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浅谷さんの症状は,入院して少量の酸素を吸入することで軽減した。追加の検査所見を確認しても前月と著変はなく,心エコーでも心嚢液の増加はみられない。したがって酸素吸入は,ほどなくして止めることも可能であったが,しっかり落ち着くまで継続することにした。

今回あらたに認められたのは背部痛で,手持ちの消炎鎮痛薬を服用してもほとんど効果はなく,その痛みと募る不安が呼吸困難の誘因のようであった。

背部痛は骨転移によるものと考えられ,下田先生と相談した結果,今後は疼痛コントロールにオピオイドを導入することになった。

「背中が痛むということは,どうも骨に転移しているようです。きょうからオピオイドという痛み止めを使いますよ」

 浅谷さんも自分なりに調べて予想していたらしい。

「やっぱり転移ですか。とうとう麻薬を飲まないといけないのですね・・・」

 

 入院して三日目の午後,浅谷さんの夫にムンテラした。骨転移の疑いとオピオイドの開始について説明を終えると,ご主人から問いかけられた。

「ミズは・・・心臓のまわりに溜まっている水は,どうなったんでしょう?」

「心嚢液の量は,先月の退院時とそれほど変わりはありません。それに一度ドレナージを行なうと,溜まりにくくなる場合もありますから・・・とにかく今は,痛みのコントロールのほうが大事です」

「正直なところ,家内はあと,どれくらい生きられるんでしょうか?」

 よく家族から訊かれる質問である。

「人の命のことは,医学的な病態のみで予測できるものではありませんが,強いて言うなら経験的には,あと三か月から数か月というところでしょうか」

「こんなに医学が発達しているのに,どうにかならんのですか?」

「浸潤や転移があって,手術のできない進行がんの治療に関しては,いまだに限界があるんです。治すための有効な手段がなくなった場合,あとは症状をいくらかでも和らげる治療しかありません。いわゆる対症療法で,最近では緩和医療と呼ばれています」

旦那さんは観念したようにデスクに目を落とした。

「家内には,余命のハナシはしないでください。あいつは神経質でいろんなことを気にするタチだから,数か月と聞いたら立ち直れないかもしれない」

 返事をしないで,かまわず次の話題にうつる。

「浅谷さん,このような時に聞きたくないとはおもいますが,どうしても話し合っておかないといけないことがあるんです」

「どんなことでしょう?」

「奥さんにも,いずれかならず,最期のときがおとずれます。もしかしたら急変といって,とつぜん命が危なくなることもあります。それでこの先,生命の危機的状況に陥られたときの対応を,前もって考えておきたいのです」

「はあ・・・」

「現在の病状では,入院中であっても最悪の場合,あっというまに心肺停止の状態に陥ってしまうことがあります。そのような場合,本質的に治すことのできない状況なので,心マッサージや人工呼吸などの蘇生の処置は行なわないつもりです。ガン終末期の患者さんには,本人を苦しめるだけの延命処置はしないのが原則です。それで浅谷さん,確認なんですが・・・心肺停止のときもふくめ,奥さんの命が危険になった場合でも,蘇生の処置は試みないということでよろしいでしょうか?」

「ええ,やらないでください。延命はしないでほしいと,家内も言っていますから・・・」

「では,これから先,危篤状態になられても特別な処置はしないで,静かに見守っていく方針でやっていきます」

準備してあった同意書を提示する。「これに,いま話したことがだいたい書いてありますので,サインをお願いします」

「ぼくの名前を書けばいいんですか?」

ハイと答えると,書面内容を確かめることもなく旦那さんはサインした。

「それと今後のことですが,痛みがコントロールできるようであれば,なるべく退院してご自宅で療養されたほうがいいかとおもいます。この分でいくと,おそらく家で過ごせる最後の機会となりそうなので,退院できるよう頑張ってみます」

「ありがとうございます」

「ほかに訊きたいことはありませんか?」

「・・・とくにありません。ぜひとも,よろしくお願いします」

 終末期をむかえた患者では,急変のリスクが大きくなった時点で,心肺蘇生の処置を行なわない旨の同意を得ておくことが通例となっていたのである。

 

 夕方,浅谷さんの個室をおとずれた。

「さきほど主人が帰りました。病状について説明してもらった,そう言っていましたけど・・・わたしにも教えてください」

「なにをでしょう?」

「主人は,わたしの余命について訊いたはずです。そんなハナシはしていないって言い張ってましたが,ぜったいに隠しています・・・あの人は,いつだって顔に出るんですから! 先生,ホントのことを仰ってください。わたしはあと,何か月くらい,生きられるのでしょうか?」

「それは分かりません。神のみぞ知るところです」

「ちがうんです! そういうことではなくて,大体のところを・・・先生の見立てをお訊きしたいのです。のこりの命は,どれくらいなのでしょう?」

 ・・・夫との会話が脳裏をよぎる。家内には告げないで欲しいと,はっきりと頼まれた。私は返答しなかった・・・心のどこかに引っかかるものがあったからだ。かといって,事実をありのままに告知していいものかどうか? 決めかねるも深く考える余裕はなかった。

