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 生きとし生けるものは,いつか死んでゆかねばならない。それが自然の摂理であり,誰ひとりとして異をとなえる者などいないことだろう。

人間にも終焉のときは必ずおとずれる。分からないのは,いつ,いかなる形でやってくるのか,ということ。

ある日,真実はひょっこり顔をのぞかせ,予期しながらも実感できなかった波紋を投げかける。

ここぞ果つべき・・・運命のトキなのか?

 




2010319日,金曜日。

 

相も変わらず,時間に追い立てられるように出勤した。

・・・ことさら言い訳がましいことは口にはしたくないのだが,いくつになっても夜更かしというものは已められそうにない。というのも暗がりの中には汲み尽くせぬ泉が隠されていて,はからずも味わうコツをおぼえてしまうと苦痛であったものがしだいに快感へと変わり,やがては病みつきになって誘惑から逃れられなくなってしまうのだ。

むろんのこと,早起きは大の苦手であると,このさい打ち明けておきたい。

 

いつものようにドアノブをまわして施錠をたしかめる。それから振り向きざまにマンションの共用廊下を歩きだすと,柔らかな朝の日差しが斜めに射し込んでいた。

その春めいた光景を目にして奇妙な思いに捕らわれる。

『いつか,この眺めに出くわしたことがある・・・きっと,いつか・・・いつか,未来に?』

つい立ち止まり,目を凝らした。すると,急ぐあまり余裕のなかったこのオレに,やさしく囁いてくるみたいだった。

 

『ジタバタするなよ,ロクなことがおきないぜ!』

 

導かれるままに空を見上げる。まるで抜けるよう・・・西のほうにはいくらか雲が見うけられるものの,これほどみごとに澄みわたった蒼天を仰ぐのは,じつに何年ぶり?・・・いや十数年ぶりのことだろう。

今しがたの変な感覚のことも吹き飛んでしまうくらい,しばし清々しい心地になったのであった。

 

そのわりに日中になっても気温はさっぱり上がらない。

寒さがぶり返してイヤになるわ・・・ちらりと,だれかが仕事の合い間にこぼすのを小耳にはさんだ。

別にいいじゃないか,どうせ二三日ぐらいのこと,ずっと続くわけでもあるまいし・・・そうつぶやいて私は若干,見くだすような態度で宙を睨んでいたにちがいない。

されど,いくら世の中を割り切ったごとくに振舞ったところで,いざとなると,そんな達観モドキなんてクソの役にも立ちやしないのだ。

 

その日,勤務を終えるとフィットネスクラブに向かった。前年の秋から通いはじめた室内テニス,初級クラスのレッスン中でのこと。

ストロークの打合いが一巡し,休憩してからゲーム形式の練習をおこなうとコーチより告げられた。

となりのコートでは中級クラスの連中が,小気味よい乾いた音を響かせてサーブ練習をしている。それほどでもないが初級よりずいぶんマシか・・・と目をくばり,向こうの壁時計を見やればラケットを握ってから30分ばかり,針は午後8時をすこし回っていた。

指示にしたがい前衛のポジションで再開を待つあいだ,屈伸運動をして足腰の具合をチェックしてみる・・・意外とわるくない。ラリーのときだって調子が良かった。これなら,けっこう無理がきくかもしれない。

それを裏付けるように,レッスンがはじまって頭上の右手を越えていきそうなボールにも,ごく自然にからだが反応して素直に伸び上がることができた。だから,てっきりボレーも難なくやれるとおもったのだ。

ところが,そうヤスヤスと初心者にはコナせるはずもなかった。

イメージした動作の初期段階で狂いが生じ,左脚に体重が残ったまま上半身をむりやり捻る体勢でラケットを出すハメに・・・まずい!とおもった瞬間,弱点の腰になんともいえない鈍い痛みがはしった。しかもフレーム近くに当たったボールはサイドラインを割り,結果はまったくの裏目に出てしまう。

なんの,これしきのことで引き下がってたまるか! あらたに放たれるサーブに身構えようとした,その時である。

腰部のみならず,胸骨あたりに違和感をおぼえ,たちまち胸部全体が重苦しくなったのだ。なにか変だと察知したとたん,息もできないほど胸が締めつけられ,不覚にも蹲ってしまうとは・・・なんたる醜態!

