶりを見てもらいたいんだ』
莞爾としてアイツが微笑んでいる。マコトをもって応えねばならぬ。
『スマン! どうころんでも・・・おれはクタバったら,天上へは昇っていけないだろうよ。そのかわり,おまえのことは,この胸にずっと・・・ずっとしまっておくから・・・安心してトワの眠りにつけよ』
南無阿弥陀仏。
『じゃあな,オトウトよ!』
対面したあとの余韻を掻き乱されたくなかった。通夜の式には参列しないで私は脇目も振らず帰路についた。
割り切れない人の世の不条理を,ひとり列車のなかで噛みしめる。どれほど無念であったことだろう・・・くりかえし在りし日の面影が浮かんではナミダが滲んできて車窓が見えづらくなった。
オレは生き抜かねばならん,なんとしても・・・世間に認められず,よしんば批判を浴びることになろうとも,愚かしい道の行きつく果てを見定めねばならぬ・・・でなければ,アイツに申し訳けが立たないではないか。
されど,金沢に近づくにつれて思いとは裏腹に現実が重くのしかかり,やるせなさと虚しさが跳ね返ってきて増殖していく・・・依然として葛藤の泥沼に足を取られて思うにまかせない苦境に喘いでいたのだった。
彼が永眠してから2年後,若い重症の拡張型心筋症の男性をあらたに診療する機会が巡ってくる。既婚者で,年齢は25歳。
廣行と同様,心不全で入院することになった患者は順調に恢復し,退院前の病状説明のさいには妻のほかに夫妻の両親も顔をそろえた。今後の治療について率直な話し合いをもつには好都合であった。
アイツのことが脳髄にコビリついていた。心電図の波形やレントゲン写真の画像に,にくめない笑い顔がフェードインして・・・不意に息も絶え絶えになって穏やかな死に顔へと変貌していく。
オマエはそれで良かったのかもしれないが,オレはそうじゃないんだ!
想定される最悪の事態を乗り越えるための戦略を立てなければならぬ。結論として私は,ゆくゆくは心臓移植も視野に入れることを押しつけがましく提案した。
臓器移植に関する法律が整備されていないその時期,日本では未だ心臓移植は不可能であったけれど,準備を進めている大学は国立循環器病センターをふくめて幾つかあった。そうした病院では補助人工心臓の装着も可能であり,とにかく一度受診してみることを積極的に勧めたのだ。
唐突なる力説に対してピンときていないふしが見受けられたものの,疾病者サイドから異論は出なかった。最終的に,私の独断で当時評価の高かった関西の大学と電話で交渉,指定された日に検査結果を同封した紹介状を携えて受診してもらった。
その明くる日,夫婦そろって来院し,どことなく恐縮しているよう・・・聞けば,将来のために遠距離ではあるが大学の付属病院へ通院したいとのこと。もちろん私に異存はなかった。どうせ転勤してしまう身なのだ。
後日,郵送されてきた返書には・・・心臓移植の待機リストに登録したうえで,差し支えがなければ付属病院のほうで加療を継続したい旨が記載されていた。乗り気でなかった本人と家族も,権威ある大学で疾患に関する厳しいデータを突きつけられて認識を改めるに至ったのであろう。
そのクランケが現在どうなっているのか・・・それは分からないし,さほど知りたいとも思わない。
ときおり思惟するのは,あの時代にコンニチの医療が可能だったとしたら廣行はどのような選択をするだろうか,ということ。
経済面等に問題がないと仮定して,私は・・・医師の立場から移植治療を示すだろうが,あいつに本気で心臓移植を勧めるだろうか?・・・執拗に勧めたとして,果たして廣行はそれを受け入れるだろうか?
そもそもあいつは,二十歳そこそこの若輩にもかかわらず,どうしてあれほど生と死を・・・生命というものを達観できたのであろうか?
