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 ほんの小さなことが人生を左右する。

つらつら思いかえすと,そう気づかずにはいられない。どこかの時点で異なる選択をしていたなら・・・ふたりには,けっしてめぐり逢えなかったことだろう。もちろん裕子にも。

 

 

 

 医学生にかぎらず,長い生涯において一浪はハンデでもなんでもない。ただし,それは入学後の道のりが順調であった場合のこと。

学生の本分を尽くした・・・などとはスズメの涙ほども言えやしない。

わたしは最終学年では不本意な留年を,医師国家試験でもミジメな浪人生活をあじわい,かなりの回り道をして医療の現場に飛びこんだ。

たしかに望ましいことではなかったが,かといって私はいささかも後悔なんぞしていない。

 

あのころ・・・学生の身分をいいことに,自身の根本にかかわる哲学的問題と真正面から向き合っていた。手掛かりが得られてからも習癖はなかなか正しがたく,授業や臨床実習の学業には思うように身が入らなかった。

この体たらくから早く抜け出さなくては・・・そう考えながらも下級生と机を並べたくはなかった。で,留年中は社会勉強と称して医学部から遠ざかりバイト三昧の日々・・・当然というか必然というか,稼いだ金は酒代へと消えていった。

再度の最終学年,3月の初めに,教授会による判定会議が行なわれて何とか卒業が決定,ようやく学生生活にピリオドを打てることになった。国家試験を一か月後にひかえ,多少の無理があっても新しい環境で再出発しようと自らを奮い立たせる。いくぶんかは苦労かけどおしの母のことも気にかかった。それで,ともかく地元にかえって働く意志をかためたのだった。

 診療科の選定には,さほど迷うことはなかった。マイナーな科には興味がわかなかったし,手術は共同作業みたいで嫌だったし,子供は大の苦手であったから。いずれの内科にいくか・・・なんら有用な情報を持たず,選んだというより行きあたったと言ったほうが妥当,また記載された一番目を避けるという根拠のない衝動にかられることもなかった。

入局を申し込んでみると,なんと卒業式の当日,時間厳守で面接に訪れるよう指示を受けた。晴れがましいところへは出たくもない・・・じつに好都合ではないか。

その日は,忘れもしない3月22日。

前夜,夜行列車で金沢へ向かった。当日の午前,刻限になるまで医局長から説明を受け,ほんのちょっぴり教授と面談,その足で帰ってくるとポストに封書が入っていた。

早急に卒業証書を教務係まで取りにくるように,と書いてあった。

 

国試が終わると慌ただしく引越しをして,まもなく内規にしたがい教室に仮入局しなければならなかった。ところが案の定,合格発表の日から無職男に成り下がってしまうとは・・・さすがに医局を後にするとき,身から出た錆とはいえ,なんともいえない物寂しさに襲われた。

失意を味わって辛抱すること一年,金沢大学医学部第一内科に晴れて入局したのは,卒業翌年の同じく皐月のこと・・・合格通知のあった次の週,念願かなって医師としての第一歩を踏み出したのだった。

ちなみに,当時はまだ医師国家試験は卒業後に実施され,合格発表は5月という日程で行われていたのである。

 

なにゆえ,そうやって一内に舞い戻ったのか?

記憶を辿っていると,なんとも不思議・・・あくる年,よその大学あるいは別の内科にいくカードもあったのだから。

実際,復帰して新入局医師たちと合流し,指導を受けていたときのこと。

オーベンでもない先輩から面と向かって「ふつう,ちがうとこへ入りなおすだろ,いまどき流行らないぜ」と嫌みったらしいことを言われた。チラッと目があう・・・見覚えのあるノッペラな顔。まちがいない,屈辱の一年前に見かけたドクターだ。このような人に本当のことを明かしたって無駄,「思いつきませんでした」って答えておいた。

そんなわけないだろ! 流行らなくて結構,オレは意地を捨てたくはない。何があっても体裁なんかで引き下がりたくはないってことだよ・・・内心そう呟いたが,理屈と膏薬はどこへでもつく。

国試に落ちてしまった日,ロッカーを片付けていると,あわてふためいて駈けつけたヤツ・・・一緒にクルズスを受けていた仲間だった。

あいつの掛けてくれた一言が,やけにハッキリと耳に残っている・・・「戻ってこいよ,待ってるから」

どう返答したのか,曖昧なのだが,こうに相違なかろう・・・「あぁ,帰ってくるさ,かならず」

タワイもないことが,意外と気づかれないまま,魂に染み込んでいたりするもの・・・場合によっては,本人の意思をも変質させうる。

4年後,あいつの名札は医局の壁から外されていた。どれほどの精神的打撃を受けたのかと疑ってしまうほど・・・心優しいヤツだった。

 

それからさらに十余年の歳月が経過したころ,大学院重点化の波が押しよせて医学部は改組されてしまったのであるが,ピンとこなくなった教室名には現在でも旧一内と併記されている。

イチナイ・・・その略称は,ウンメイの音を響かせて今なお我がココロをざわつかせる。医局人事により,はじめて派遣された出張先の病院で,わたしはタカコという女性と知り合ったのだ。

彼女ばかりではない,さまざまな出逢いが『イチナイ』の繋がりから生まれていったのであった。

 




医局員になって半年にも満たない10月,どうにか初期研修をこなして,職場が金沢大学付属病院からT病院に変わることになった。関連病院の一つに派遣されて内科研修医として勤務したからである。

私は一年目としては年長のほうの28歳になっていた。もっとも年齢なんか何の足しにもならない。相変わらずT病院でも毎日が学ばねばならない臨床の連続であって,自分の役割をはたすのが精一杯・・・それ以外のことに構っていられる状況ではなかった。

あっという間に師走をむかえる。

外来と三つの病棟が一堂に会して行なわれた内科忘年会にしても,開始早々当直医から吐血の急患だといって内科の呼び出しがあった。こんな場合に病院へかえって診療するのは下っ端の役目,私はひとりで会場のホテルを離れねばならなかった。そのうえ治療指針の本と睨めっこ・・・迷って考えて,また迷って指示を出すといった始末。

翌週の早朝カンファランス。消化器の先輩ドクターから開口一番,よくやったと褒められたのち,いろいろ不適切なところを指摘されて結果的には大いに勉強になったものだった。

現実と向き合い,交わり合い,乗り越えようと試行錯誤を繰り返しながら自己研鑽に励む・・・いかなる分野であっても能力を身につけるには,これよりほかに方法はないのである。

おもうに世の中は便利で効率的になったぶん,分かりきったことが掴みづらくなった。さらに輪をかけるがごとく,現代の新しい臨床研修制度は,誤った認識を植え付けているような気がしてならない・・・それも巧妙に。

そもそも医学の世界のみが特別であろうはずがないではないか!

どこの世界においても,失敗なくして成長はありえないと同時に,過誤が生じることは許されない。ただ人の命を預かる分野では,より厳しい戒めが求められているだけに過ぎない・・・つまり医療には,失敗が必要悪として認められるとしても,それ以上に過誤を無くするための絶え間ない努力と修正が要求されているのである。

 

 年が明けて1月半ば,1病棟4階の新年会に声をかけられて参加した。

会場となった温泉旅館の大広間には,古風な御膳が縦二列に向かい合わせで並べられていた。クジを引くと私はいちばん下座の席で,真向かい端の席にはすでにナースが座っていた。腰を下ろしつつ目の前の相手を確かめる。

となりの先輩ナースと談笑する若さいっぱいの女性・・・白衣を脱ぎすてて青春の輝きを取り戻したみたい。

だれ?・・・すぐには分からない。「こんばんは!」と挨拶され,やがて病棟で見かける顔と一致したものの,年齢はおろか名前も定かではない・・・ましてやプライベートで言葉を交わしたこともなかった。だからだろうか,この夜の彼女の印象はきわめて鮮烈だった。

日頃からいくらか感じてはいたけれど,なによりも間近で目にする美しい肌は際立っていて,これほど透き通ったきめ細かな肌の持ち主にはおよそ出会ったことがない・・・『まるで人形のようだ!』

くっきりとした眉,ほどよく大きすぎない眼に黒すぎない瞳,カールした睫毛,等々・・・ポッチャリ気味で多少起伏に乏しい目鼻立ちがやや難点に思われたが,かえって白い肌を引き立てているようだった。

「いくつ?」

ボソッと問いかけたオレ・・・けっこう硬くなっていたのだ。

「え?・・・わたし,ですか?」

「そう」

「いやだぁ,先生・・・トシ訊くなんて」

「あらぁ,かくすことないじゃない,若いんだから」と,左斜め前からビールをついでくれたオバさん看護婦。「去年から,うちで働いているフレッシュナースよ」

「新米ナースの × × × タカコって言います。22歳で~す。よろしくお願いします」

 どうりで・・・彼女の仕事ぶりには,なんとはなしにギコチなさをおぼえる部分があった。まあ,お互いさまなんだろうけど。

そんな嵩子と顔を突き合わせて時間を過ごすのは,未熟な駆け出し同士の気安さも手伝ってか,いつになく楽しくてしょうがなかった。おまけに彼女が微笑むたびに両頬には可愛らしいエクボができる・・・まじまじと見入ってしまいそうになるのを制御せねばならないくらいステキだった。

ほかに印象に残っていることといえば,各自が千円以内のものを持ち寄って行なわれたプレゼント交換。

持参したマグカップはどのように購入したのだろうか?