「せんせい,わたしは知りたいのです,真実を!」

 シンジツという言の葉がオレの胸の中で弾けて広がる・・・ここで適当なことを告げて,いったい何になるというのか。

「三か月くらいかな・・・」

「さん・かげつ・・・」

「保証できるのは,三か月くらいで,そのあとは合併症のためにだんだん苦しいことも多くなるとおもいます」

「わかりました・・・」

 声が弱々しく萎んだ。目には大粒の涙が浮かんでいる。部屋のなかには重苦しい空気が立ちこめ,もはやどうにも言葉をかけることができない。マナコから零れおちた雫があつまって酸素の経鼻用カヌラを伝っていた。





その日以来,浅谷さんは元気がなくなった。それほど,のこり少ない命ということが,患者のこころに重くのしかかっていた。

どうして率直に,宣告してしまったのだろうか・・・正しくは,分からないということではなかったのか! 数字は単なる経験上の推測に過ぎないではないか。

でも,あのときは,推定余命について言及していた。三か月が誤っているわけではない・・・そうなのであるが,浅谷さんを見ていると,自分の判断が正しかったとは思えない。

人と場合によっては,知らないほうがいいこともある。分からないで押し通すべきだったか・・・。

 

 タウ・タオ・タイ

 

 悩んでも仕方がないではないか!

行きつく果ては,人智の及ぶところではない。だからこそ,大いなる道に従うのだ。わたしは私で,己れの分別によって生きるまで・・・たとえ過ちを犯したとしても,それが大いなる流れなのである。

 

 私はいつも真実に飢えている。もう嘘はたくさんだ。

世の中は,虚言と偽物だらけ・・・バーチャルなものが蔓延している。ゲームもそれらと同等・・・ゲームの中で生きられても,世の中では生きられぬ。しごく当然のこと。

それなのに本人も気づかないまま,バーチャルな世界を信じこんでいる。いや正確には,現実とバーチャルなものが複雑に絡み合って混在し,そのために精神的錯誤が生じているのだ。

同じように,昨今のめざましい進歩から誤った認識が生まれる。社会は進歩を取り込み,進歩は社会を変えていく。しかしながら,人間はいつの世も変わらない。

 医療の分野もまたしかり。先進医学が人の世を変える。これまで不可能であった領域にまで治療の光が差しこむ。いかなる疾病であってもそれなりに加療できるかのような錯覚!

じつはそこに,もう一つ裏返しの厄介な問題が隠されている。というより,表裏一体の内作用のおよぼす影響が付いてまわる。

みえない内部で,当人が錯覚だと自覚しているほどには,真には自覚されていないという誤謬がはびこっているのだ。すなわち・・・自分では分かっているつもりでも,分かっていないということ。

 この二重の精神的錯誤は,さらに現代の心の脆弱性を引き起こしている。まこと錯覚だと分かったときには,ココロは立ちあがる力を有していない。

何故なのか?・・・精神の見えざる急所を鍛えること,それを怠ってきたからにほかならない。

 

 人間は,いつの世も変わらない。

・・・命にはつねに限りがあり,病気はかならず治るとは限らない。どれだけ先進医療が発達しても,その道理は変わろうはずがない。その限りある命を生き抜くのが人間の定めである。

ガンに立ち向かう人々は,みな,限りあることを知って闘いの一歩を踏みだす・・・それでもいい! 命のあるかぎり生きようと。

言いかえれば・・・悔いの残らぬよう生き抜くには,隠れた真実を見抜く眼力と,それ相応の精神力が必要なのだ。

限りあるものを見ることのできない,自由に溺れて不自由を見失った現代人は,精神の欠陥を看破補正する術を忘れてしまった。けれども已むをえないのかもしれない・・・不便な世界へ後戻りはできないのである。

進歩や利便にかぎらず,あらゆる先進的で有意義なことには,その代償を払わなければならない。

相対というものは,現実における陰陽のバランスを例外なく保っている。

 

 死を間近にひかえた浅谷さんに,本当のことを語りたかった。死を意識している私は,嘘がなんとしてもイヤだった。そんな如何ともしがたい心情が『三か月』の背景にはあった。いまは・・・患者の事情を優先しなかったことを反省している。人それぞれであるとあらためて教えられた。だが,重大な局面では自己を偽ることはできないだろう。大いなる道を信じるばかりである。

 勤務の終わりに浅谷さんの病室をたずねる。一週間が過ぎても,肝心要のヒトは塞ぎ込んでいた。

『このまま,死んでしまいたい・・・』

 ・・・沈んだヒトは私のこころに訴える。絶望と苦しみしか残されていないのなら,いっそ早く死にたいと。

許さない! 断じて許すわけにはいかない。死を受け入れて,マツゴの瞬間まで生きること・・・それが,私を指名したあなたの試練だ。それこそがあなたに残された使命であり,あなたの望みなのだ。