資質のみで説明しうるものではない。 生来の人となりに加えて恵まれない境遇を生き抜いたことが,彼のような人物を造ったとしか考えようがないのである。
してみると,しきりに恵みを求めてばかりの現代人には,どう頑張っても到達し得ない境地であるにちがいない。
あと,元妻の気になる言動にも触れておきたい。
廣行が入院した日の準夜勤務帯,元妻に来院できないか連絡をとってみた。直接会って妻帯しているころの健康状況を確認してみたくなったのだ。
翌日の夕刻,あらわれた女性は沈んだ表情を浮かべていた。ほどなく集中治療室から出てきて,甚だしく動揺しているのが傍からみても一目瞭然だった。
離別した翌月のことで・・・知っていたなら思い直したのに,あの人は具合が悪いのを隠していたのではないか? 一つ屋根の下で暮らした男への心残りと恨めしさがオンナの語り口からにじみ出ていた。
聞き取りをしながら勝手に解釈をくわえる・・・そのとおりだよ。あいつは身体の調子がよくないからといって,それを明かすようなヤツではない。しかし二度目に会ったとき,元妻にはこう諭しておいた。
彼は・・・体調のことを,人生の大事な判断には持ち込みたくなかったはずである。だから破婚はなるべくしてなったのだ。これっぽっちも気に病んだり責任を感じたりする必要はないんだ。
本心を欺くまい。私は,この年になっても斯く信じている。廣行は,死を悟っていた・・・であるからこそ離縁したのだと。
廣行が入院しているあいだに,真子と私にとって大きな転機が到来する。
5月末,上野のホテルで催されたS病院の開院記念パーティ。私は34歳になっていて・・・彼女は22歳のまま。
宴もたけなわ,みんな入り交じって賑やかに歓談していたとき,左前に座っていた秘書の中里さんがこっそり耳打ちをしてくる。
「青海先生,聞いてるわよ。マコちゃんと時どき逢ってるんだって」
このおりの私は,まわりから一目置かれている中里さんとふつうに話せるようになって,若干自惚れていたことは否めない。
「たまにちっとばかし」 控えめに答えておく。
「ぜひ,お願いしたいことがあるんだけど・・・」と,目の前の席に移動してビールを注いでくれた。
うれしいね・・・「なんなりと」
「一次会が終わったら,マコちゃんを家までエスコートしてくれない?」
いきなり艶やかな顔を近づけられ,予期せぬことをささやかれたので面喰らってしまった・・・どう返したものか。
「頼んだわよ。かならずね!」とダメを押される。
「わかった,ぜったいエスコートするよ」
策略の臭いもしたが・・・断わるほどのことでもないだろ,だれとも約束していないことだし,って弁明する自分がいたのは,寸前に目が合ったナースを気にしていなかったとは言い切れない。
パーティが終了となり,家路へと急ぐ人たち,まだ座って話しこんでいる人たち,二次会の相談で集まる人たちなど,出席者がバラバラになりかけているときだった。中里さんが真子を呼び寄せて追い立てる。
「あとのことは,青海先生にお願いしてあるから,あなたは先生といっしょに帰りなさい」
こちらを振り向いたとおもったら,私も急き立てられる。
「先生も,さっさと支度して」
おかげで公然とふたりで会場のホテルを離れることができたのだった。
了解したからには,真子を自宅まできっちりと送り届けねば・・・そう覚悟して,不忍通りを湯島に向かって歩きはじめる。
「きょうは,ボディガードとして家まで送っていくから」
「そういうことなの・・・」ナゾが解けたような口ぶりで「ウチの真ん前まで送ってもらってもいいのかしら?」
「いいとも!」 ハナからそのつもりだったので調子づく・・・人気番組からセリフを拝借した。
「なによ,それ」って,真子は笑ってくれた。
「どこか寄ってく?」・・・応答がない。「まっ,とりあえず地下鉄に乗ればいいか」
「寄り道しないなら,JRに乗ったほうが便利だけど。わたしはできたら,このまんま歩きたいな」
「どこの駅まで?」
「あのね・・・先生さえよければ,わたしんちまで。道はまかせて。この辺りには詳しいから」
予想外の展開だった。
「どのくらいかかる?」