幹事が暇のなかった私の分まで用意してくれたような気もするし,強引に連れて行かれて買ったような・・・? いずれにしても,そいつは知らないうちに彼女の手に渡っていた。

私の摘まんだ小袋に入っていたもの・・・引越しのさい陶器製のために割れてしまった,あの和式便器型のカワイイ灰皿だったっけ。便器には火のもみ消しにピッタリのウンチがとぐろを巻いていた。

かえりに旅館の廊下で中堅ナースに呼び止められて「さっきのアレ,面白いでしょ,ちょっとは使ってみてね」・・・うしろで嵩子がくすくす笑っていた。もしや便器灰皿は妹分の彼女が提案したのかも?

 

 嵩子とは親しくなり,病棟でも会話する機会は格段に増えていったが,これといった進展もないまま3月をむかえる。

T病院への出張は年度末までと決まっていたので,当然のごとく症例に関連づけて最終課題を言い渡された。『ABO式血液型の亜型について』・・・滅多にみかけないA型亜型の患者を受け持っていたのである。

慣れない文献検索と要領のわるさのせいで睡眠不足の日がつづいた。やっと最後となる週にケースカンファランスで報告したら,今度は院内広報誌に載せるから辞めるまえに原稿を提出せよとのこと・・・まいったね。

むろん,ハイと返事する。拒むことなどできるわけがない。こうなったら明日までに仕上げてしまおうか・・・なにを差し置いてもデューティの苦痛から一刻も早く逃れてしまいたかった。

翌日,朝イチで持っていくと,部長はざっと目を通して宣わく・・・よし,これでいいだろ,来週から次の病院へ行ってもいいぞ。

やり遂げた充実感があってスッキリはしたけれど,疲労困憊して元気のなかったこのオレを,まさか天が労ってくれたのだろうか・・・異動間際になっておもわぬ出来事が待っていたのだ。

 

 くたびれていた日の午後,1病棟4階から2病棟5階へ,ゆっくり渡り廊下を抜けようとしていた。新病棟と旧病棟をつなぐ連絡通路は相当に傾斜していたので,一歩ずつ踏みしめるように。すると背後より,おさえた叫び声が聞こえてくる・・・「せんせい~!」

振り向けば,嵩子が1病棟のほうから駈けてくるではないか。

「先生,お願いがあります」

あわてた様子で彼女は早口だった・・・バイタル測定かなんかを中途にしてやってきたに違いない。

「なにかな?」

「やめる前に,わたしとデートしてください!」

 一瞬,告げられた内容が呑み込めない。意味が分かってからも,にわかには起きている状況が信じられなかった。気になる女の子から直接に誘われるなんて思ってもみないこと。いきなり先制パンチを喰らって判断力が働かなくなったみたい。それでいて嬉しさはじわじわと込み上げてくる。

「ダメでしょうか?」

「ぜんぜん,かまわないよ」

フレーズが口から勝手に出てきた。「いつにしようか?」

『やったね』

とでも言うように彼女はニッコリ笑って「わたしは,いつでもOKです,なんとかしますから」

考えるまでもない。週末には引越さねばならないのだ。

「今週の金曜日は,どうかな?・・・もちろん仕事が終わってからだけど」

「だいじょうぶです。29日の金曜ですね」

 嵩子は真顔になって「先生,ゼッタイですよ! 約束しましたからね!」と釘を刺し,ちょこんと一礼・・・そして軽やかに踵をかえし,小走りに廊下を通り抜けていった。

『デートか・・・悪くないな』

うしろ姿を見送ってからもその場でしばし佇んでいた。

夢心地になって疲れはどこへやら,ニヤニヤして2病棟へ向かったのは紛うかたなき事実・・・とはいっても正直なところ,女性と交際する意思など私にはすこしもなかったとおもうのだ。

これまでも,まともな付きあいを避けながら男の欲望を満たしてきた。その時分には医師になるまえに知り合った飲み屋のママと,いまだ縁を切らずに会っていたのである。

 

 T病院を辞める直前の金曜日。

 待ち合わせの日は朝から落ち着かない。そのうち,はたと気がついた。時刻とか場所とか細かいことをナニひとつ相談していないではないか・・・どうとでもなるなんぞと,ちと浮かれすぎ楽観しすぎだった。だいたい嵩子は,きょう勤務しているのか? それすらもはっきりしない。

 午前中は胃腸科にまわり,5名の患者に納めの胃カメラをおこなった。T病院では毎週金曜日に内視鏡の修行をしていた。そのお礼の挨拶をして1病棟の階段を4階まで駈けあがる。

 ナースステーション内はガランとしていた。頭のなかは彼女との約束のことでいっぱい・・・カルテを調べる振りをして白衣がちらつくたびに記録用紙をめくっては垣間見ていた。が,確認できたのは色白ではない顔の二人のみ。

待てよ,大半のナースは昼休みに入っているんだ・・・ってことは,こんなの,単なる骨折り損じゃないか。肩をおとして私は研究室に向かわざるをえなかった。

 午後になって3つの内科病棟を上のほう・・・2病棟6階から順番にまわった。渡り廊下にさしかかると胸騒ぎを覚えてならない。嵩子がいたとして,ひそひそ話なんかできるものだろうか?

1病棟4階を回診し,指示を出しては目を凝らしたが,もう一つの懸念のほうが的中していそうな気配・・・ようやく彼女が働いていないと確信したときには,もはや日勤の時間帯は終わろうとしていた。

くそっ,いったいどうやって連絡をとればいいのだ?・・・解決策を見出だすことができない。その時代には携帯電話もなかったので,なんにしても成り行きに任せるしかなかった。

 連絡を待つなら下手に動かないほうが得策だろうと判断,夜勤に入って昼勤務の人たちが見えなくなってからも,はたしてこれでいいのか大いに不安を抱きつつ,ステーションで次期主治医への申し送りをカルテに記載していた。そこへ,彼女より一つ年上の2年目ナースが私服姿でやってきた。

あの子は日勤をしていたはず・・・着替えているってことは,忘れ物でもしたのだろうか?

 ところが,長身で大柄なその子は私に近づき,こう声をかけてきたのだ。

「先生・・・すみませんが,写真を撮らせてください」

「いま?」

おもわず問いかえす。よくみると,相手は左手にカメラを携えていた。

「はい,今すぐお願いします。ここでは撮りづらいので,できれば1階,検査部のあたりで・・・」

 準夜ナースが忙しそうに行ったり来たりしていて,病棟はどことなく平静ではなかった。ここでの撮影はやめておいたほうが無難のよう・・・やむなく2年目ナースについていくことにした。

とりあえずエレベーターで降りてみると,検査部前の小ロビーはシーンと静まりかえり,こっそり写すにはこの上ない格好のスポットに様変わり・・・そこには大人の背丈くらいまで育ったあまりパッとしない観葉植物と,人ひとりが横になれる安っぽい長椅子が並んで置かれていた。

「そのソファーに座ってもらえますか」

 指示されたとおりボロ椅子の中央に,半ばヤケ気味にドーンと腰をおろす。嵩子が4階に顔を見せていたら・・・心のなかでは気が気じゃなかった。

じきに,シャッターの独特な音があたりの静けさを破った・・・オレを責めるかのごとく,バカタレ,バカタレ,バカタレと。

『いかん,戻らなくては・・・』

飛び跳ねるように立ち上がると同時に,その子はそばに寄ってきた。

「いろいろありがとうございました。わたしはあす休みなので,先生とはこれでお別れです。こんど行かれる病院でも頑張ってください」

 そう告げて大柄な子は笑顔をこしらえる。すると,嵩子よりも深くて大きなエクボ・・・スズランのような愛らしい花を左右に咲かせた。

「城島くんも,元気でな」

「それと,これ・・・タカちゃんからの伝言です」

「・・・ありがと」

 あっけに取られている暇はなかった。その子も時間にせかされていたのか,折りたたんだレポート用紙を手渡すなり会釈をして立ち去っていった。ひょっとしたら・・・帰るときに嵩子と出会ってキューピッド役を引き受けたってことかもしれない。

思い起こせば・・・世話好きの2年目ナースは断るということを知らなかった。愛情に満ち満ちていたあの子・・・索漠とした現代をどんなふうに生きているのだろうか?