「青海さ~ん,どうかしましたか?」 コーチの張りあげる声がとどいた。

「だいじょうぶです・・・」

そう返答したけれど,消え入るような声しか出ない・・・これでは異変ありと告げているようなものだった。同時に,とんでもないアクシデントが待ち受けていそうな不安がよぎる。

つぎの刹那,言い表しようもない胸の圧迫感と心臓の痛みに襲われた。じっとガマンするうちに気持ちが悪くなり,みるみる血の気が引いていく・・・このままではダメだ! 自己診断し,みずから転がって蒸しエビのごとく背中をまるめるも,しかしそれ以上はなんともならなかった。

口のなかには生唾が溢れだし,カラダじゅうから冷や汗が吹きだすや,全身の力が抜けていき身動きすることもできない。コーチやほとんど喋ったこともないレッスン仲間の声がとおく聞こえたが,目は開けられないし呻くことすらままならぬ。どこまで耐えればいいのか・・・いつまでたっても胸の痛みは治まらず,呼吸がしづらかった。なのに,どうして頭だけは,こんなに冴えているのだ? そのぶん,よけい苦しいというのに!

非常事態に遭遇し,脳ミソも慌てふためいて,むやみやたらと働いているに過ぎなかった。破綻するまえの特異な機能亢進というべきか。じきに朦朧として,なにもかもが霞んで暗闇の世界に閉ざされていく・・・

・・・まもなく,わたしというワタシはことごとく萎えてしまって意識をうしなった。

 

 気がついて周りがハッキリしだしたのは,むろんコートの中ではない。

「青海さん! わかりますか?・・・オ・ウ・ミ・さん」

きびきびと張りのある音声が頭のてっぺんをつついた。おもむろに瞼を上げると,いきなり打って変わった情景が飛び込んでくる。にもかかわらず,さほど抵抗を覚えることはなかった。

「オウミさん!」

再度つつかれた。「はい・・・」と,おもわず返事する。

にわかには状況が呑み込めないにしても,狭苦しいボックスに鳴りやまないピーポーのサイレン・・・場所がどこであるのか,認識するのにそう時間はかからなかった。見えざる声の主に向かって問うてみる。

「ここは・・・もしかして,救急車?」

 ほかにありえないとおもったけど,場の空気がそんなふうに言わしめた。

「そのとおり。 いま,どこか苦しいですか?」

 と,不意に視界の右上のほうから,ヘルメットをかぶった救急隊員とおぼしき男があらわれ,窮屈そうに腰を下ろした。マスクをつけ,藍色の作業服みたいなものを着ている。

「・・・いえ」

「そばにいた人のハナシでは,かなり胸がつらそうで,顔が真っ青だったようですよ。ほんとに,もう具合わるくありませんか?」

「はい・・・」

「では先ず,名前と年齢,住所を教えてください」

 素直に応答するあいだに,先ほどのカラダの異変のことがつぶさに思い返される。おそらくクラブのスタッフが119番通報したのだろう,それで自分がここにいるのだと理解した。

「本題にもどりますよ。あそこで,どのようなことが起こったのか,だいたいのところを聞かせてもらえますか」

「急にムネが重苦しくなって・・・」

 コートでぶざまな恰好を見せてしまったが,じっさいそれどころではなかった。いまだ悶絶の感覚が脳髄の芯にこびりついている。運が悪ければ生きていなかったかもしれない。助かって心底うれしい・・・こんなオレでも,中途半端な形では命を落としたくはなかったのだと思い知る。

「テニスの練習中に?」

かしらを縦に振って私はうなずいた。

「痛いという感じは?」

「すぐさま締めつけられるように,ものすごく痛くなって,立ってはいられないほど・・・」

「痛くなったのは,どのへん?」

 右手で握り拳をつくり,心臓のところをトントンと叩いてみせると,「呼吸も苦しかった?」

「ええ・・・」

「そのあとは?」

「よく覚えていません」

 この男,もっともらしい訊き方をするが,さては救急救命士か・・・だとしても,テキトウに答えておいても差し支えはなかろう。大事には至らなかったわけだし,口で説明しようとすると案外むずかしいのである。