「二時間ほどかな」
「に・・・2じかん!」
歩くこと自体に不服はない・・・が,飲んだあとでの長時間はきつい。つい本音が出てしまった。
「ダメ?」
「いや,大丈夫・・・」
真子がそうしたいのなら力を振り絞ってみせようじゃないか・・・「酔いざましにウォーキングはピッタシかもな」
「きまりね」
オレの左腕にしがみつく真子。そのまま腕を絡ませ,双方が凭れかかってあるいたので波打つような快感をおぼえる。
「連休のころからかな?・・・病棟で,ハタチの男の人,診てるでしょ。うちに入院してるってことは,やっぱり心臓がわるいの?」
廣行のことだ。
「心不全ってヤツさ」
「ウソみたい,わたしより年下なのに」
「若くても,かなりの重症なんだ」
「死にそうってこと?」
「今のところは落ち着いてるけど,いつなんどき命を落としそうになってもおかしくない状態ってこと」
「かわいそ。わたしだったら,生きてる心地しないわ」
「楽しめない人生なんだろうが・・・あいつは弱音を吐いたりしないし,自分の気持ちをおくびにも出さないよ」
「たいした若者ね」
「そう・・・」でもない。何者もオノレを偽れないだけさ・・・と穿った見方をしてしまう。
「ウワサでは,先生の弟みたいだって聞いたけど・・・」
「ぜんぜん似てないよ」
「じゃあ,なんでそう言われてるのよ?」
「さあ・・・なんでかな?」
「あるんじゃないの,思い当たること」
「あえて言うなら・・・素直じゃないとこかな」
「フーン」と私をのぞきこみ「そういえば,ひねくれてるもんね,先生も。なんとなくわかったわ」
なにを分かったっていうんだ・・・反発したくなったところで「あっ,そこも真っすぐにね」と,真子が道案内をして反抗の芽を摘んでしまう。
「離婚してるってハナシは,どうなの?」
「いったい誰から聞いたんだ」
「研究室で,いろいろとね」
「しょうがないなぁ。ことし3月に離婚したそうだよ」
「きっと妻に嫌われたのね,ひねくれ者だから」
「それは違うよ。おれは主治医だから分かるけど・・・」
「なにがちがうの?」
「患者のプライバシーに関することは君にも教えられない。でも,あいつのためにこれだけは言っとくよ。元妻が打ち明けてくれたんだ・・・わかれ話を持ち出したのはあいつのほうだけど,いくら理由をきいても納得のいく返答はしてくれなかったって」
「どういうこと?」
「妻のほうは・・・それほど離婚したかったわけじゃないとおもう」
「だとしたら,どうして別れなければいけないの?」
「そんなとこまでは分からないよ」
途中,厩橋のうえで夜景とたわむれた。心地よい風が吹き抜ける。「なんともいえない気分ね・・・」って真子がささやいた。川面には街灯が筋になって映し出され,まばゆく妖しげに揺らめいている・・・クロずんだ隅田川は点在する明かりにウズもれていた。
金色のかがやきは柔らかくて優しかったが,それらを在らしめ活かしむる燻し銀の黒みのほうに惹かれてしまうのは何故なんだろう・・・川の流れはしずかに蠢いているようだった。
「花火大会は,あっち側の上流であるのよ」
「そうなんだ・・・」
「見たことないよね」
「聞いたことはあるけど・・・」
「ことしは行けるかしら?」
知らずしらず橋の真下のほうに引き込まれていく・・・相も変わらず心の奥底に見え隠れする黒みから目を背けることはできなかった。女性との明るい未来というものを思い描くことができなかった。一方で,彼女との関係に淡い期待を抱かずにいられないのも事実ではあったのだが。
「行けるといいな」
まるで人ごとのような返事を,真子はどのように受け取め,どのように受け流したのか?・・・他人の係わる領域に対して私は,どうしようもなく無頓着であろうとしていた。
ちなみに,くわしい事の次第は忘却のかなたに消えてしまったけれど,その年の7月第4土曜日は都合がつかなくなり,じっさいに花火大会を見にいくことはなかった。
「サクラの時節も,このあたりは最高なんだけどなぁ・・・」 彼女のつぶやく声が聞こえた。
橋を渡ってから右に曲がり,首都高の下を急がずに歩をすすめた。河川側が壁で仕切られている,例の防潮堤の道だ。