その場でメッセージを読んだ。

 

職員駐車場側の出入り口で待っています。遅くなってもかまいません。

ずっと待っていますから,仕事が終わったら来てください。  嵩子

 

 大急ぎで階段を一気に駈けのぼり,そそくさと作業を切りあげた。

 

 外はすでに真っ暗。指定された通用口には人影はなかった。周囲を見回していると,やや離れた自転車置き場の暗がりから密かに呼びかける声がした。

「せんせい,こっちです」

そろり駐輪場のほうへ歩きだす。瞳を凝らすと嵩子がうっすらと見えた。

「・・・だいぶ待ったかな?」

「たいしたことはありません,だいじょうぶです」

「まず,車で出かけようか?」

「はい」

「どこへ行きたい?」

「どこでも・・・先生に,お任せします」

 T病院では医師個人ごとに専用の屋根付き駐車場があった。私の車は中古の旧型セリカクーペだったが,隣には外科ドクターのソアラ最新モデルが停まっていた。どれだけ割り切ろうとしても羨ましさが消えていかない。

「ソアラはいいね」

「先生のセリカは味わいがあって,わたしは好きです」

「ムリしなくてもいいよ」

「そんなのじゃありませんから!」・・・お世辞じゃないってことか?

「ゴメン,わるかった」

 

 近場では面白くないし気分も乗らない・・・遠かろうが海辺の道路をドライブしようと思いたった。しかしながら,イマイチのコースだった。目当てのパーキングまでスピードを出しても優に50分はかかったうえ,闇に呑みこまれて海原は見えないも同然・・・ドジを踏んだものだ。

車の中では差し障りのない事柄について,たとえば入院患者やスタッフのことなどを,ぽつりぽつりと語り合った。会話は途切れがちだったにしろ,彼女の表情に苦痛の色は見てとれない。そこに似かよった波長を感じた・・・あるいは肌合いが合ったということなのだろう。

海岸沿いの曲がりくねった道を運転すること15分前後,急カーブを切ったそのさきに忽然とあらわれたリゾートホテル・・・このあたりにホテルは1軒のみであった。

「あのホテルに入ろうか?」

「はい」と,嵩子が笑みを浮かべたので救われる思いがした。

「腹がへったから,とにかく,なにか食べることにしよう」

レストランは1階ロビーの海側にあった。 案内されたのは,日中であれば眺めのよさそうな窓ぎわの席。テーブルは食べ終わったままの状態であったから,ほんの少し前に客が帰ったばかりとみえる。ラッキーですね,と彼女はうれしそうだった。

嵩子はパスタを,私はピラフを注文した。

気の利いた話題を提供するのがどうも不得手だった。話せそうなことはとっくに尽きてしまい,窓ガラスにうつる店内のぼやけた鏡像を眺めるよりほかなかった。くわえて・・・あんなに楽しみにしていたのが嘘のように昂ぶりは冷めつつあった。

なにを血迷っていたのだろう,これが己れなのだ・・・そう思った。

引き寄せられて大はしゃぎしたあげくのはてに,やっと気づいて本来のあるべき姿に復したみたいな・・・なんのことはない! オレが見失っていただけのこと。きょうの日は,それを把握するためにあったのではないか・・・とさえ思えてくる。そつなくトークを交わそうなんて無用,彼女にはすまないが地でいけばいいのだ。

料理がきても黙々と食べていた。たまに嵩子の顔をうかがうと,彼女は勘づいて笑顔をかえすものの,やはり黙ったまま喋らない。それが私にはちっとも不自然に感じられなかったけれど,あとで思い返してみると,どこでどのように切り出そうか嵩子は頭を悩ましていたらしい。

食事が終わってから,彼女は唐突に,真剣な面持ちで語りだした。

「せんせいは,今・・・」

イマ,なんだい?・・・彼女のほうへ向きなおる。「付きあっている人はいますか?」

 切羽詰まっていたのだろう。最初で最後のチャンスに賭けてみる,というような嵩子の強い意志が透けて見えるような気がした。

「いないよ」

「わたしじゃダメですか?」 すかさず畳みかけるように攻めてくる。

彼女の問いは,そのものズバリだった。呼応するように,私もストレートな返答をしてしまう。

「おれと付きあっても,結婚はできないから・・・」

 生まれついた性格や生きてきた環境と現実から,もはや女性を愛することはないと信じ込んでいた。愛することができなければ結婚は考えられない。また結婚を考えられる女性としか付きあうつもりはなかった。必然的に,いつであろうと本気で女性と付きあう気持ちにはなれなかった。

「なぜですか?」

「むかし,ひとりの女性に恋したけど,しょせん片想い・・・失恋して,すべてが終わったんだ。そのとき,おれの愛は燃え尽きてしまって,もうなんにも残っちゃいないんだよ・・・」

 これは作り話ではない,実際のことだった。よくある初恋は失恋の味というパターンといえる。初恋は成就されないほうがよい。なぜなら,失恋しなければ物事は見えてこないから。失恋して本物の愛がはじまるから・・・だから,オレの資質にこそ問題があった。

「結婚できなくてもいいんです。もっと先生のことを知りたいし,ずっと見ていたい・・・できるなら,先生と離れないで生きていきたい。ほかに願いごとなんてありません」

 今にしておもうと・・・私の言いぶんはかえって先方に望みを抱かせる結果にならぬとも限らない。というのも裏をかえせば,暗にみずから惚れてる女はいないと宣言しているようなものである。

 若いころ,あたりまえに無知だった。嵩子から交際を求められ,窓のはるか向こうに見えるイカ釣り船の光を眺めていた。

・・・愛を失ってはいても好き嫌いは無くならない。あの暗闇の明かりに吸い寄せられるがごとく,彼女の輝きに惹きつけられてしかたないが,結婚する気もないのに付きあっていいものかどうか?・・・人のこころを蔑ろにしたくない。愛につけこんだりしたくない。

されど,誘惑を退けるだけの覚悟も経験も私には不足していた。考えあぐねた末にくだした結論は,けっして男のずるさを否定できるものではなかった。

「結婚できなくてもいいのなら,付きあってみようか」

「ホントに? 夢じゃないですよね?」

 右頬をぎゅっと抓って「やっぱり夢じゃないです!」 嵩子はそう叫んで顔を綻ばせた。

 

 こんな形の男女の付きあいはべつに珍しくもない,ありふれたことだと己れに言いきかせていたけれど・・・だれしも未熟さから出発するものであり,成熟に試練はつきもの,かならずや相手のためにもなるはずだと言いわけしていたけれど・・・たとえ如何なる結末が待ちうけていようとも,元はといえば彼女自身が望んだことではないか! そんなオモイが心のどこかに潜んでいて,たしかにオレはすこしばかり甘えていたのだけれど・・・。

歩んでいくのちの人生において,タカコを奈落の底に突き落としイバラの道に追い込んで,わが宿命のなんたるかを思い知ることになろうなどとは,このときの私には・・・かなしいかな,マカリ間違っても想像することができなかったのだ。

 

 レストランを出て,ふたたび寡黙なドライブを1時間かけて楽しんだ。行くときとは大違い・・・かえり道の沈黙は歓喜に満たされていた。

心の奥底に沁みてくる歓びは何としたことであろうか。どう考えても一人ぼっちでは味わえないもの。独りにこだわることこそ無意味なのか?・・・真実を見極めるためにも彼女と付きあってみようと認識を新たにしたのだった。

彼女の家の付近まで送っていった。別れぎわに,ぜひ引越しの手助けをしたいってせがまれる。むろん断わる理由はなかった。

T病院のすぐそばにワンルームの宿舎を安い家賃で借り受けていた。そこに少なくとも週に4日は泊まったが,大学病院近辺のアパートも解約してはいなかった。引越しの内容は,宿舎に持ち込んだ必需品ほかモロモロを,以前から住んでいるアパートへ運ぶことであった。




いよいよ締めくくりの土曜日。

午前中は胃透視の撮影をおこない,昼まえ関係部署に挨拶をしてまわった。午後から各病棟でラストとなる指示を出し,夜7時までかかって中途にしていた申し送りを書き上げる。そのあと先輩ドクターと飲みに出かけてしまい,宿舎に帰ったときには午前3時を回っていた。

 

日曜日,午前9時。 嵩子が来てくれたというのに,不覚にも二日酔いで寝込んでいるありさまだった。正午までにキーを返さなければならない。自分に鞭打って起きあがり,ただちに彼女と引越しの準備をしはじめる。

 半年のあいだに思ったより生活用品は多くなっていた。セリカのスペースでは二往復しても運びきれなかったが,彼女が清掃を全部やってくれたので大助かり。3回目にして荷物を残らず車に詰めこんで一旦戻ってくると,ワンルームの戸口のところで嵩子が待っていた。