タマシイの叫びをしずかに押し殺し,患者に呼びかける。

「ちょっと話してもいいですか」

「どうぞ・・・」

 か細い声であっても,まともに返事をしてくれた。訊ねたからといって,これ以上事態が悪くなることはあるまい。

「外来で・・・命よりもっと欲しいものがある,って語っていましたよね。それは,どうなったのですか?」

「・・・」

「命と引き換えにしてまでも,大切にしたいものではなかったのですか?」

浅谷さんは無言だった。

「余計なことを言ってしまったかな・・・また,あした来ます」

 沈黙の人に対応しようとしても一筋縄ではいかない。中途でも,引き揚げるのが賢明だ。

 

 あくる日。

「せんせい,人間って弱いものですね」

・・・浅谷さんの表情には生気が戻っている。「わたしなりに覚悟していたつもりですが,あと三か月と聞いて,こころが萎えてしまいました」

「だれだって同じですよ」

「未来に希望がもてないのに・・・どうやって過ごせばいいのか,わかりませんでした」

「いまからですね・・・」

「でも,自信はありません」

「自信のある人なんて,いませんよ」





 オピオイドを少しずつ増量し,背部痛は徐々に抑えられつつあった。多少の眠気はあるようだが,制吐薬が効いているせいか吐き気の副作用はほとんどなかったし,便秘の副作用も緩下薬でコントロール可能であった。

日中の診察のほかに,不都合が生じないかぎり,帰宅前か消灯前にも個室に出向いて浅谷さんと対話をかわすのはマンザラでもない。

 

「先生,このごろ,あまり眠くならないようになりました。くすりに慣れてきたのでしょうか?」

「そうだとおもいます」

「おかげで,すこしは本も読めるようになりました」

 ベッドテーブルにはカバーのかかった文庫本が一冊置いてあった。

「それは良かった」

「でも,先生とこうやってお話できるのが,一番うれしいこと・・・」

「・・・」

「ご面倒ばかり,おかけしていますけど・・・」

 そうかも・・・って,おもわず答えそうになった。「ぼくも,けっこう雑談を楽しんでいますよ」

「お訊きしてもよろしいでしょうか・・・」

「ええ,いいですよ」

「わたし・・・これまで生きてきて,とくに悔いの残っていることもありませんし,じゅうぶん苦労も喜びも重ねてきたって自惚れているんです。そして先生の言われるように,これからは巡り合わせに逆らわないで,生きられる分を頑張ろうとおもっています。ですが,自分でも痛いほどわかっているのに,どうしてこんなにも,割り切れない感情が湧き上がってくるのでしょうか?」

「死にたい人なんていませんから,それが当たり前じゃないですか。どんな人も,葛藤をいだいて悩みながら生きているんですよ」

第三者の目がはたらいて心情を慮ることはあっても,正直いえば私には,相手と気持ちを共有する優しさのようなものは露ほどもなかった。

「そうですよね・・・」

『いずれにしても,これからが本番・・・』と内心つぶやく。べつに個人的な意見をさし挟むつもりはない。

「なるべく余計なことは考えないで,すこしでも納得できることをやってみたいとおもいます。それから,ちゃんとお話ししておきたいのですが・・・」

ひと呼吸おいて,窓から空のほうを見上げながら「さいごを,先生に看取ってもらえるなら,わたしは安心して,しぜんに命をあきらめられるものと思っていました。でも・・・今度のことでつくづく,あきらめの悪い女だってわかりました」

『そんなに自分を責めなくても・・・誤らないと分からないし,繰り返さないと身につかない』

「それに・・・」

掛けぶとんに目を落とし,声のトーンが変わった。「すごく怖いのです。いろんな人とお別れしなければならない,そう考えるだけでとても恐ろしくて恐ろしくて・・・こんなことで,ホントにあきらめがつくのでしょうか?」

『そうじゃないんだ』

意見を述べずにはいられなかった。

「ムリに,つけなくても良いんですよ」

迷いつつも注釈をくわえる。「というか・・・つけてはダメなんです。いのちは諦めたらいいと言いましたが,生きることを諦めてはいけない・・・」

 ナニ言ってるの? といった面持ちを見せる浅谷さん。

考えるままに言葉を紡いでいくと,どうしたって矛盾が生じる。うまく言い表せるかどうか。

「その時がおとずれるまで,怖くても自分をごまかさないで,一日一日みんなと一緒に日常を生きていくことですね」

 これじゃ参考にもならない。もっと具体的なことを示すことができればと思うものの,どだい浅谷さんと私とでは人間が違いすぎる・・・どのようにアドバイスしたらいいものか?

「わたしに・・・できるでしょうか?」

「・・・」 返答に窮してしまった。

「すみません,変なことばかり訊いて・・・」

浅谷さんは笑顔をこしらえて「ふしぎなんですよね・・・先生が主治医でなければ,このような形で終わりを迎えることはなかったとおもいます」

「どうですかね・・・それは,分からないでしょう」

「いいえ,わかります。そうでなければ,看取ってほしいとは思いません」

 なるほど・・・だとしても,相手にどのような事情があったにせよ,私には関係のないこと。それゆえ違和感と戸惑いを禁じえないのだ。

「先生は,どこか摑みどころがなくて・・・医者らしいけど,医者らしくないような・・・優しくて優しくないような,そんな感じがするのです」

「なかなかイイ線いってますね。たまに優しいって言われることがあるんですが,中味はまるっきり優しくない・・・これは本人が明かしていることですから間違いようがありません」