「これじゃ,せっかくのいい眺めも,まるっきり見えないな」
ぶつぶつと零したら,真子は即座に「わたしは全然かまわないわ」と,よりいっそうカラダを預けてくる。
「腕組んで,いっしょに歩いてみたかったんだもの」
・・・らしからぬ思わせぶりな素振りであった。気をよくして私は,ニヤついていたのだろう,路面のデコボコにつまずき,そのはずみで前のめりにこけそうになった。
あぶない,あぶない。あやうく彼女を巻き添えにするところだった。
「バチが当たったかな・・・? 文句言ってたから」
「転ばなかったから,反対にツキがあるのよ」
「でも,おれにツキが回ってくるとはおもえない。たぶん,マコが幸運を呼び込んでいるってことだろ」
「さしずめ,わたしはセンセイの,女神ってことね」
気を取りなおしたとはいえ,出発してから小一時間が過ぎようとしていた。いい加減ほんの少しでいいから休みたくなる・・・アルコールのせいで疲れが倍になる感じだったのだ。
「ねぇ,あれが新しい国技館よ」って,真子。
「どれ?」
「あの,大っきい建物」
「ふぅん・・・」
風変わりな屋根が見えていても何の関心もわかなかった。「これで,半分くらいは来たのかな?」
「ピンポーン」
「どこかでヒト息つこうか」と機会をのがさず持ちかける。
「・・・お店にでも入る?」
すぐさま意識したセリフは呑み込んだ。まもなく反芻し,真子に男の心根を見透かされる気もしたが,思い切って発してみる。
「ラブホテルに行こうか」
「それなら,錦糸町のホテルがいい・・・ここからだと遠くないわ」
間髪をいれず返ってきたアンサーは,願ってもないことなのに俄かには受けいれがたい・・・きんしちょう? 名前は聞いたことがあっても,繰り出したことはない,まして独りで出かけたこともなかった。真意の程をつかみかねていると彼女が手掛かりをくれる。
「錦糸町には立派なホテルがたくさん建っているから・・・」
どうやら,そこのラブホには入ったことがないから連れてって,と頼まれているふうにも聞き取れる。でも,意図なんかどうでもいい,真子が承知したのだから。
「よぉーし,行ってみるぞ」
がぜん踏み込む脚にも力が戻ってきたところを,後ろへ引っ張られる。
「ホテルはこっちよ」
彼女の誘導にしたがい,隅田川をはなれて錦糸町に向かった。ニンジンをぶら下げられた馬よろしく『これでもか』とばかりに相当の道のりを奮闘,やがてラブホテルの立ちならぶ街路に足を踏み入れるや,入室してからの淫らな行為に思いを馳せずにはいられない。
選んだのは料金の高すぎぬ目立たないホテル。エントランスで部屋の品定めをしていると,だんだん心臓が脈打ってきて緊張というよりも獲物を仕留めるような不純な昂揚感をおぼえてしまう。
ついにエレベーターの中・・・飛び立ってしまえば下手に降りられなくなる閉鎖された空間。
このような時がくるのを真子は待っていたのだろうか?
ミラーにうつる互いの顔を黙ったまま見つめあい,捉えきれない部分を補おうとこころみる・・・どちらからともなく笑みを浮かべたとき,フロアをしめす数字が5に変わったかとおもうとエレベーターは舞い降りて止まった。
独特のキシんだ音をたてて扉がひらく・・・まさに魅惑の世界へといざなうかのように。
この夜,真子と私は,ふかい間柄になった。
かれこれ一時間半あまりの休息によって体力を取りもどし,ふたたび歩きだして20分たらず・・・小さな川にさしかかり大息をついたら「あとフタ息くらいよ」って励まされ,橋をわたって三つ目の小路を右に曲がり20メートルかそこら,ようやく二階建ての家屋の前にたどり着いてエスコートの大役を果たしたのだった。
あたりの家々の外壁は通りに直接面していた。ポーチのない引き戸の玄関がやけに印象に残っている。
「アリガト・・・気をつけて帰ってね」
満ち足りたムードが漂っていた。隔てるものが消えてなくなり,当たり前のごとくキスをして真子をぎゅっと抱きしめる。
深夜なので早々に立ち去ったが,終電の時刻はとっくに過ぎていた。出費が嵩んだために代金が支払えるかどうか・・・やむをえずホテルが見えるところまで戻ってからタクシーを拾うことにした。