「終わったね」と,手を叩いて迎えてくれる。

「ありがとう。手伝いに来てくれて,すごく助かったよ」

「どういたしまして」

一息ついて,しぜんと彼女の面立ちに見とれてしまった。

「タカコは・・・人形みたいにカワイイね」

 気恥ずかしくもあったが,名前を呼んで日頃感じていたことを偽らずに言葉にしてみた。そうしたら・・・

「じゃあ,もっと近くで見せてあげるわ」

って応じたかとおもうと,不意に彼女は顔を寄せてきて,そのまま唇を私の唇に重ねてしまったのだ。

意表をついた突然のキス・・・盗んだゆえに盗まれたゆえに小休止し,互いに相手の瞳を覗きこんで心の動きを確かめあう。たちまちマグマのごとき感情が湧き上がり,矢も楯もたまらなくてなって彼女に手をまわし・・・堰を切ったように濃厚なキス。

脱帽するしかない,あまりに見事な奇襲だった。じつは随分たってから嵩子は教えてくれた・・・あの作戦はデートする前から練っていたのよって。

 

 ふたりで両手に荷物をもってアパートに入った。帰ってきたと実感するとともに,忘れていたことも思いだした。

 しばしば戻ってきてはポツネンとしていたが,たまに飲み屋のママと密会していたのだった。なるべく早めにハナシをつけなければ・・・と考えているところへ嵩子が声を弾ませる。

「先生の住んでるとこ・・・案外ときれい」

狭くるしいダイニングキッチンと六畳一間の住居をくまなく調べながら,彼女は観賞しているかのようであった。目につくのは,ダイニングにある小っちゃめの食卓と,中学のときから使っている古くさいシンプルな学習机と,大学のときに中古で買ったガラスのローテーブルのみ・・・ラジカセや医学書やその他こまごまとした物はすべて押し入れに詰め込んであったから。

「みた目はキレイでも,中味は,まるっきり違うかもな」

含みのある答えかたをしたオレ・・・嵩子のヒップラインがいかにも欲情をそそる。それは,さきほどのキスが無関係ではない。それまで踏み越えないでいた領域を一足とびに跳び越えさせて二人の距離をぐっと縮めていたのだ。

「テレビも無いんですね」

 と,感心した顔つきでゆっくりこちらを振り返ろうとしたその隙に,すっと彼女に詰めより有無をいわさず肉体を抱き寄せた。

それから男の目的に向かってまっしぐらに突き進んだのは言うまでもない。

 

このようにして私と嵩子は初めてヒトツに結ばれた。




 4月から国立金沢病院の内科に2年目研修医として派遣された。期間はT病院と同様,六か月の予定であった。

異動となった週の土曜日・・・その日は,私の29歳の誕生日。

金曜日の準夜勤務がひけてから,嵩子は夜中に車を飛ばして駈けつけてくれた。私が帰ったのは0時すぎ,彼女が着いたのは午前2時ちょっと前。風呂から上がってさほど待たないうちにチャイムが鳴った。

ドアを開けたとたん,嵩子が勢いよく抱きついてくる。

「せんせい,29さい,おめでとう!」

寝静まった深夜,小さくても張りのある声がよく響いた。1DKの安アパートでは,きっと上の階にまで美声が届いていることだろう。

「ありがとう。でも,夜更けも過ぎたみたい・・・しっ!」と人差し指を唇にあてた。

「あっ,ごめんなさい」

首をすくめ,彼女も人差し指を唇にあてて声をひそめる。「プレゼント持ってきたの・・・なにか,わかる?」

 ひらめき絡みのことはからっきしダメ・・・ヒントなしでは難しすぎるが,分からないとは言いたくない。いったい何だろう?

と,脳裏をよぎる・・・この世で,唯一無二のもの? そうだ,彼女にはそういったものを好みそうな雰囲気がある。

「タカコの愛かな?」

「ちかいけど・・・正解じゃないわ。わたし全部,ココロもカラダも,なにもかも先生にプレゼントしたいの」

 想像されるエロスが変に男心を刺激する。ホントにもらってしまうぜ,といった気持ちになってくる。

「わかった」と答えて,部屋に連れていこうと嵩子の手を引いた。そこには布団が前もって敷いてあった。

「待って,シャワーさせて」

 

 寝床のなかで15分ほど待つと,バスタオル一枚をボディに巻きつけて彼女は部屋に入ってくる・・・「おまたせ」と言って,脚の奥のほうまで見えそうな格好で天井の灯りを消してから布団の中にもぐりこんできた。

 彼女は気がつく。

「パジャマは着ないの?」

「大学生になってから着なくなった」

 じきに勘違いと気づいたとみえる。

「いつも,はだかで寝るの?」

「そうじゃない。下着を着ているか,裸のままか,どちらかだけど,今夜はたまたま支度しておいたのさ」

「へ~,なんの支度?」 わざとらしく嵩子が訊いた。

「これさ」

 もう言葉は要らない。激しく抱き合って,交わって,1時間後には眠りに落ちていった。

 

まだ週休二日制ではなかった。土曜日も半日の勤務があり,仕事が終わったのは午後4時を過ぎていた。それでも平日に比べれば,食事に出かけるには十分だった。

私のいない日中,キッチンといいトイレといい,嵩子は隅々まで掃除をしてくれた。洗濯物も干してあった。買い物にも行ったみたいで,ティッシュやトイレットペーパー,冷蔵庫にはビールも買い足してあった。

 午後6時,アパートを出ていっしょに片町へ向かう。

その日の食材をじかに見て注文,カウンターのコンロで客自らが焼き上げるという,最近ではめったに見かけなくなった?スタイルの居酒屋に入り,夕食と酒を存分に楽しんだ。週末のため少なからず待たされたが,彼女がいたので無聊にもなんなく耐えることができた。

 午後9時ごろ,若者がつどう人気のショットバーへ。

カウンターであらためて乾杯したけれど,まわりの団体客がうるさいこともあって30分足らずで会計を済ませた。

そのあと,大学を卒業して金沢に越してきてから時おり顔を出すようになった店・・・行こうか行くまいか迷っていたスナックバーへ。

「どうしたの? アオちゃん」

さっそくママに冷やかされる。独りではなかったうえ,同伴者が女性であったから。

「どうもしないさ」

まんざらイヤな心持ちでもない。要するに,行きつけの酒場へ嵩子と連れだって来たかったということか・・・偏屈者のイメージに対してそうではない見栄を張りたかったということなのか。

「青ちゃん,おはよう」と,朝ちゃんがおしぼりを持ってくる。

朝ちゃんは7年半後に自身でバーを経営することになるが,このときは未だ十代,雇われ女の子の一人だった。

前年の冬・・・さかのぼること1年3か月前,朝ちゃんはこのバーで働きだした。京都市内の出身で,仔細があって金沢に来たとのこと。かなりあとになって知ったのであるが・・・16歳のときに子供を産んで結婚,その後は相手の男とうまくいかず,別れてから親戚を頼ってこちらへ来たそうだ。

「彼女は,なに飲む?」 朝ちゃんが嵩子に訊いた。

「先生と同じでいいです」

「せんせい? 青ちゃん,先生なの? なんの先生?」

 さすがの朝ちゃんもびっくりしていた。私は自分のことを語ったことがなかったから。

「こう見えても医者ですよ」

 嵩子がピッタリの紹介をしてくれる。

「ホントに?・・・ホントに青ちゃんは医者なんだ?」

「あぁ,そうさ」

このさい得意げに言ってやる。さらに,何科?と訊ねられて・・・内科。

「ひどいよね・・・今までさんざん訊いても教えてくれなかったんだから」

朝ちゃんは少々むくれている。

「答える必要は,なかっただろ」

 この言いぐさが,また朝ちゃんの気にさわる。

「そんな問題やないやろ。だいたい青ちゃんはね,ここでは,ダンマリの変人で有名なんよ!」と,朝ちゃんは関西弁になって興奮気味に言い捨てた。「ところで,彼女・・・名前は?」

「タカコです」

「じゃ,タカちゃんやな。タカちゃんはいくつ?」

22歳」

「わたしは18。ねえ,聞いて。はじめて青ちゃんに付こうとしたとき,なんてママに教えられたとおもう?・・・あのお客さんは,喋りたくない人だから気をつけて,そう言われたんよ! でもね,よけいに燃えたわ。ゼッタイ,こいつを喋らしてやるって」

 そのようなやりとりがあったとは・・・初耳だった。なるほど,オレはこの店で・・・社会の群れつどう連中がむやみに腹立たしくて,やたらと独りになりたくなって,むりにも己れを見せつけるように飲んでいた気がする。当然,だれとも会話したくなかった。

「おれは,ふつうに喋っただろ,アサちゃんと」

 正直で物怖じせず,何者にも媚びない朝ちゃんの性格は天性のものだろう。地位や年齢なんか関係ないって言わんばかり・・・そうした稀にみる気性の持ち主から話しかけられて,放っておくことなどできやしない。

「そりゃそうや,青ちゃんはわたしのこと,気に入ってるはずやから・・・もち,タカちゃんの次にね!」

 嵩子の目を見つめ,黙って頷いたオレだった。

 