質問が途切れて静かになった。隊員はどうやら搬送中の私のことについて書き記しているらしい。

ピッ,ピッ,ピッ・・・と,耳慣れた音。左手の方向に目を向けると心電図モニターが見えた。画面上の波形には,とくに異常所見は見当たらない。

しばらくして,さらに訊ねられた。

「どこかの医療機関に通っているとかは?」

「ありません」

「入院するような病気になったことは?」

「ないです」

 なるほど,必要事項をきっちり聞き取るつもりか・・・なんて職務に忠実なヤツだ。

「奥さんに連絡をとりたいとおもいますが,この時間だと,たぶん自宅にいらっしゃいますかね?」

「すみません,結婚していないので・・・」

「じゃあ・・・親御さんは?」

「両親も,いません」

「どなたか来てもらえる人は,おられませんか?」

浮かんだのは裕子の顔・・・彼女は一瞬,苦笑いしたような? 『ごめん,またヘマをやらかしちまったよ』

ほっとして,つい名前を喋ってしまいそうになったが,踏みとどまる。

「おもいつかないですね」

「青海さん,このような場合,だれかに来てもらわないと困るんですよ」

「・・・」

「ちゃんと考えてください。親戚の人とか,友人とか・・・だれか,いるでしょう,一人くらい」

いい年をして情けない・・・とでも言いたげな口調に,まだリカバリーしきれていない頭脳回路は容易にショートしてしまった。

なんと思われようが結構,オレはそんなふうに生きてきたんだ!・・・内心おだやかではなくなってダンマリを決めこむ。

ほどなく痺れを切らし,そいつは口を尖らせて呟くように宣った。

「じゃ,連絡先をおしえてください。携帯の番号でもかまわないです」

 

そうこうしているうちに,その日の当番病院に着いたのだろう,サイレンが鳴りやみ,車体は大きく揺れたのち停まった。

・・・ドタバタするなかで聞こえてきた会話。

「スポーツクラブで失神した男性です」

「バイタルはどうですか?」

 対応したのは病院のナースのようだが,その声には聞覚えがあった! ひょっとして・・・とおもうが早いか,私はストレッチャーごと病院の救急治療室に運ばれた。その途中であたふたと申し送りをはじめたのは,さっきまで隣りに座っていたあの男に相違ない。

「最終の血圧は10366,心拍数は83, サチュレーションは97%,現在は意識清明です」

気になって耳を傾ける。「急病人は,テニスの練習中に心臓が締めつけられるように痛くなった模様です。苦しむうちに意識が消失し,救急車の要請がありました。現着時血圧は7749,脈拍は47,サチュレーションは93%,レベルはJCS10でしたが,搬送中に回復しました」

まあまあの報告じゃないか・・・と顔の向きを変えた瞬間,搬送者の移動準備をしていた白衣の天使と目が合った。

「あら,オウミ先生!」

ナースが小さく叫ぶと,案の定あいつの態度がたちどころに変わる。

「このかた,K病院の・・・?」

「循環器内科の青海先生ですよ。知りませんか?」

まいったな,よりによってウチの病院に運ばれてくるとは・・・失態を演じてしまったあとの諦めの心境であった。それでいて面倒なことにならなくてすむと安堵したのも事実であるけれど。