「わたしにも,人を見る目はあります。せんせいは優しい・・・ですけど,なにかフツウとはちがうのです」

オレは・・・求めることを捨てた人間。 ただ,どういうわけなのか,自らの命を犠牲にする人を放っておくってことができないだけ。

「もう遅くなりました。こんやはこれで・・・おやすみなさい」

「・・・ありがとうございました。おやすみなさい」

 

 

 

「痛みはどうですか・・・」

「きのうから,レスキューは,まだ使っていません」

「じゃ,オピオイドの量は,今のままでいいようですね」

これからは,どんな話題でもいいから,できるだけ浅谷さんと会話を重ねていこうと考えていた。

「五日前,ひとり暮らしのおばあちゃんが,心不全で入院になりました。で,百歳のおばあちゃんなんですよ」

「百歳ですか」

「えぇ。それが,やはり百歳ですね。心不全が治っても,食事はできそうにありません」

「心臓が悪すぎて・・・ですか?」

「そうではなくて,認知症と高齢による機能低下が原因だとおもいます」

「食べられないときは,胃瘻をつくらないといけないのでしょ・・・」

「よく知っていますね」

「わたしのおばさんが,流動食で生きていましたから」

「そうですか。でも,最近では昔ほど胃瘻を造らないんです。医療政策が変わって,人気が下がってしまいました」

「どういうことでしょうか?」

「総合病院のような急性期病院では,患者さんが希望されても医学的理由がなければ,長期にわたって入院できない仕組みになっています。目標が達せられて病態が落ち着いてくれば早々に退院しなければなりません」

「そうなんですよね・・・」

「もし自宅に戻れない場合には,施設へ入ってもらうか慢性期病院へ移ってもらうかになるのですが,近ごろ慢性期病院にお願いしても,胃瘻の患者さんを引き取ってもらえなくなりました。その代わりと言ってはなんですが,栄養をすべて点滴でまかなう完全静脈栄養,これまでの呼び方では高カロリー輸液という,特別な点滴治療がたいへん人気で流行っています」

「・・・」

ここまで語ってくると,相手の反応には無頓着になりつつあった。もうすこし深いところまで説明しないと気がすまない。

「じつは国の施策によって医療の提供体制が定期的に変更され,それにともなって診療報酬つまり治療代も改定されていくのです。それで最近では,報酬の低い胃瘻の患者さんよりも,施策に合致して報酬の高い完全静脈栄養の患者さんのほうが,圧倒的に慢性期病院へ転院しやすくなりました」

「もうかる治療が選ばれているのですね」

「というより,医学のみでは病院経営は成り立っていかないですからね。それに点滴の栄養のほうが適している場合もけっこう多いのです。胃瘻からの流動食には限界や問題点があって,なかには実施できない場合もあります。そういうことで食べられなくなった人には最後の手段として,完全静脈栄養が行なわれることになります。浅谷さんは点滴の栄養を,どうおもいますか?」

「えっ・・・どうって?」

「行なったほうが良いのでしょうか?」

「いいことなのでしょう?」

「この頃では,年をとって永続的に食べられなくなったら,人間として寿命がきたのではないか,と考える人が多くなりました・・・それが大自然の摂理ですから。寿命がきたのであれば治療は要らない,そっと見送ってあげたほうが道理に適っているとも言えるでしょう」

「寿命ですか・・・」

「身体の衰弱によって,いわゆる老衰ですね,自然のまま安らかに最期を迎えることを,自然死と呼んでいます」

「しぜんし・・・」

「ところが日本の病院では,そうした自然死を切望している人が入院になったとしても,なにもしないで様子をみることは慣習的にも制度的にも許されていない・・・極端なハナシ,殺人につながりかねないですからね」

「生命の操作ですね」

「そのとおりです。 安楽死や尊厳死が認められないのと同様,病院では不作為の責任という問題が絡んで,点滴の一本でも行なわないといけないのが現状なんです」

「点滴してもらって当たり前のようにおもえますけど・・・」

「病院は治療するところなので,点滴の処置は当然といえば当然かもしれませんね。それならば病院以外のところで,しっかり自然死の看取りをおこなう必要があるとおもいます」

「どこなら・・・シゼンシは受け入れてもらえるのでしょうか?」

「たとえば往診とかの,在宅医療であれば前々から可能なんですが,いくつか別の課題が立ちはだかってくるのです。とくに,今どきの家族がはたして寝たきりの高齢者を世話できるのかどうか・・・おおいに疑問がのこります」

「わたしの場合はどうなるのでしょうか?」

「どうなるとは?」

「食べられなくなったら,どのような治療を受けるのでしょう?」

「もちろん点滴をしますよ」

「さきほどの完全・・・ナンとかをするのですか?」

「たぶん通常の点滴をおこなうとおもいます。浅谷さんには,完全静脈栄養を選択するメリットはないでしょう」

「そうなんですか・・・」

 いささか不満そうに顔つきが硬くなる。食べられなくなったときには,おそらく・・・かなり進行して身体も弱っているだろうから,苦痛の時間を長引かせる治療は不要であろうし,カロリーの高い栄養はかえって感染症などを誘発するだけであろう。