楽しい時間はみるみるうちに過ぎていく。嵩子は朝,通常どおりに出勤しなければならない。日付けを跨いだあたりから気になりだした。

午前1時をまわったころ,引き止められるのを振り切ってグッドバイする。 帰ってくるなり,昼間のために眠ろうと布団を敷いて横になった。

 左腕で彼女を抱きかかえたまま,心地よく天井を眺めていると,耳もとで優しくささやく声。

「残念だけど・・・誕生日,もう終わったね」

久しぶりに心底,終わるのが惜しいと感じる夜であった。

「終わってしまったな」

「すっごく楽しかったわ! せんせい,ありがとう」

「逆だろ・・・おれのほうこそ,祝ってくれてありがとう」

それにしても嵩子は,マジでオレを慕っているらしいと分かったが,なにゆえオレなんだろう? ここまでの関係になりながらも,ふと思った。

「おれみたいな,アホな人間を見ていたいなんて,おまえも変わってるな」

「アホな男に見ほれてしまうわたしも,たぶんアホなんだとおもう」

「そのとおりかも」

相槌をうったら,嵩子はアタマをもたげて,やけにまじめな顔。

「アホ女が付き纏っていたら,先生は,ものすごいアホにならないかな?」

 ヘンテコな質問だ・・・そんなことあるわけがない。

「おれはドアホだから,これ以上,アホになることはないよ」

「なら,安心」

声がはじけて腕枕に重みがもどった。「わたしね,こうやって先生といると,本当の自分になれる気がするの・・・あるがままのワタシ自身にね。ここへ来たときに言ったこと,覚えてる?」

「誕生日のプレゼント?」

「そう・・・わたし,先生に出逢って,はじめて自分のことがわかった気がするんだ。これまでだって,好きになった人はいるよ・・・でもね,わたしのすべてを捧げたい,って気持ちになったことは一度もなかった。いったいぜんたい自分がどういう人間で,どう生きたいのか,そういうことも全然わからなかった。なのに,先生とこうしていると,なんの抵抗もなく一生をささげて好きになりたいって思えてしまう。そしてね・・・これが,自然なワタシなんだって,ようやく気づいたの」

 ・・・嵩子の言っていることは理解できるけど,どうしてオレなんだろう? 恋慕うことにナゼはないと心得ているけど・・・それでもなぜ,愛のカケラもないオレなんだろう?

胸の内を打ち明けてくれたとき,ついさっきも何となくおぼえた些細な疑問が蟠りとなって心にのこった。しかし嵩子のことが嫌いではなかったから,ふかく突き詰めて考えることはなかった。

 

近ごろ,あのときの疑念が思い出されて仕方がない。

わたしは嵩子が好きではあったが,心から・・・本心から愛しているわけではなかった。にもかかわらず,そうであるかのように彼女をありのままに受けいれることができた。静かなれども強烈なる個性を,重荷に感じることなく,まともに受けとめることができた。

まさに,それこそが所以ではなかったか?

・・・すなわち嵩子は,そういう私の本質を愛して已まなかったのではないかと思うのだ。

 意識されることのない,理性とはまったく無縁の,単なる感性ともいいがたい,愛の源とでもいうべきスピリチュアルな領域で・・・当の本人でさえ把握しかねていた私そのものを,嵩子はものの見事に捉えきっていた。

のみならず・・・幸か不幸かめぐり逢った運命を信じ,いかに報われぬ境涯と背中合わせであろうとも,愛に命をささげるという永遠の誓いを立ててしまったのだ。

だれも愛せないし愛さないだけでなく,わたしはナニも持てないし持たないで生きようとしていた。もし・・・わたしが自らなにかを抱いて生きるような人間であれば,彼女はおよそ違った人生を歩んでいたのではないか,今の私にはそう思われてならない。

 

 その夜も欲情にかられて交わるうちに蟠りはいつの間にか消え去っていく。

 



 

休み前や深夜勤務明けの日に,泊りがけで嵩子は来るようになった。

 

 4月の下旬のこと。

夜おそく嵩子と夕食を食べようとした矢先に,それまで時々会っていた例のママから電話があった。もっと早い時期にこちらから連絡して片をつけるつもりだったのに,忙しさにかまけてのびのびになっていたのだった。

「わるいけど・・・人に会ってくる」 彼女にそう伝えた。

「女の人?」

「うん・・・タカコと出逢うまえ,たまに会っていた」

 善し悪しの判断からではなかった。思いやりにも程遠いことだった。

「ゴメンな」

謝ってはいても,つまるところが己がためと言わざるをえない・・・ウソをつくことで自己を否定したくなかった。そんな私に対する彼女の反応は意外なものであった。

「わかったわ・・・」

と,澄んだ眼差しを向ける。「その人も先生のことが好きなんだろうし,わたしが先生といるときは,その人が我慢しているんだから・・・わたしも我慢しなきゃね。ちゃんと待ってるから,会ってきて」

 そうではないんだ,嵩子が思っているような状況じゃないんだ・・・と告げて,なるべくなら誤解を招かない範囲で釈明したかったが,どうしても触れることができなかった。

弁解したくない?・・・いや,傷つきたくなかったのだ。

「これからは会わないつもりだ・・・」

かろうじて出てきた言いぶんに彼女はうなずく。 二時間ほどで帰るから,と言い残して私は出かけた。


 ママは・・・私の存在が明らかになっては困る立場にあった。短大生と高校生の姉妹の母親であり,夫とともに家族4人で暮らしていた。

飲み屋の裏手には見すぼらしいボロ小屋のような空き家があって,その前あたりの暗がりに車を停めると,ママはかつてのようにサッサとドアを開けて助手席に跳び乗った。

「どう,元気だった?」

「まあまあだよ」と答えてアクセルを踏む。

「いい医者してる?」

「さあ・・・どうかな」

「わたしは,このごろ調子わるくって・・・ときどきメマイとかあったりするの。更年期にしては早すぎない?」

「ありえるだろ。ストレスが多そうだし・・・」

「でも,アレは順調にきてるわよ」

「そんな場合もあるのさ」

タイミングを見計らってなんかいられない,単刀直入に切り出した。

「じつは・・・いま,親しく付きあってるヒトがいるから・・・ママと会うのは,きょうで最後にしたい」

 それなりに機先を制したものの,予想にたがわず重苦しい沈鬱な空気が立ちこめる。文句の一つでも返ってきたほうがましであったろう・・・まるで応答がなくて別れの口上どころではなくなった。

ずいぶんと長く感じられた無言の静けさは,私に対する抗議と非難以外の何ものでもない。どれほど責められていたのか? せいぜい5分くらい? 10分くらい? それとも15分か20分くらい? ・・・どうにも判然としない。思い出せるのは,不意にママが運転中の私に向かって,すさまじい勢いで叩きつけてきたことだ。

両方の拳で左肩めがけて力いっぱい交互になんどもなんども・・・休みなく叩かれたせいでハンドルが右方向に切れてしまい,あやうく対向車線へはみ出しそうになった。咄嗟にブレーキを踏んで急停止!

前のめりになった私はハンドルに,シートベルトをしていなかったママは半身の恰好でフロントガラスに半端なくぶつかった。

 肝を冷やしたというのに,ママは何くわぬ顔で座席に坐りなおし,キッと前を見据える・・・が,しばらくして気が緩んだようにつぶやいた。

「いつかこうなるとはわかっていたけど・・・現実になってみると,嫉妬してどうしようもないものね」

「・・・」

言葉が見つからなかった。溜め息を吐いたのち,ママはつづける。

「わたしがごねたって,あなたが変わるわけでもないし,どうしたって好きにするんだから・・・」

「ママもそのほうがいいはずだ」

「わかってる」

分別のある返答を耳にして私は胸を撫でおろし,仕切りなおそうとアクセルを踏みこんだ。

 

 大学病院で研修に励んでいた夏の日曜日,職務から解放されて昼頃まで寝過ごしたカッタルイ午後,ママが息を切らしてアパートに駈け込んできたことがあった。

「静かにして! 主人がそこまで来てるから」

・・・叫んだ本人は,抑えようとしながらも興奮してよく通る声を出していたのだが。

玄関ドアにチェーンロックをかけ,顔を見合わせたままキッチンの戸口付近で縮こまって息を殺した。語らず動かず,屋外の気配に全神経を集中させて我が家に潜むこと10分そこら・・・しびれを切らしたママが聞き取りにくいほどの小声で漏らした。

「もう大丈夫かしら?」

「どういうこと?」

さっぱり状況が見えず,とても安全だとは思えない・・・声をひそめて訊きかえした。即座にママは潜伏していることなど忘れたように喋りだす。

「きのうの夜,主人に・・・店の客と付きあっているだろ,どんなヤツか素直に白状してみろ,って問い詰められたわ。もちろん・・・お客さんと付きあうなんて考えたこともないわ,いい加減なこと言わないでよって,あくまで白を切ったけどね」