 いずれにせよ,決まりがわるくてしようがなかった。といって知恵はまわらず,ふだんと変わらない挨拶をする。

「やあ,片桐くん,元気?」

「なに言ってるんですか! これは,どういうことですか」

「ちょっと胸がつらくなってねぇ・・・でも,もう大丈夫だから」

「だいじょうぶなら,こちらにゆっくり移動してください」

 天使の誘導で病院のストレッチャーに乗りうつる。からだは重だるいが,座位になってもなにか起きる気配はなかった。「先生,なんともないですか?」

「ヘイキヘイキ・・・いますぐ,テニスだってできそうだよ」

やっと冗談口をたたけるまでに立ち直ったところへ,あの男が横から口をはさんだ。

「そういうことでしたら,このままお任せします。じつは,ご本人の知り合いが見つからなくて,まだ連絡がとれてないのです」

すると,ちょうどタイミングを見計らったように,羽織った白衣を翻しながら駈け込んできた,術衣すがたの医師。「いゃあ,遅くなってしまった・・・患者はどんなぐあい?」

救急科の西口くんであった。ナースが答える。

「症状はよくなってますけど・・・本人を見られたら,きっとビックリ仰天ですよ!」

「えっ?」

あわてて傍らに近寄ってくるなり,西口くんはウソだろって顔つきで感じたとおりの疑問を口にする。

「いったい,どうされたのですか?」

「なんでもないよ。でも,救急車に乗ってしまったから・・・わるいなぁ,忙しいのに」

「あのぅ・・・おハナシの途中,すみませんが・・・」

 またもや,あいつの癖のある声に遮られた。そして直接ドクターに現着時の状況等を説明しだしたのだ。終わりに「ここにサインをお願いします」と付け加える。

差し出されたのは,傷病者情報が書き込まれた複写式の記録票・・・医師が署名をして急患の引渡し,すなわち病院側が受けいれたことを証明するものである。

すでに私には病人らしい症状はなくなり,しかも病院関係者であったため,救急隊員はいかにも早々に退散したい様子だった。その意図を読みとり,ドクターも軽くサインに応じる。

「では,これで引き揚げますので,あとは宜しくお願いします」

あいつは丁寧に挨拶をして帰っていった。

 

 救急隊が立ち去ってようやく気分が落ち着いた。そのあと西口くんの問診に答えつつ,突如として降りかかった厄難についてありのままを語った。

「念のため,一通りのことはしておきますね」

 おなじ職場で働いているドクターの配慮には,逆らわずにしたがうのが道理というものだろう。

そのあいだにもナースが手際よく職務を遂行する。

胸には心電図モニターの電極を着け,右腕には自動血圧計のマンシェットを巻き,左腕には留置針で血管を確保,そこから検査用の血液を採ったうえで点滴をつないだ。

次いで心電図記録と胸部レントゲン撮影。

ドクターは指示を出して慌ただしく治療室から姿を消したが,それらの検査が終わったときには戻っていた。

「青海先生,ちょっと見てください・・・問題ないですよね」

 西口くんは気遣って心電図とレントゲン写真を見せてくれた。横になったままで電子カルテを確認する。遠目ではあるが,たしかに正常に見える。

あとは採血データがそろうまで,ひとまず救急センターのベッドで休むことになった。

 

 自分なりに分析をこころみる。

一時的にしろ,意識がなくなったのは間違いない。救急隊員の報告からすると,血圧が下がって徐脈になったのが直接の要因かもしれない。しかし,その原因たる疾病はナンなのか?

これまで・・・この救急室で,胸苦を訴えて意識を失った急患を少なからず診てきた。第一には,虚血あるいは不整脈の発作を疑うべきであろうが,そうではなくて,ただの神経反射の可能性だってある。

どれだけ考えても突発的な症候の成因は判然としない。特定しようにも肝腎の決め手に欠けているのだ。下手な推測は避けたほうが無難だろう。

病態がはっきりしなくても,これからはテニスの練習に打ちこめないような気がして,いささか落ち込まざるをえなかった。

もともと大好きというわけではない。年齢的に体力の衰えを自覚するようになり,筋トレでもやってみようかとフィットネスクラブを訪ねたさい,偶然テニススクールを見つけたのだ。

ふと大学一年のときを思いだす・・・興味があって見学にいくと,人気が高くてテニスコートは部員で溢れかえっていた。それがどうも性に合わない。しかたなくテニス部をあきらめ,ならばいっそ文化系サークルで活動してみようと思い立った,入学したばかりのあの頃。

遅まきながら,当時のオモイを遂げてみたい気持ちになって,初級クラスのレッスンに週一回通うことにした。

ところが習ってみると,私の精神には武道,たとえば中学の部活動でやっていた柔道のほうが合っている。それでもテニスを続けようというのは,体力維持に適していると判断したからにほかならない。

ふたたびテニスを断念することになれば,結局は・・・縁がなかった,ということになる。ことさら意味づける必要はないのであろうが,心には『エン』という言葉がやけに重たく響きわたった。

周囲とは味気ないカーテンで仕切られていて上を向くしかない・・・天井を眺めるうちに,見ている部分がグルグルまわるような,いまにも吸い込まれていきそうな錯覚におちいる。

吸いこまれて舞いもどり,回らないようそっと目をつむる・・・まわりまわって,めぐりめぐって・・・めぐり逢う。

そうなのだ! めぐり逢いとは,不思議な『エン』によって引き寄せ,引き寄せられあった結果なのだ。

もちろん,忘れてなんかいないさ,一日たりとも!