・・・待てよ,あれは無駄足だったんじゃないか? たった今,書きしるしながら気がついた。引き返すことでかえって赤坂までの距離が長くなっていたのだ。
見誤ったうえに気づかずに過ごしていたとは・・・それもそのはず,ふわふわしたと夢心地は疲労感を麻痺させるだけでなく思考力も奪っていたに相違ないし,再度起こりそうにない出来事を検証する気にはなれなかったのである。
二人にとって新たなる舞台の幕開けだった。なんという不可思議な巡りあわせであったことだろう。
それからというもの,こっそりと・・・もしくは暗黙のうちに研究室で約束を交わし,銀座で真子と頻繁に待ち合わせるようになった。気の利いた店をさがして食事をし,彼女が帰らねばならぬぎりぎりまで一緒に過ごす・・・宿泊可能な日は六本木にもどり,檜町公園で心身を癒やして締めくくりは満室でないかぎり,赤坂のラブホテルに行きつくことが多かった。
真子と逢瀬を重ねるうちにまたたく間に月日は過ぎ去っていく。そんな中,真夏のたいへん暑い日に嵩子が久しぶりに上京した。
電話で喋るとき以外,私は嵩子のことをきれいさっぱりと忘れて暮らしていたが,彼女はそうではなかっただろう。脳梗塞の後遺症をかかえた祖母の世話や仕事のあれやこれやで自分の思うように動けない・・・ゴメンね,と受話器越しに彼女がこぼすこともあった。
何か月も会っていない嵩子はすこし痩せていたけれど,あなたはちょっぴり太ったみたいね・・・って皮肉りながらも顔を合わせる悦びを隠そうとはしなかった。9月いっぱいで東京生活は終わりを告げる予定であったから,嵩子は戻ってくる日を心待ちにし,なんら格別な配慮をしなくても私に疑惑の目を向けることはなかった。
それを貫くためなら,流れのなかで相手を傷つけることになろうとも意に介しない・・・だれをも愛さずに生きていくつもりだった。
ところが,東京を去らねばならぬ日が迫りくるにつれて,じつは自身でも信じられない変化が内部に生じつつあった。
『真子を・・・できることなら我がものにしたい!』
あの夜,はじめて真子と肉体関係をもった刹那に生まれ落ちたササヤカな願望は,日毎に大きくなるばかりか制御できない欲望と一体となり,気づかぬうちに生来のこころの鎧を蝕んでいた。
『おれは・・・真子を愛しているのではないか?』
最初,それはありえないことだと思い込もうとしていた。しかしながら,真子と肌を合わせるたびに沸きおこる欲求は膨れあがる一方で・・・突き詰めて考えていくうちに,かつて燃えさかったそれとは様相を異にするものの,勝るとも劣らない恋心であると断定せざるをえない。
だが,そうはいっても,愛せないという信念が変わることはなかった。鎧は蝕まれてもタマシイは決して腐蝕されぬことを確信していたのである。
愛しているけど愛していない・・・胸の内は,矛盾していようとも,そのように表現するのがピッタリであった。あるいは真子を愛してやまないくせに,どうあっても彼女でないといけないわけではなかった・・・と言い換えてもよいのかもしれない。
こうした恋愛感情はノーマルでないと思われがちであるが,ふかく愛を分析してみると珍しいことではない。初恋を経験したのちの精神状態の一つといえるだろう。
問題は・・・単純に愛しているとおもえない私のこころの奥にあった。なおも愛していないと意識する自己自身にあった。
さらにはバランスを欠いた自我は,きまって自らに懸念をもたらして逡巡から抜け出せなくなってしまう。
・・・真子の私に対する気持ちも似たようなもの。どれほど彼女が愛してくれたとしても,所詮,私でないといけない謂われは無きに等しかった。それはひょっとすると・・・愛の本質から遠く離れていることを物語っているのではないか?
なるべく正確に顧みることは重要である。なぜなら真実を見極めることはかならず己れに還ってくるから。
あのころ,嵩子のひたむきな愛に慣れすぎていた私は,真子の愛情が一般的でないように感じられてしかたがなかった。が,真子はきわめて普通の女性であった。
では,嵩子のほうが特殊だったのか?