「ちょい待った!・・・ここじゃ,マズイよ」

 六畳間に移動,ウーロン茶を一杯ずつ飲んで多少は落ち着いた。エアコンをつけ,隣家の庭に接する窓をそっと閉め終えると,もはやママは黙ってはいられない。

「さっき,主人が車でどこかへ行っちゃったみたいで・・・早くあなたに知らせておこうとおもってバイクで出てきたの。大通りを曲がったところでなんとなく振り向いたら,主人の車が後ろのほうに見えてビックリよ。バレたら張り倒されて一巻の終わりでしょ・・・追いかけてこれないように小路をあちこち走り回ってきたってわけ」

「原付きは?」

小路に面した駐輪場に停めていたなら・・・私はぞっとして身震いした。

「きっと待ち伏せされたんだわ・・・なに?」

「バイクはどこ?」

「心配しないで,ドアの前まで持ってきたわよ」

 アパートは道路に対して縦型に配置されており,私の借りていた部屋は一番奥まったところ,そのうえ入り口は内側に引っ込んでいて表からは見えにくい構造になっていた。

「なら,嗅ぎつけるのは至難の業かな・・・」

 どのくらいママは隠れていたのだろう? さいわい,その場は大事に至らずに済んだけれど,家にかえると大変な痴話げんかに発展したようだ。

以後,一か月のあいだ,わざとママはこの周辺には近寄らなかった。お互いこんな尻切れとんぼで関係を終わらせたくはない・・・思惑どおりホトボリが冷めてくると,夫の隙をみてママは慎重に顔を見せるようになった。

もっともママの与り知らないところで流れがガラリと変わってしまう。

秋の気配が感じられるころ,私がT病院に出張することになったのだ。その結果,会う回数はめっきりと減り,危機を孕んだ夫婦仲も一応は平穏に向かったはずである。

そのような事情があって,双方とも,そろそろ付きあいをやめる潮時を探り合っていたと言ってもいいだろう。

 

「なにしてるヒト?」

「ナース・・・」

「年は?」

22歳・・・」

 答えた次の瞬間,左胸を思いっきり叩きつけられる,ただ一発だけ・・・そのあと力なく肩を落としてママはつぶやいた。

「かなわないわね・・・」

なにひとつ言えなかった。ママにしたって,あとは無言だった。

長々しい沈黙はシンケイを研ぎ澄ませる・・・相当にスピードを出して走らせても気持ちを散らすことができない。うっかり卯辰山の道に入ってしまい,カーブを切るたびにカラダが大きく揺れうごく。それでもママは,かたくなに目線を前方に向けたきり,私のほうを見ようともしなかった。

 

ママが重い口をひらいたのは,待ち合わせの場所に舞いもどったとき。

「あなたとの想い出は,わたしの一生の宝物・・・元気でいてよね」

 宝物云々のハナシは以前から聞かされていた。私が本気ではないことをママはとっくに見定めていたから,いつかは来るであろう別れの日をつねづね意識していたに違いない。それが出し抜けにおとずれたのだ。にわかに戸惑いを隠せないのは無理もないこと。

しかし,ついにママは覚悟を決めたようだ。

「ありがとう・・・ママも頑張れよ」

 そう伝えるやいなや,ママはいきなり私の胸に抱きついて・・・顔を埋め,じっとしている。

・・・あのミジメな浪人時代,無職男を陰で支えてくれたのは誰あろう,ママだった。手作り弁当に,ストレス抑制に,男のガス抜きに・・・瞼を閉じると,時が立ち止まる。

ママの店へ通った日のことが思い浮かんだ。

 

 とある夜・・・気まぐれに,街はずれの赤提灯兼メシ屋といった雰囲気の飲み屋に入った。

L型のカウンターに,右手には長めの食卓テーブルが二組。

しずかにカウンターの端っこで酒を嗜んでいると,常連客と騒いでいたママが思いがけず私の前にやってきて,なにか歌って・・・と言う。私は,ママが歌ったら・・・そう答えた。客とのやりとりが嫌でも耳に入っていたから,おそらくカラオケが苦手なんだろうと思ったのだ。

ほんのしばらくママが考えているあいだに視線を交わす・・・円熟した色合いの目の玉には反抗的な輝きを残しているような? 引き下がるだろうと安心しきって相手を観察していたら,見ず知らずの男になにか感じるものがあったのか,ママはニコリとほほえむや手際よく準備をととのえて,あっさり馴染みのない演歌を熱唱してしまったではないか!

ところどころ音程が外れてお世辞にも上手とはいえなかったが,心を込めて一生懸命に声を出していたのは間違いのないこと。約束を破るわけにもいかない,久々に『酒と泪と男と女』を歌った。するとママはえらく喜んでカウンターの片隅から動こうとはしなかった。

 3度目に店をおとずれたとき,他の常連客が早ばやと帰ってしまい,私ひとりになった。ママがなぜか暖簾を下ろし,閉めるから一緒に飲みにいこうと誘われる・・・軽度の知的障害者らしき女性が働いていたが,その娘も含めてみんなで片町に行こうというのだ。ママの笑顔に負けて誘いに乗ることにした。話がまとまると,ママは電話をかけて夫にこう説明した・・・お客さんと飲みに出かけるから迎えは要らないわ。

夜更けまで片町で適度に発散したあと,途中で手伝いの娘をタクシーから降ろし,ママは私のアパートで一休みしてから帰っていった。

それからだったなぁ,ママが出入りするようになったのは・・・

 

・・・思い出し笑いをするうちに,胸のうえで熟女の息吹きがよみがえり,ふたたび時が動きはじめる。

瞼を開けると,ママの顔が鼻先にあった。どちらからともなく近づいて唇と唇がそっと触れあう。その柔らかさを味わうが早いか,ママはためらうことなく突き放すように私から離れたのだ。

疾風のごとく・・・ママは車から降りて,懐かしい飲み屋のほうの暗闇の中に吸い込まれるように消えていった。

 

数か月が経って店舗の前を通り過ぎると,看板には見覚えのない文字が並んでいたのだった。

 

 

 

国立病院でも研修医として学ぶことが多く,6か月の期間はまたたく間に過ぎていった。気がつけば9月になり,いわゆる専門分野を定めなければならない。2年目の医局員は全員が教授との面接をうけ,最終的に人数の調整が行われて所属する研究室が決められていった。

向き合いたいのは生死の分かれ目・・・私は希望どおり,循環器グループの研究室に入ることになった。

 10月より医局にもどって金沢大学付属病院に勤務したが,今回からは循環器を専門とする新米医師として働いた。

 

こののち十年余りにわたって,循環器病担当の研究室に所属しながら医局人事に従って異動を繰りかえし,大学病院と幾つかの関連病院で循環器内科医として勤務したのである。

 

 

 

付きあって一年以上のあいだ,嵩子はT病院で仕事するかたわら,自宅と大学病院近辺にある私のアパートを行き来して生活していた。

私はアパートをずっと借りたままにしていた。関連病院へ派遣されても大学病院には定期的に出向かねばならず,いずれ金沢市内の病院へ再異動になることを考えると借りっぱなしが最も効率的であった。

どこの病院に勤務していようと,彼女はなるだけ私の予定に合わせてアパートにやって来て,掃除洗濯に買い物など・・・一切の家事をしてくれた。

交際二年目で嵩子は,家を出てひとりで暮らしはじめる。

彼女は両親に私のことを隠していなかったが,そのぶん制約を受けていたのだろう。もっと思いどおり自由に逢いたいと望んでいたし,適齢期になって結婚が身近な問題となってきたため,どうしても実家から離れて過ごしたかったのではないかとおもう。

 

 嵩子が気ままに暮らすようになってから,事情のゆるすかぎり,週末や連休には様々な処へドライブに出かけた。それが彼女との一番の想い出だ。

 出かけるといっても,北陸・中部から関東・関西くらいまでが大部分で,ほかに東北へ1回,中国へ1回,それと九州へ1回遠出した。

車はコロナクーペの新車に乗り換えた。マニュアル車で,2000ccツインカム16バルブエンジン。できればソアラを買いたいとおもったけど,価格を知ってあきらめた。

セリカとコロナクーペは悩み抜いた末に,ボディスタイルの好みからクーペを選択した。だが,購入して数か月間はリフトバックのセリカを買えばよかったと後悔を拭いきれない。

救いといえば嵩子がコロナを気に入ってくれたこと。未練をにじませて路上のセリカを羨望の眼差しで見ていると,彼女はいつだってこっちのほうがカッコいいと肩を持ってくれた。でも考えてみると,嵩子は私の選んだほうをいいと言うに決まっている。だから彼女はどちらでもよかったのだ。

ひどくコロナクーペを酷使したので,2年も経たないうちにマフラーを交換しなければならなかった。走行距離は概ね1年半で6万7千キロメートルにも及んだ。同時にタイミングベルトとタイヤも交換しなければ事故は避けられないと断言され,車検を待たずに多額の出費を余儀なくされた。

 

車の運転ではかなりの無茶をやった。理由はともあれ,ちょうど何かに当たらなければ腹の虫がおさまらないときのあの気分に似ていた。

 