「・・・消灯の時間ですね,ゆっくり休んでください」

浅谷さんは覚悟を決めたはずであるから,踏みこんで話しても大丈夫とおもう一方で,不用意な発言は慎まなければいけない。真実というものは,受けとめるのに時間がかかることが多い・・・きょうはここまで。

 

 

 

「あの心不全のおばあちゃん,家族はそんなに望んでいなかったのですが,転院に向けて完全静脈栄養をはじめることになりました」

「その点滴,先生は反対でしたよね」

「そういうわけではありませんが,たしかに寿命を延ばすばかりの医療には不満を抱いています。でも,現在の医療情勢のなかでは仕方のない選択肢だと考えています。おばあちゃんの場合,子供さんは高齢のうえ遠方に住んでいて介護はできないし,また自然死を引き受けてくれるところもありません。それで意に反することであっても家族は聞き入れようというわけです。ぼくは,医療も生きるための手段だとおもっています」

「つぎの病院へ移るため・・・でしょうか」

「そうですね,露骨にいえば,転院して入院治療をつづけるために・・・」

「なんだか哀しいです。本人の意思とは関係なく,家族から見放されたみたいに決められていくなんて・・・」

「ですが,老齢の人たち特に認知症の人たちを診ていると,その人にとって究極のスガタがあらわれているのでは,って思うことがあります。理不尽きわまりないことであってもあるがままに受け入れたり,太刀打ちできないときであってもめちゃくちゃに抵抗したり・・・どうでしょう」

「とうてい,わたしには耐えられそうにありませんわ。ただ・・・点滴はして欲しいとおもいます」

いかんな・・・浅谷さんは自らを重ねているようだ。

「ややこしくなってきたので,このハナシは止めにしましょう。春ごろ,ぼくの外来に,糖尿病の人がやって来ました。どうやら友人に聞いて受診したようなんです」

「心臓の発作ですか・・・」

「まったく違いました。その人が訴えるには,どこの医療機関を受診しても糖尿病の先生は,一日3回の飲み薬やインスリンの注射を勧めるばかりで,ぜんぜん希望を聞いてくれない。死んでも注射はイヤだし,長距離トラックの運転手をしているから,食事は規則的にとれないし間食しないとやってられない。なによりも一日1回の飲み薬を出してほしい。良い結果が得られなくても文句は言わない,自分はそれを飲んでみたいのだって懇願するんです」

「それで,どうされたのですか?」

「一日1回タイプの薬を処方しました。ぼくは,生き方を大事にしたいし,生き様にこだわりたい。なかでも最優先に考えているのは生活すること・・・学会のガイドラインに従うこと以上に,当人の生活事情を重視したいんです」

「患者さんに,推奨されている治療を勧めること,説得することは重要ではないでしょうか?」

「心配無用ですよ,ほとんどのドクターは標準的治療を行なっていますから。その医療に不満をもつ人だけがボクのところを受診する。言葉を交わしているうちに,背後から聞こえてくるんです・・・文句を言ったりしないから,まず自分がいいとおもう治療を受けてみたいんだって」

「その人の判断がおかしくても,ですか?」

「おかしい程度によりますけど・・・ケースバイケースですかね」

「注射はどうなんでしょ」

「理由はさておいて,注射がイヤというのは一種の信条のようなもの。それを変えられるのは,理屈ではなくてやっぱり事実でしょう。実際に内服でやってみてムリだと分かったら,注射に納得できる人がいるかもしれません」

「それなら,わたしもわかります」

「ぼくの外来には・・・一部分ですが,いっぷう変わった人たちが受診しているような気がします」

「わたしも,そのなかの一人ですね」

「正解です」

 

 医療は,人の命を助けるためにある。結果として寿命が延びていく。最新の研究成果を踏まえて,エビデンスに基づいた診療ガイドラインが作られる。いわば,標準医療は社会の要請だ。

ところが,医療の現場ではさまざまな難題が生じてきて,ガイドラインどおりには治療を行ないがたい。医師はしょうがないとタメ息をつく。その諦めのウラには,指針に従って治さなければ・・・という意志がある。

その時代に即した妥当な医療として,ガイドラインに誤りはないだろう。しかし,大前提が見落とされているのではないか・・・それを欲する者には正しいであろうが,欲しない者には正しいとはいえないのである。少しでも長く生きたいとおもう人にしか通じないということ。

 寿命が延びるといっても,人生の中味まで保証してくれるわけではない。ゆえに,その人自身の身の上と置かれている環境が,将来の望みに微妙な影を落としている。

長生きしたいにしても,多くの人は寝たきりにならないことを願っている。なかには,苦しむ前にポックリあの世へ逝きたい,といった虫のいい願望をいだく人もいる。他方で少数ではあるが,さほど長寿を望まない人あるいは望めない境遇の人がいる。そんな人たちには医療は要らないようなものだが,現実を生きるためにはどうあっても必要だ。

医師がガイドラインの呪術から抜け出すことは,思いのほか難しい。

ちょうど診療のロジックから離れられないのと似ている。縛られないためには,本当の意味で人間を知らなければならない。

 