・・・13年前の光景が,スクリーンに映し出されるように,瞼のうら一面に浮かび上がった。

こんなにせつせつと胸に迫りくるとは!・・・銀座四丁目交差点に,数寄屋橋に,有楽町マリオンに,神楽坂に,牛込橋のJR飯田橋駅西口・・・真子と別れた日の,永遠に色褪せない場面の数々。

・・・あれからも生きてきたけれど,今回のようなことがあると,もはやスポーツなんてやらなくてもよいのかもしれない。






「せんせい?」

カーテン越しの声で目が覚めた。が,ぼんやりしていた。 いつのまに眠ったのだろう?

・・・真子の黒髪が風になびいて,オレの頬を撫でていたっけ。

それは夢ではない。まぼろしでもない。まぎれもなく,私のなかに存在している・・・過ぎし日の一コマ。

「おきてますか?」

ナースの問いかけで,しっかりと覚醒した。見られてないはずだから,ごまかしてもかまわないだろ。

「あぁ,起きてるよ」

「つらくないですか?」

と,黄色っぽいカーテンの切れ目から天使が顔をのぞかせる。

「ぜんぜん」と答えてから付け足した。「ところで,片桐君はいくつになったんかな?」

「またトシのハナシですか,たしか以前に答えましたよ」

「そうだっけ。でも,いくつだったかな?」

「いくつに見えます?」

28歳くらいかな?」

「ちかいです」

「じゃ,27歳!」

「ブー・・・29歳ですよ」

「もう29か。 大台一歩手前だなぁ」

「ひどい! そんなこと言ってたら,ぜったい女性に嫌われますよ」

「ゴメン。ちなみに,名前は変わる予定はないの?」

「ありません!」

「ホントに?」

「あったとしても,先生には話しませんけどね」

「さみしいねぇ」

「だいたい,先生こそ,いくつになったんですか?」

「おれ?・・・教えたくないトシになったよ」

「ダメですからね! 自分のことは喋らないなんて,卑怯ですよ。いつもわたしたちに,年齢ばかり訊いてるんだから」

「それは言えてるな・・・」しょうがない。「もうすぐ,誕生日で54だよ」

 微妙な間があって,そのあと含み笑いをされてしまった。

「へぇ~,50代,なんですか」

 どうせ老けてるさ,とでも言い返そうとしたら・・・近づいてくる足音に気がついた。

「あっ,言うの忘れてました。藤沢先生が来られてます」

藤沢が?・・・ナゼなんだろ。

「いかがですか?」

と,循環器内科の後輩が,ナースと入れ替わるかたちであらわれた。

「来てみると先生だったので,さすがにオドロきました。いま,カルテを見たんですが,ちょっと気になるデータがあるんです」

ただちに車イスに乗り,ベッドから電子カルテの置いてあるデスクまで点滴スタンドを使用して移動した。検査結果のモニター画面を,多少の胸騒ぎをおぼえつつ確認する。

一目でわかった・・・心筋トロポニンT陽性!

心筋梗塞など,心筋障害をみとめた場合に増加するタンパクは,赤色でプラスと表示されていた。簡易テストではあるが,信頼性や有用性は非常に高い。ただし・・・通常の心筋逸脱酵素は正常範囲内の値ではあったのだが。

『虚血発作か・・・』

おもわず心のなかで呟いて意気消沈してしまう。

正常高値血圧,耐糖能障害,高LDL-コレステロール血症,それに喫煙。四大危険因子に相当するものはすべて持っている。あらためて検討を加えるまでもない・・・きわめて必然的な成り行きではないか。

きのうの寝る前,胸のあたりに妙な違和感があったのも発作なのだろう。気づいてみれば,いろんなことが繋がってくる。自らのことになると,いかに判断が鈍ってしまうものなのか。