あながち間違いでもないが,さにあらず・・・ふたりは好対照で,通常という範疇の両極端というべき存在であった。
そして,尋常ならざるところへ至らしめていた張本人は・・・つまりは,私なのだ。覗かなくていい領域を凝視しつづけ,はからずも引きずり込んでしまったのは・・・私以外のだれでもない。
その性癖は年老いても衰えないのか,いくつになっても余分なことを突き止めようとしている。
私は・・・真子の資質にどことなく不安を抱いていた。たえず彼女には不慥かな影がつきまとい,どこまでも裏がえる危険性を秘めていて・・・それは持って生まれた才能のようであった。
嵩子とは対極にある,永久に染まらない部分をもつオンナ。麗しさとは別次元のあやうき香りを漂わせていた。けだし,それゆえに真子を愛することができたのではないか。
嵩子の愛は当初から獲得されていて,私にとっては求めなくてもつねに手の内にあった。
青春とは与えられたものに満足できない側面がある。もとよりそれは愛に関しても言えることだ。嵩子は・・・わが掌中にあったからこそ,愛の対象には向いていなかった。
9月初めの日曜日,金沢に出向いて住居さがしに奔走する。もちろん嵩子の惜しみない協力があったのは言うまでもない。
およそ一年ぶりにコロナクーペのハンドルを握りしめたけれど,気分は鬱々として晴れない・・・助手席の嵩子は恋人を不愉快にさせぬよう余計な詮索を控えていた。日が暮れるまでに一応のメドをつけなければ月末の引越しは困難になることを理解し,それがための気難しさと受けとったらしい。
不動産屋を三つ回っても妥協できる物件は見当たらなかった。「もう一軒あたってみようよ」って嵩子に促されなかったら,いやでも折り合いをつけるしかなかったであろう。さいわい四つ目の業者がまあまあの2LDK・・・玄関と間取りが気に入らないにしろ,築年数のわりにキレイな賃貸マンションを紹介してくれた。ただちに仮契約をむすび,本契約の段取りは嵩子にまかせて私は東京へと帰っていった。
連絡を入れておいたので,真子が羽田空港で出迎えてくれる・・・なにはともあれ「引越し先が決まって良かったね」と素直に悦ばれて少々複雑な心境になりかけたが,銀座に立ち寄って・・・嵩子と探したというのに,真子と祝杯をあげるという始末。まさしく私のこころは甲乙つけがたい女のハザマで揺れ動いていた。
東京での最終土曜日。
一週間かかった荷造りは思ったほど大変でもなかった。金沢へもどる日を念頭において暮らし,極力荷物を開けなかったのが功を奏したのである。
午前中は病院でかるく仕事・・・受け持ち患者は一人のみだった。なるだけ退院してもらい,新たな入院は取らなくてよかったから。研究室の片付けは前日までにやっておいたので挨拶まわりをして早々に帰宅する。
午後になると上京したときの赤帽が金沢から到着,黄昏どきまでにどうにか引越しを済ませ,そのあと残された時間を真子とともに過ごすために銀座へと向かった。
みちみち苛立ちの混ざった焦燥感にかられてばかり。おかげで行き当たりばったりの行動しかとれそうになかった。
地下鉄の階段を駈け上がると真子の笑顔に迎えられる。
「引っ越し,おわった?」
「なんとか」
「よかったわ。ところで今夜の予定は?」
「・・・そうだな」 月並みな思いつきで,彼女の誕生日を祝福した築地の寿司屋へ行くことに。
店内は混みあっていたが,待たずにカウンターに座ることができた。
「これで三度目か,意外と来なかったなぁ」
「ホントね,なんでかしら?」
ナンデ?・・・ほかにも行ってみたい店があったからだろ,って言おうとしたら,彼女は向きなおり・・・「特別な日のためだったりして」
「どういう意味?」
「まあ,いいじゃない」
口を濁した真子・・・別離を見越してのことなのか? それとも付きあいを願ってのことなのか? 読み取れないにしても,彼女の言動には私に対する何らかの心情が燻っている。
造りでビールをたしなんでいたが,会話は途切れがちで,平生よりも早くニギリを注文しだした真子。なんでもいいから話しかけなくては・・・。
「はじめてこの店に来たときは,ここまでの仲になるなんて思ってもみなかったな。マコはどう?」
「どうって,今でも信じられないわ」
ん?・・・アイロニーか,はたまたユーモアなのか。
彼女の心中を推しはかろうとする自分が・・・歩んでいく道を定めかねている己れ自身が情けない。重々しい空気を吹き払ってしまいたいのに,いかんせん不甲斐ない現状に甘んじるしかなかった。
そうこうするうちに真子がハンドバッグから封筒を取り出して「忘れないでほしいから・・・これ」
差し出されたのは,一葉の写真。
「受け取ってくれる?」
いささか抵抗をおぼえつつも,さりげなく凝縮された真子のエッセンスに引き込まれる。
埠頭なのだろう・・・うしろに船体がいくつか並んでいる。低い石の土堤にちょっぴり尻をのせ,左手で支えながらちょこなんとしたポーズ・・・ミニスカートからは露わな両脚が伸びていて,なんともキケンな色っぽさ。ことに膝関節のところで微妙に軸がずれ,男の欲情を掻きたてずにはおかない脚線美がすばらしい。
「これはどこ?」
「ハワイ・・・きょねんの秋,友だちと行ってきたの」
「カンジンの顔がよく見えないなぁ」
「いいのよ,そのくらいで」
「おれは不服だけど・・・でも,もらっとくよ」
ほとばしった我が言葉に引っかかる。受け取ったりしないで付きあってほしいと持ちかければいいだろうに・・・過ぎし日の想い出になってしまっても悔やまないってことなのか。ならば持たないほうが賢明というもの。
いったいオレの流儀はいずこへ行ってしまったのだろう・・・心の内にさえ輝きが残っていれば,わすれ形見なんぞ無用のはずではなかったのか?