箱根から三島へ下ったとき,どのあたりか定かではないが,国道1号で一台のヤンキーまがいの車にちょっと対抗する。

道路の彎曲する手前の直線部分で,趣味のわるい改造車に危険きわまりない追い越しを仕掛けられた。ゆずらなければどうなっていたことか。

ふかす音は一人前でもエンジンのチューニングがイマイチ,速度はおもったほどでもない。対向車が見えているのに,その程度のマシンで他人に危害を及ぼすような運転など以てのほか・・・カーブつづきの下り坂じゃ,でかいツラしてワガモノ顔に乗りまわすんじゃないぜ! とばかりにピッタリ後ろにつき煽ってやった。平地に辿りつくまでスッポンのように・・・ブレーキをかけてきたって,おとなしくぶつけさせられたりするもんか! そのうち,逃げるように曲がり去っていったっけ。

とにかく一般人をバカにするんじゃない,って心境だった。けれども言いわけに過ぎぬ・・・正当ではなかった,適切なんかではもっとなかった。本物のチンピラなら,こんな半端な形では終わらなかったことだろう。せめて二人のときはツッパリ運転をやめなければ・・・あとになって反省はしたのだ。

嵩子はというと,私の不埒な振舞いを目撃して複雑な表情を浮かべていた。承服しかねるけど,ついていってみせるわ・・・一蓮托生,なんだってつきあうってことのようだった。

 

舞鶴へいく途中,敦賀の郊外で大型トラックと意地の張り合いになる。

交差点の手前,約50メートルのところで信号が黄に変わった。あたりまえに停車すると,後続の大型ダンプカーが赤信号を無視して私の車の右側をすり抜けていったのだ。

俄然,頭に血がのぼる・・・なんて運転をするんだ! 断じて許すわけにはいかない! テキトーに左右前後を確認,自らもシグナルをネグレクト,あっという間にそいつを追い越してやった。

ところがヨロコビも束の間,せっかく抜き返したというのに,すぐ先には別の赤いシグナルが見えるではないか! どうしよう?・・・しばし躊躇するも敵対心をコントロールできない。

えぇーい!・・・祈るような気持ちで十字路を突っ切った。

・・・なんにも起こらない。

よぉし,まことにラッキー! 真横から車は突進してこなかった。 で,あのダンプ野郎は?・・・オレが怯んでいるあいだに車間をやや詰めていた。この勝負,先頭を走るほうが圧倒的に不利なのだ,心理的に。

かまわず次の赤信号も黙殺したが,しつこく追ってくる怪物もどき・・・今さら後には引けない。さらに先の信号は?

目に飛びこんできたのはシグナルが青に移行する瞬間と,前方をさえぎるナダラカな山にトンネルの作業現場? 目を凝らせば・・・道路工事の看板らしきものとT字路の標識が立っている。

『しめた!』

交差点に入る寸前までガマン,急ブレーキとギアチェンジを駆使して左折,アクセルを全開にすると・・・そこは,うまいぐあいに上り坂だった。ここで一挙に差をつけ,あとはどこでもいいから横に曲がるとかして逃げてしまうにかぎる。

『どうだ!』

力んでバックミラーをのぞくと・・・? おもわず振りかえる。まさか消え失せた? 見つけたのは,サイドミラーの中だった。

・・・うしろ向きに走りさる大型ダンプ。

T字路を右折していたのである。ホッとして全身の力が抜けていく・・・己れを取りもどした刹那,あわてて隣の嵩子を見やった。

血の気が失せて・・・なにかいけないものでも見てしまったような顔つき。

「ゴメン」と,一言あやまる。

またしても前方には十字路・・・もう渡りたくない。ぐずぐずしているうちに青から黄に変わった。やさしく車を停止させると,嵩子がつぶやいた。

「ホントに,死ぬかとおもったわ」

「ごめん・・・つい真剣になってしまった」

「でも,一人っきりのときは止めて!・・・あなたひとりで死ぬなんて,絶対にダメだからね!」

 そう言われても,性格は簡単には変えられぬ。だいいち世の中には『目には目を歯には歯を』の精神が必要なことだってあるさ・・・内心,ピントはずれの反駁を試みつつも「わかった・・・頑張ってみる」と返事した。

 直後に,ぽつりと嵩子は洩らした。

「どんなことがあっても,あなたってヒトは,納得のできないことを聞き入れようとはしないから,ときどき淋しくなる」

はっとして彼女に目を向ける・・・深い悲しみの色を滲ませて放心したようにフロントガラスの向こうを見つめる嵩子。

「青になったわ」 注意されて車を走らせる・・・しかし,今しがたの発言がどうにも引っかかる。

「そんなとこも好きだから,しょうがないね」

独り言のようにささやいて嵩子はようやく笑ったが,オレの胸中には例によって,ある疑念が頭をもたげていた。

『嵩子とともに過ごすことは,とどのつまりが・・・彼女を嘆き悲しませるだけなのではないか?』

 

その3か月後,合意したことを反古にするような出来事が起きてしまう。

名古屋で循環器学会の東海・北陸合同地方会が開かれたさい,日曜日午前の部で発表することになっていた。スライド作りで疲れが溜まっていたけれど,前日は質問に備えて珍しく夜遅くまで基礎事項を復習したのであった。

 当日,目が覚めて蒼ざめる!・・・寝坊してしまったのだ。予定の時刻まで2時間少々しかない。電車の場合,新幹線を利用しても名古屋まで実質2時間半はかかる。調べるまでもなかったが時刻表を確認・・・論外だった。あとは車以外になかった。進行が遅れることも多いから,今からでも急ごう! 即刻準備して出発したのだった。

高速道路ではヘッドライトを常時点灯させ,あらんかぎりのスピードを出して,走行車線の車をことごとく追い抜かねばならなかった。

速度超過のアラームは鳴りっぱなし,直線コースでは表示の最高時速180キロをかるく振りきった。

心臓は小刻みに拍動し,頭の中で血流がドクドクと脈打ち,腰にはおそろしい圧力と鈍い痛みさえも感じる・・・そのうえ,手足は汗ばんでジンジンしびれた。

追越し車線には絶えず邪魔するヤツが走っていたから,その都度スピードを緩めざるをえない。であるからこそ身体は持ちこたえることができた。

このとき・・・北陸自動車道の金沢西-米原間を,じつに1時間で走破したのである!

当時でも信じられない記録だった。運と無謀と昔の好条件が重なって生まれたものであり,車過剰の当世においてはまず不可能なことだろう。

米原から名神自動車道に入ると,走行する車の数が多すぎて凡タイムしか出せなかった。であっても,名古屋の会場には口述予定の5分前に到着,進行は10分間遅れていたので合計15分の余裕があった。

受付を無事に済ませ,発表はさしたる質疑もなく終了した。

さて・・・務めを果たすと,やってのけた快走に酔いしれる。いつまでたっても興奮さめやらず,帰りの高速でもつい飛ばしてしまった。

金沢にもどると,ますます誇りたい気持ちを抑えられない・・・さっそく嵩子に一部始終をあつく語ってやった。しかるに,浮かぬ顔で彼女は言葉をかえすのだ・・・「あのとき,無闇なことはしないって約束したのに」

 ダンプ野郎と張り合ったときのことだ・・・たしかに頑張ってみるとは答えたが,やらないとまでは言わなかった。時と場合によっては守れなくって当然じゃないか。

憮然として私は言い返した。

「きょうは,学会があったんだ・・・仕方ないだろ。それに,おれの生き方はオレが決める。だれの指図も受けやしない」

 

嵩子とオレ・・・ふたりの歯車が,微妙にかみ合わなくなる原因はどこにあったのだろうか。

いろんな地域をたずね回り,楽しい時間を過ごしたドライブ旅行・・・そのような最中にも私は,必ずといっていいほど一度は機嫌を損ねたのだった。

他人に対して私は寛大であったが,嵩子に対しては年数を重ねるごとに尊大になっていった。心のどこかに嵩子との関係は壊れてもかまわない,むしろ彼女のためにも壊れたほうがいいのだ,という思いがあった。だから気に食わないことがあると,エゴの殻に閉じこもって嵩子をあからさまに無視した。それでも嵩子は決してヤケなど起こさず,自身の至らなさを詫びつづけて恋人が心を開くのを辛抱づよく待っていた。

そんな嵩子を見ていると,己れがそうさせてしまったくせに,だんだん不憫に思えてくる。そして,生活していればソリが合わないことも出てくるさ,と自分の都合のいいように解釈した。嵩子が好きであったし,何にもまして居心地のいい暮らしを手ばなす気にはなれなかったのだ。

 嵩子が離れていってもかまわないと本気でおもう一方で,そのじつ彼女との生活から離れられないでいる矛盾に,しだいに私は嫌気がさしてくる。

自家撞着に悩まされることは正しく真実を掴めていない証拠であったが,自己も現実も分かっていると私は思い込んでいたから,内部では矛盾のもたらす歪みが一段と増幅し,その歪みは嵩子への攻撃となってあらわれた。

反対に嵩子はいかなる仕打ちを受けようとも,自らに試練を課すようにひたすら耐えて困難を受けいれようとした・・・ただただ私を信じて。

 

嵩子がひとり暮らしをはじめて半年が経ったころ,忘れ去ることのできない一件が起きてしまったが,やはり根底には矛盾から生じる歪みがあった。

あの夜,大学病院の仕事が終わって嵩子のアパートに来ていた。食後に,いつものチラ読みをしようとして・・・ふと気づく。

「先週のフォーカスがないようだけど,どうなってる?」

 フォーカスとは,復刊のめどが立っていない休刊中の写真週刊誌のこと。大学生のとき本屋でたまたま創刊号を見つけ,その進取的なところが気に入って以来,欠かさず購入してきた。言うまでもなく,実際に雑誌を買ってくるのはいつしか彼女の役目になっていた。

「あっ,うっかりしてた・・・ごめんなさい!」と答えた嵩子を,オレはどれほど険のある目で睨みつけたことか!