「どうされますか? 心カテしたほうがいいとおもいますけど・・・」

 そりゃそうだろうが,できればやりたくないんだ・・・後輩から穏やかに勧められても,思考は空回りする一方であった。

心臓カテーテル検査,なかでも冠動脈造影検査は,虚血性心疾患を的確に診療するには不可欠といっても過言ではない。わずかの可能性であっても心筋梗塞や狭心症が疑われる場合,かならず私も患者にすすめてきた。異論をさしはさむ余地などない,あまりにも尤もすぎる意見であった。

「藤沢,とにかく今夜は・・・かえるよ。ゆっくり考える時間が欲しいんだ。あすあさっては週末だし,無理しないで静かにしているさ」

 バッカじゃないの,循環器の医師ともあろうものが!・・・と,己れ自身に向かって叫びたくなった。急性冠症候群に無駄にできる時間なんぞありはしない,一刻も早く積極的治療をおこなうのみではないか!

 

そうまで思ったにもかかわらず,この時点での私はさる仔細があって・・・どれほど説得されようとも,どのように思慮を巡らせたとしても,心カテを受けるという決断をくだすことはできなかったのである。

 

「わかりました。今後のことは,先生が決めてください」

もちろん納得のうえではなかっただろう。藤沢は先輩を立てて正当な見解を主張することなく,利己的に医療を選択する権利を非常識な人間に預けてくれたのであった。

しかしながら・・・再発作が起こるようだと,冠動脈インターベンションいわゆるカテーテル治療はどうあがいても拒むべくもない。

「胸がつらくなれば,夜でも受診するから・・・そのときはよろしく!」

念のために緊急時の対応を依頼しておくという大事な一言を,このときの私はけっして忘れてはいなかった。

 

 点滴が終了した後,処方してもらった冠血管拡張薬と抗血小板薬を服用し,タクシーでスポーツクラブへ戻った。

テニスウェアのまま救急搬送されたので,終了間際ではあったけれど,頼みこんで着替えをさせてもらった。あとは,どうしたものか?・・・マンションへ帰らないといけない。

心根を疑われても仕方がないが,なんとかなるさと,かまわず車を運転することにしたのだった。

 

 

 

 家に着いたとたん,疲れがどっと出てきた。なにもやる気がしない。腹は減っていたが,空腹感も麻痺している感じ。

キッチンには,メモが置いてあった。

『シチューとサラダが冷蔵庫に入っているから食べてね。たまにはぐっすり眠らないと,からだに良くないよ! 裕子』

やはり少し食べなくては・・・とボーッと準備しているうちに,習慣とは変えがたい,いつのまにか発泡酒を開けていた。

待てよ,アルコールは冠攣縮を誘発する危険性がある・・・とは限るまい,ビールの一缶くらいなら大丈夫だろう・・・と思いなおし,作り置きの惣菜をつまみにしてちびりちびりアルミ缶を傾ける。

 

ほんの短時間とはいえ,激しい発作に見舞われて,想像以上に体力を消耗してしまったようだ。というより精神的打撃のほうがはるかに大きくて,そいつが影響を及ぼしているのかもしれない。

正直なところ思索をかさねる気力なんか,まったく残っていない・・・かといって,魂はいっこうに安まろうとはしないのだ。

これから,再発作の嵐が起きたっておかしくはない。急性心筋梗塞に至ってしまう場合だって十二分にありうる・・・最悪,致死性不整脈が合併しないともかぎらない。 働かない頭をむりにも回転させねばならぬ。

『カテーテル治療をやるのか,やらないのか・・・どっちに転ぶにしても,心カテ検査は受けておいたほうがよいのではないか?』

 じつは・・・実施にさいして,ひとつ重大な問題点があった。慢性腎臓病の合併である。

 

小学校入学の前年,幼稚園に入ってまもなく,私は感冒から急性糸球体腎炎をわずらい,全身浮腫の状態で入院生活を余儀なくされた。退院後しばらくは通院しなければならなかったが,翌年就学して以降は当然ながら療養したことも忘れて日々ふつうに過ごしていた。