フゥー。
疲れること限りなし。たかが写真ぐらいのことで,真っ当な言いわけを見出だそうとしていること自体ナンセンス。欲しいものは欲しい・・・ひとえにそれだけのことではないか。
にしても・・・『付きあっていいものだろうか?』
いつまでたっても堂々めぐりで思い定めることができなかった。もの足りないような顔をしてニギリを頬張る真子・・・まさか誤解されちまったか?
「大トロたのむ?」
「ううん,やめておくわ」
あらかじめ心づもりをしていたように,顔色も変えずに彼女はあっさりと答えた。
・・・こりゃあ100パーセント脈ナシかも。
そう,しょげるな・・・いいじゃないか。ここで振られるほうが,むしろ後腐れもなくて万事塞翁が馬。真子に拒まれるようなら,男らしくあきらめるまでのこと。
要は・・・行く手を阻んでいるナヤミの大本を辿っていくならば,その根っ子は目下の日々をともに過ごす真子との地盤にはなかった。そのタネは嵩子との土壌に蒔かれて根を張っており,漠とした危惧の念を抱きつつ育んできたのであった。
真子と共に生きる道をこいねがう気持ちは日増しに高まっていて,それに背を向けて歩んでいくことなど到底できそうにない。しかし,そう実感すればするほど気がかりになることがあった。
・・・私の比ではないに違いないのだ。
嵩子のオレを恋慕う気持ちは,比較しようもないほどに強固で,
底の見えないくらいに深いことだろう・・・それを承知のうえで
摘み取ろうなんて,このオレにできうることなんだろうか?
嵩子を切り捨てるということは,道義に反するとか信義に悖るどころの話じゃない,オノレの行なってきたすべてを・・・いや,私そのものを否定することにほかならぬ!
・・・やみくもに幾度となく晴れやかな未来の色で上塗りをこころみる。なれど,黒一色の如何ともしがたい過去の色彩が浮かび上がってきて塗り込めることなど不可能。おまけに『愛せない』という呪縛から逃れることもできず,わが心はあたかも言霊でコーティングされているかのようであった。
結局のところ,明日からのことについては一言もふれないまま店を出ることになった。
地下鉄ではドアのすぐ前に立ち,車内の虚ろな雰囲気に呑みこまれ,やるせない想いをいだいて時間は過ぎていった。
あてもなく六本木の街をぶらぶらしてまわった。行く先が見えなくては語り合うこともできない。いつのまにか手をつないでいた・・・が,ふだんなら温もりとともに伝わってくるものが,その日に限っては結んだところから抜けていくように感じてしまう。
やがては防衛庁の壁に突きあたり,なだらかな坂をいつものように下っていった。檜町公園で一服したかどうかは曖昧でわからない。
小路を抜けるとネオンが見えて,真子が小さな声でささやく。「こんやはホテルに泊まるから・・・」
「・・・アリガト」
思惑どおりだった。なにせ宿舎はすでに空っぽ・・・東京最後の一晩を,朝までいっしょに過ごすことしか頭になかった。
その夜は最上階,浅いけどもちょっとは泳げるくらいのバカでかい湯船のそなわった最高料金の部屋に宿泊した。
決断というものは,熟考を重ねたうえであっても,そのカナメのところは体験したことなのだろう。さもありなん・・・肉体あるいは行為とは,自己そのものから出でて精神よりもはるかにズバリと内奥を掴んでいる。
狂おしいセックスの真っ只中,わたしは真子とこの先もずっと交際することを決心した。
なにゆえに?・・・惑いのなかで右往左往していたにもかかわらず,斯くもたやすく下せてしまえたのか。
それまでは思案することの不毛がじつに嘆かわしいかぎりだった。しかるに性交のあと,たとえヘンテコといわれようが,もはや突き進んでみせるという覚悟に迷いは無くなっていた。
それがこんにち,あれこそが呪縛の意味したパラドックス・・・すなわち因果な宿命であったことにただただオドロキ,得心はしていても天にむかって叫ばずにはいられない。
なにゆえに? ・・・でなければならなかったのか!