私が医療に求めるものは寿命ではない。 人生への寄与である。





 別の日の夕方,病室に顔を出すと,子供を連れて娘さんが来ていた。浅谷さんは以前と変わらず,孫娘が愛おしくてしかたがない様子であった。

「孫はかわいいですよ。先生は,まだですか?」

 言ってなかったかな? それとも覚えていないのか・・・。

「浅谷さん,ぼくは結婚もしていないし,子供もいませんよ。孫は,ありえないハナシです」

 すると,娘さんが驚いたふうに口を挟んだ。

「オウミ先生は,結婚されてないんですか?」

「そうです」

「失礼ですけど,バツイチだったりして・・・」

「残念ながら,離婚もしていません」

「とてもチョンガーには見えないですね」

「・・・」

「もしかして,女ぎらいだとか?」

娘さんも不躾なことをよく平気で言うもんだ。

「ふつうに女性が好きですよ。でも,結婚はしないとおもいます」

 意見するような口調で浅谷さんが引き継ぐ。

「相手の人のことも考えないと・・・ちゃんとゴールインしてくださいね」

 まるで裕子のことを見透かされているかのようである。

「ぼくみたいな人間は,結婚生活には向いていないので・・・」

「それは先生の思いこみ。だれが聞いても信じませんよ」

 愛なき愛を明かすつもりなんてさらさらない。どう浅谷さんに説明したものか? なにか自分のことを語る気持ちにはなれないし,また分かってもらえるとも思えない。なによりも男女の話題を早々に切り上げることだ。それには反発しないにかぎる。

「期待にそえるよう頑張ってみます」

「先生もお若くはないでしょうし,なるだけ早く結婚されたほうがいいとおもいますよ。病気になられでもしたら,ひとりでは大変なことですから。それでは,わたしはこれで失礼しますので・・・母をよろしくお願いします」

と,娘さんは帰り支度を終えて挨拶した。

「どうも・・・」と答える。いいタイミングではないか・・・「浅谷さん,用事を思い出したので,ナースセンターに行ってきます」

しばらく私も席を外すことにした。これならうまくかわせるだろう。

 

だが・・・甘かった。5分くらいして病室に戻ったとたん,浅谷さんが唐突に話しだす。

「先生,お願いがあります・・・わたしが生きているうちに,結婚を決めて式を挙げてもらえませんか」

「それは,どだい頼まれてもムリですよ」

 いくらなんでも強引すぎる・・・恋のキュービッド役でも演じようというのか?

「でしたら,付きあっている人を,この部屋に呼んで紹介してください。ぜひ会ってみたいのです」

 参ったな・・・まさか,裕子のことを知っている? いや,それはありえない。じゃあ,たんに恋人と顔を合わせたいだけなのか? どちらにしても応じなければならぬ謂れはない。心ならずも説いてみる。

「ぼくは・・・他人に合わせてやっていくのが,ものすごく苦手なんです。どう頑張っても自分には不向きだと思い知ってから,一生涯,独身をつらぬくことに決めました」

「どうしてでしょ。先生なら,だれとでも上手にやっていけそうですわ。だいいち人間はひとりでは生きられないもの・・・そうでしょ」

「まちがいなく,ひとりでは生きられません。だから,みんなと共に生きていくために,ぼくは独りでないとダメなんです」

「へんな理屈ですこと。よくわかりませんけど,そのようなことって,ホントにあるのでしょうか?」

「なんて説明すればいいのか,精神的にひとりで存在していないと,周りとバランスがとれないっていうか・・・」

「そう仰っても,意中の女性は,いらっしゃるのでしょ!」

 まずいな,ハナシが戻ってしまった。

「一応,いないわけではありませんが・・・」

「わたしは,その人に会って,おはなしがしたいのです」

 最悪の展開になりそうだ。あきらめて然るべきなのに,この執念のような勢いは何処から出てくるものなのか?

「浅谷さんも,結構わがままですね」

「覚悟ができてから変わってきました」

 死にゆく浅谷さんに,なにか心に伝わることをしたいと思っていた。私にできることは限られている・・・これでいいのかもしれない。

「だれにも言わないでください,秘密ですよ」

「・・・はい」

 病室からケイタイで裕子に連絡をとった。忙しくて家には帰っていないような気がするが,どうだろ?・・・呼び出し音が10回くらい鳴って繋がった。

「もしもし・・・」

「はぁ~い」

「まだ病院にいる?」

「いま,着替えてるところ・・・あなたは?」

「病棟にいるんだけど,ちょっと頼みたいことがあって・・・」

「なに?」

「すぐに1病棟7階の,浅谷さんの病室まで来てくれないか。718号の個室にいるから・・・」

「なんで?」

「ヒロコに会いたいそうだ」

「どういうこと?」

「とにかく来てくれ。来れば分かるから・・・」

「・・・わかったわ,718号室ね」

「うん」

もう一度,浅谷さんに念を押す。「付きあっているのは,内緒ですからね」

 