ところが,中学生になると毎年検診で蛋白尿を指摘された。そのため三年の夏休みに五日間,母の要望はむげにもできず,明くる年高校入試を控えているから是非その前にと説き伏せられて精査入院することになった。退院するさいには結果説明をうけ,診断は慢性糸球体腎炎,今後は経過観察するよりほかないとのこと。中規模の病院で腎生検は未施行・・・いったい入院して検査するだけの価値があったのかどうか? その後は放置も同然だった。

医学部に進学して知識を得てからはいくぶん気にかけるようになったが,日常生活にまで影を落とすことはなかった。そのうち臨床検査部の実習があって自動分析装置をじっさいに操作する機会に恵まれた。自身の血液を用いて測定したクレアチニンは1.2と軽度上昇の値を示し,はじめて慢性腎臓病を意識するようになった。

それからというもの持病の事実を他人には知られたくなかった。医師になってからは尚更のこと,とりわけ上司にはぜったいに気づかれたくない・・・たとえ顰蹙を買おうとも,大学病院や関連病院では適当に理由をつけて職場検診を一切受けないという身勝手を押し通した。

だが就職すると,さすがにそういうわけにもいかない。また不惑を過ぎて病気を知られることに抵抗がなくなり,K病院では毎年まじめに定期検診を受けていた。

昨年秋のクレアチニンは1.41・・・要注意の値ではあるが,心カテを受けられない数値ではない。とはいうものの,カテ治療をおこなう場合には,造影剤による腎障害増悪のリスクは覚悟しなければならないだろう。

・・・冠動脈CTという手もあるが,病変の有無はわかっても正確な評価をくだすことは難しい。ヘタをすると心カテと両方受ける羽目になりかねない。ならば造影剤の使用量を少なくするために,最初から心カテを行なったほうがいいのではないか・・・それも,なるべく早く! つまりは現状を把握しないことには,どうにもこうにも対処しようがないのである。

 

検査を・・・拒否する必要はない。むしろ受けるべきである。治療は,その結果しだい。そのことに異存はなかった。

私を狂わせて判断を鈍らせていた根本原因は・・・別にあったのだ。

それは,なにをかくそう・・・13年前のあのときに生まれた,まさにオノレの一部分とさえいえる『誓い』なのであった。

 

『死ぬときには自ら命を絶とう』

・・・宿命の『その時』がきたのであれば,検査をせずとも,このままでこと足りる。発作が起きようと,ただひたすらに突き進んで実行あるのみ。火を見るより明らかなこと。

 

なれど,踏み出すことができずに立ちすくんでいる・・・オレ。

こんな状況では,実行困難といわざるをえない。なにしろ,ちっとも現実的じゃない・・・不備が多すぎて投げ捨てられないのだから。

 

万全の用意のもとに,それは実行されなければならない!

・・・先送りして準備すべきなのだ。そうか,そういうことなのか,私の求めていた結論は,これなのか。

 

やっぱりバカとしか言いようがない。確信を得ようとして,生存にかかわる重要な心臓精査の機会を逸してしまったようだ。

かててくわえて・・・やがては自分で命を絶ってしまおうというくせに,しっかりと終活をおこなうための期間が欲しいだなんて,いささか虫がよすぎるのではないか。だいいち最期まで自我を貫きたいと願ったところで,シナリオどおりにうまくいく保証はない。

のみならず・・・気がかりなことが頭から去っていかない。

 

身近な存在となり,万一のことではなくなった・・・突然死の可能性。

・・・ある意味,人生最大にして最後の決定的瞬間を演出するために,私は生きてきたと極言してもいい。そのチャンスが与えられないまま,急逝していかねばならぬリスクを背負ってしまったのだ。

 

『あの誓いは,もしかしたら果たせないかもしれない』






 午前1時半すぎ,準夜勤務の裕子が帰ってきた。

今夜の一件については,なんだか語りたくない・・・できうるなら秘密のベールで覆ってしまいたいほど。

真子を想いだし,時は近づいている,という予感の雫がこころに落ちたせいにちがいない。生じた波紋は,かすかで穏やかだけど,いつになっても消えそうにはなかった。


裕子にも明かせない自己の代償を,こんにちに至っても,私はいまだに引き摺って生きていたのである。




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