今もって喜ばしくも胸苦しさを引きずってよみがえるヒトこま。
「マコ,これからも,おれと付きあってくれないか・・・」
待っていたのだろうか,彼女は頷いてにっこり微笑んだ。よどんでいた空気が一気に流れだしてホッとしたのも束の間,アシュラの顔が広々とした部屋のあちらこちらに像をむすんだ。そいつを掻き消してしまいたくて・・・「そうだった,中里さんのところへ挨拶にいったら,散々に言われたよ」
「なんて?」
「幻滅したから,早いとこ金沢に帰ってくれない・・・って」
ときたま秘書室で中里さんと取り留めのない話をすることがあった。きのうは暇乞いするつもりで行ったのに,暗に真子のことを臭わせてオレを非難しているようだった。
「おれは,中里さんの期待を裏切ったんだろうな」
「そんなことはないとおもうけど・・・」
真子には分かりようがないのが救いにおもえた。彼女がどのように説明しているのか知らなかったが,中里さんは部下のことを可愛がり,そのぶん心配もしていた。
「中里さんに伝えてくれないか,おれがよろしく言ってたって」
「わかったわ」
日曜日午前9時半ごろ,鍵を管理人のおばさんに返し,一年間におよぶ東京生活の幕が下りようとしていた。
稲荷坂の急勾配をカカトで確かめるように踏みしめる。
登るのも下るのもなにかと難儀だった通いなれた路・・・親しみの感情さえ湧いてきて,見下ろす気分も案外スッキリとしていた。おそらく土壇場になってそれなりに決着したことが幸いしているのだろう。
どんよりとした空にもいくらか癒やされる。
真子のいない世の中は,砂を噛むように味気なくてつまらない。さりとて独りへのこだわりを捨てられるわけでもない。その濁りきった現状を慰めてくれるような・・・雲・くも・クモ。
邪悪やら無明やら理不尽やら地上のありとあらゆることを見守りつつ,あざ笑うでもなく言い聞かせるでもなく,まこと悠然と素知らぬふりをして行き過ぎる・・・形ありて形なしとも見受けられるもの。いわば変幻自在の・・・使いのモノ?みたいなヤツ。
坂の終わるところで振りかえり,その眺めを記憶にとどめようとするや,切なる思いが込み上げてくる。
・・・今後の人生も,この坂のように,登ってみなければ行きつく先は見えてこない。こののち如何なる道が待ち受けていようとも,オレは後悔したりしないぜ・・・真子との坂を一歩ずつ登っていくのみ。
決意をあらたにして乃木坂に向かった。
これっきりという段になって,それまで頑なに無視してきた乃木神社の鳥居をくぐってみたのは,嵩子のことが引っかかっていたから?・・・そうやもしれぬ。詫びるともなしに祈った気がするのだ。
参拝したあと,旧乃木邸の敷地内をのぞいてみる。S病院は案の定,乃木坂周辺のビルに遮られて見えなかった。
その方角に『あばよ』と告げて踵をかえす。
千代田線のホームへ降りていくと,寮生活をする病棟勤務の新人ナースとばったり顔を合わせた。
「きょうは一段とすてきだね,デートかな?」
話しかけると,はにかみながら女の子はつぶやく。「えぇ,まあ,そんなかんじです」
「おれは,金沢にかえるとこさ。でも,ここできみに出会うなんて,まったくの奇遇だなぁ」
その子と一度だけ飲みに出かけたことがあった。どういう成り行きでそうなったのか思い出せない・・・どこかで約束でもしたのかもしれない。そのときのハナシでは,東京に住んでみたくて上京したってことだった。
「ホントですね,すごくラッキーです」
隣り合わせに坐って,ナースのふるさと鹿児島の観光名所を聞いているうちに国会議事堂前に着いた。
「それじゃあ・・・あすから10月だな,これからも頑張れよ。元気でな」
「先生も,お元気で。また遊びに来てください」
席を立つさい,いまだ純粋で清らかな乙女と交わした挨拶が,妙なことに終わった日の情景として脳裏に焼き付いている。
上野駅では今朝わかれた真子がわざわざ見送りに来てくれた。ホームで彼女と軽いキスを交わし,私は東京をあとにしたのだった。

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