 数分してから裕子が病室に入ってきた。

「こちらが,浅谷さん・・・」

笑みをうかべて裕子は挨拶する・・・「はじめまして」

「こんばんは・・・」と,浅谷さんの面持ちは,希望が叶ったわりには嬉しそうではなかった。すぐさま私に告げる。「できれば・・・ふたりで,お話ししたいのですが・・・」

「それじゃ,ぼくは仕事が残っているので,このまま失礼しますから・・・おやすみなさい」

 裕子と視線が合った。浅谷さんのことは時折しゃべっていたので,思ったほど違和感はないようにもみえる。あとは任せたぜ,と目配せしたものの,合点のいかない表情が返ってくる・・・『いったい何なのよ!』

こりゃ,マズったかな? まあ,いいさ・・・なるようになるさ。

病室を出ると,準夜勤務のナースが個室を回っていた。

「あら先生,どうしたんですか?」

「どうもしないよ,シ・ゴ・ト」と答えながら,中で出くわさなくてよかったとホッとする。

 

 一時間以上は経ったであろうか,我が家に帰るやいなや,裕子に謝った。

「ゴメンな・・・浅谷さんが,おまえにどうしても会いたいと言い出して,あとへ引きそうにはなかったんだ」

「いきさつは聞いたわ。べつに大丈夫よ。それより,あなたが帰ってすぐに,準夜さんが入ってきてビックリ・・・そしたら,外来のときからの知り合いと言ってくれて,それに合わせてなんとか切り抜けたわ」

「そうか・・・ところで,なにを話していたんだ?」

「特別なことって,なにもないわよ。わたしは質問に答えていただけ・・・でもね,あなたは相変わらず,女性にやさしいのね」

「浅谷さんは患者だろ」

「そうだけど,あんまり真剣になり過ぎじゃなぁい?・・・彼女は,あなたのことが好きみたいよ」

 本筋から外れていきそうなので,それ以上は訊かないことにした。

 

翌日の夜。

「先生,きのうはありがとうございました」

裕子の件だ。 「きのうは特別・・・もう,ないですから」

「わかっています」 言われなくても・・・というような声色を聞いて,返答をいささか悔いていると,「わたしも喋っていいでしょうか」・・・そりゃ,かまわないさ。

「約束してください,結婚するって」

「・・・」

「そうでないと,ヒロコさんが可哀そうすぎます」

私は肯かなかった。是認するわけにはいかないのである。

「先生は,ひとりでないとバランスがとれないと仰っていましたが,卑怯ではないでしょうか?」

「・・・そうかもしれません」

「なんだか,先生らしくない気がします」

 らしくない,か・・・うれしいような,うれしくないような,重たいコメントだ。

「はっきり言えるのは,これまで随分と悩んできた結果,現在の状況があるということです。今さら自己は変えられるものではないし・・・変えるつもりもありません」

「・・・そんなふうに生きるのは,淋しくありません?」

 孤独や生き方のことで議論はしたくない・・・さりとて,適当にお茶を濁したくはなかった。

「ぼくは,いつだって独りですが・・・同時に,いつだって一人じゃありません。なぜなら,この世のあらゆるものを自分の友だとおもっています。虫であろうが,木であろうが,雲であろうが,ここに存在するもの,すべてを友にしています」

 ポケットから小さなメモ用紙を取り出し,ボールペンで三つの漢字を書いて浅谷さんに手渡した。

 

-天地己-

 

「なんと読めばいいのでしょう?」

「ぼくの造語で,てんち・と・おの・・・って,勝手に読んでいます」

「意味は・・・」

「読んで字のごとく,天地と己れ・・・天地と対峙し,天地を友とし,天地と合する・・・そういう意味合いを込めて,てんちとおの,と言っています」

「テンチとオノ・・・」

「浅谷さんにも役立つときがあるかもしれません。元来,人間というものは孤独な存在ですから」

「なんとなくわかりますが・・・息が詰まってしまいそうですわ」

異質なものに接して戸惑っている様子だった。「せんせいも息抜きをなさったり,気晴らしをされたりすることはあるのでしょう?」

「それはありますよ」

「趣味は,お持ちになりませんの?」

「ないですね・・・趣味を持つのが,キライなんです」

「余暇を楽しむということは?」

「あんまり,ありませんね・・・」

「わたしには想像できない世界ですわ・・・それに,せんせいが潤いのある生活をしていらっしゃるとは,とても思えなくなりました」

 そういえば昔,真子と言い争ったさい,たしなめるように指摘されたことがあった。分かってはいたが,胸にこたえる一言だった・・・『あなたはナニカをして,こころの底から楽しいって感じたことはあるの? ないでしょ』

「ぼくは・・・いつでも精一杯生きていたいだけです。言われてみれば,楽しみというものは何ひとつありませんが,現実のありようをできるかぎり知りたいとおもっています。考えようによっては,真実を知ること・・・それが唯一の興味といえるのかもしれません」

 




 1022日,浅谷さんが心許なさを抱えたまま退院となった。自宅でも在宅酸素療法を行ない,外来は一週間ごとに受診する予定である。

 退院の前日,病室へ行くと・・・当人の顔色がいつもより冴えなかった。家に帰りたいのはヤマヤマであっても,うまく生活できるのかどうか不安でいっぱいなのだろうと思った。というか思うことにした。退院が決まってから,それだけではなさそうな兆候も見え隠れしていたのであるが,患者のためと信じて疑わなかった私は,さほど気にも留めていなかった。