これまで欠落しないよう留意して続けてきたことが,ついに途切れてしまう無念さ! ゆるせない・・・相手が嵩子であろうとおかまいなし,ミスしたヤツを頭ごなしに怒鳴りつけた。

「創刊号からずっと買ってきたのに,いったいどうするんだ!」

「本屋に行ってくる! まだ,やってるとおもうから・・・」

言い終わらないうちに罵声を浴びせかける。

「もう遅いよ! あした,新しいのが発売されるんだ。残ってるなんてこと,あるわけないじゃないか!」

「でも見てくる・・・」

すぐさま彼女は出ていった。

 

 2週間前より嵩子はT病院の看護研究に打ち込んでいた。京都で発表しなくちゃいけないの,分からないとこ教えてくれる?・・・と言って,統計学的処理について助言を求められたりしたので,私は彼女が忙しいことを十二分に承知していた。

週刊誌にしたって,前々からどこかおかしいと違和感を覚えていたのだ。なにも持たないと定めた人間が,収集するように買ったりして・・・どういう了見なんだ?

だいたい人まかせにしておいて,文句なんぞ言えた義理ではない。近ごろの私だったら・・・転ずるチャンスだと受けとめて迷うことなく自分を捨てさり諦めたであろうに。

 

遠くの本屋まで足をのばしていたのか,嵩子は1時間をすぎても帰ってこなかった。ふつう時間がたてばいくらか冷静になれるものであろうが,とてもそのような紳士的態度ではいられない・・・あまりにも口惜しくて腹立たしくて感情を押し殺せずにいたうえ,彼女がなかなか戻らないせいでイライラが募っていく。

 疲れ果てた様子で嵩子が部屋にあらわれたとき,苛立たしさは頂点に達しようとしていた。

「ごめんなさい・・・なかったわ」 彼女は深くうなだれる。

「もういいよ」

吐き捨てるように私はつぶやいた。首を垂れたまま黙っている嵩子。わずかの間をおいて,のっぴきならない衝動におそわれる。

「別れよう!」

口をついて出たセリフは,いかように生まれてきたものなのか?・・・苛立ちが咄嗟に意識の中に飛び込んできて,元からある内なる歪みと合体したかのようであった。

嵩子の躯体がびくっとした。

一瞬のあと「ごめんなさい!」と声を震わせ,目の色をかえて私に近づき,跪いて祈るように懇願する。

「そんなこと言わないで! わたしはイヤ・・・別れたくない」

熟慮して決めたことではないが,考えなおす気などサラサラなかった。ほかに最善の策はないのだと思えてくる。

「別れるのが,一番いいのさ」

次善の策にしたってないことだろう・・・「それしか,ないんだよ」

「ごめんなさい! これからは,二度と忘れたりしないから・・・」涙を拭こうともせず,嵩子は必死にしがみついてくる。

「ゆるして! おねがい・・・」

とつぜん巻き起こった嵐のような事態に,嵩子が動揺して懸命に許しを乞えば乞うほど,なおさら別離に固執してしまう己れがいた・・・私は断固,彼女を拒否せねばならない。

「どう頼まれようが,ダメなものはダメなんだ!」

「おねがいだから・・・ゆるして」

「おれは,決めたんだよ,はっきりと・・・」

埒が明かないので,手を振りほどき,横なぐりに嵩子を突き放した。「これで終わりにしようぜ!」

 急いで立ち去ろうとしたが,なおも彼女はしつこく縋りついてくる。往生際のわるいヤツだ,こうなりゃ・・・腕ずくで嵩子を出入り口のところまで引き摺りまわす。

「あばよ,元気でな!」

 そう叫びながら,かよわい左腕の付け根あたりを力まかせに蹴とばした。彼女はウシロ向きに吹っとび,背中を腰板に激しく打ちつけ,その反動でうつ伏せにバッタリ倒れこんだ。やり過ぎたか?・・・即座には動けそうにない。

イマだ! なにも考えるな。

すばやく玄関ドアを開け,共用廊下に飛び出した。足ばやに隣の駐車場に直行,車に乗り込んでエンジンをかける。良心の呵責なんて,心残りもろとも潰しちまえばいいんだ!・・・アクセルを踏み込んで,ヘッドライトをつけた刹那だった。

フロントガラスの向こう側に,立ちはだかるように浮かび上がった人影。

泡を喰ってペダルを踏みかえる・・・そして,眼前の思いもよらない光景に茫然としてしまう。

ながい黒髪を振り乱し,通センボのつもりなんだろう,両手を左右に広げてヨロヨロと歩いてくる嵩子・・・マボロシかと目を疑ったくらい。よく見てみると,裸足のまんま小刻みに全身を震わせている・・・しかもクルマの前で仁王立ちにならんとして身体を支えるのが精一杯,大きく揺れうごき,波打っているではないか。

『よくぞ,ここまで歩いてきたものだ』

おどろいている間にも,行かせまいと五体をうねらせて・・・やっとのことで彼女が正面を見据えたとたん,わたしは金縛りにあったみたいに身が竦んで動けなくなってしまった。

なんと,嵩子の表情はまさしく,あの阿修羅像のそれなのだ!

ヘッドライトに照らし出された空間は,あたかも異次元の世界があらわれたごとくに暗闇から乖離し,その真ん中でワンピースの天衣をまとった嵩子が今まさに悶え苦しんでいる・・・そもそも彼女をそこまで追い込んだのは私なのであって,つい先ほどまで逃れようとしていたにもかかわらず,只今はそのことすら忘れて阿修羅そっくりの嵩子に全魂を奪われている・・・なんといっても死に物狂いの極致ともいうべき,言葉では到底いいあらわすことのできないその顔貌にすっかり魅せられてしまった。苦しんでいても,いや苦しんでいるからこそ,よりいっそう神々しい。極限に至った形相のまえでは,ちっぽけな分別なんか粉々に飛び散るよりほかない・・・自我なんぞ遠く及ばない崇高な無分別のオーラが放たれているように思われた。その大いなる力によって私ごときは,みごと木っ端微塵に粉砕されてしまったのだ。

 心の牙城が跡形もなく無くなったとき,風が吹きぬけて我れにかえった。もはや別離へのこだわりはなかった。

やおら車から降りて,阿修羅の人面とじかに向きあう・・・絶望の淵に追いやられても,なおも一途なオモイを捧げてやまない懊悩が色濃く滲んでいた。そんな彼女の瞳の奥には,どのように私が映っているのであろう?

恋人が目の前にあらわれて,そこに普段どおりの姿カタチを見いだしても,嵩子は容易に信じようとはしない・・・計りしれないショックを与えてしまったに違いなかった。

『どこにも行きはしないよ』

祈るように笑いかけると,ほどなく精根尽き果てたように嵩子は,差し出した手のなかに崩れおちて泣きじゃくった。

宿っていたアシュラは消えた。彼女の顔には安堵の色とともに涙がとめどなく流れていた。

 

 

 

 歪みの力を適当に外部に逃がしつつ,しばしば私は,心ならずも一気に噴出させて嵩子と過ごした。一緒に暮らしていても,夫婦関係になろうなどと考えたことは全くといえるほど私にはなかったが・・・しかし,彼女はどうであったのだろうか?

すくなくとも婚姻について,たがいの気持ちをぶつけあったことは皆無といいきれる。

初デートのことを・・・わけても,交わしあった大切な言の葉たちを,一度たりとも私は忘却のかなたに置き去りにしたことがない。おそらく嵩子も同じであるはず。

そうであるなら,あのときの会話はまるで取り決めでもしたかのように,彼女を縛ってしまうのではないか・・・私がそんなふうに考えるのもあながち誤りではあるまい。

結婚できなくてもいいと自ら了承した事実を,嵩子は日々の暮らしのなかでも忠実に受けとめようとしていた。それは一途に待ち続けていることを意味したが,こと嵩子に関しては,ほとんど例外なく私は意識的に無頓着であり続けたのだった。




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