 この夜,久方ぶりにママ・・・アサちゃんの店へ飲みに出かける。

週のはじめ,案内メールが携帯にとどいた。開店18周年を迎えるから,かならず来てね,待ってるわ! という半ば強制的な文面だった。折りしも浅谷さんの退院が決まって一息つきたい気分でもあった。

 

「いらっしゃい,アオちゃん! 元気にしてた?」

「ふつうさ。そっちは,もう大丈夫なのか?」

8月,急性虫垂炎で入院し,緊急手術を受けたとメールがきていた。むりやり5日間で退院したらしい。

「なによ,いまごろになって・・・死にそうな目にあってたっていうのに,もう・・・今回だって,メールしなきゃ来てくれないんだから!」

「ちがうよ,はじめから来ようとおもってたさ」

「また,ウソばっかし!」

 そう言うなよ・・・思い残すことがないように,時期を見計らって来るつもりだったんだ。ただ,記念日のことまでは考えに入れてなかったけど。

「変わらんメンバーだな」

 カウンターにいる4人の客は,どいつもこいつも見慣れた顔だ。いつの頃からか,この店には常連客しか来なくなった。それも変わった連中ばかり。はからずもママの性格が馴染みの客質を決めているのだろう。

「まったくよね・・・お金のない,変人しか来ないわぁ。でも,青ちゃんも,そいつらの仲間だからね」

ママは,この店の資金繰りをどうしているのだろう。片町で続けられるくらいに売上げがあるとは思えない。三人いた女の子もいつしか一人になり,今はもういなくなって・・・ママ,オンリー。ひょっとして,客の誰かとできているのか?

18周年,おめでとう!」

 その昔と同じように・・・私はブランデーの水割り,ママはビールでグラスを合わせた。

「ありがとう・・・ヒロちゃんは?」

「準夜勤務してるよ」

「じゃ,終わるころに,店に呼ぼう」

「もう若くないから,止めておくよ」

「どっちが若くないの? 青ちゃんのほう?」

「おれもヒロコも」

「ヒロちゃんはいくつ?」

41歳かな」

「まだ序の口,わたしより若いわ・・・呼ぼう!」

「そのまえに帰るかも・・・」

「なによ,たまに来て,はやく帰るなんて,ありえないわ! きょうは特別なのよ,ぜったい帰さないからね!」

・・・この主張を押しとおそうとする迫力は,今もって健在だ。さすがに参ってしまう。

「わかった。あとで考えてみるよ」

 

5人の客を相手にして,ママは器用に話題をつないでいる。私はといえば,グラスを傾けるうちに他人のハナシについていくのが億劫になった。

18年前を思いだす。

あたかもホンモノの自己に覚醒した時分に,この店が開店した。

『おれの愛なき愛に,カンパイ!』

心ひそかに乾杯したのは,つい先日のことのようにおもえる。あれから,またたくまに月日が流れてしまった。

はたして,オノレの愛を,極めることができたのであろうか?

・・・絶えまなく精神の営みはつづき,どれだけ過ちを犯そうが,どれほど反省しようが,どうしたって同じ心がここにある。変わったかどうか・・・自分の内面だけを見ていても分からない。

外面すなわち現実のわが身を省みる・・・極めるなんて滅相もない。ふたたび過つ日々の繰り返しである。

 しかし,終着点はもうすぐ・・・極めることに終わりはないだろうが,人間には終わりがあるのだ。ようやく終わりにすることができる。

・・・酔ってしまった証拠なのかもしれない。いま,あの日のように,乾杯したい気分だぜ!

『愛なき愛の終わりに,カンパイ!』

 

 すると,入り口のドアが開いて,若い女性が入ってきた。見たことのあるような顔だが・・・だれなのか? 女性のうしろから,小さな女の子が顔を出している。

「わたしの孫娘よ。かわいいでしょ!」ってママが言った。

 そうだ,若い女性は,ママの娘さんだ。いくつだろう?・・・ママは十代で子供を産んでいる。オレの10歳年下であるから・・・娘さんは二十代後半くらいということか。

 ママは孫娘にあいさつをさせた。3歳だという。かわいい盛りだ。

「青ちゃんは,子供が欲しいっておもわないの?」

「いまからじゃ遅すぎるよ」

「あら,そんなことないわよ。芸能人を見てごらんなさいよ」

「芸能人はトクベツさ」

「あら,そうかしら」

「そうじゃなくても,おれは,子供はいらない・・・」

 そう告げた直後だった・・・裕子の堕胎シーンが,フラッシュバックのように甦った。

 

半同棲生活をはじめて間もないころ,裕子は妊娠した。

知ったのは,これにサインしてくれないって同意書をみせられ,中絶手術を予約してきたから・・・と彼女に打ち明けられたとき。

裕子は,みずから決断したのだった。私に対して判断を求めずに,だれにも相談することなく。

「でも,ひとつだけ,お願いがあるの・・・できたら,いっしょにきてほしいの・・・当日,あなたに!」

 

その日,切りのいいところで早めに仕事を済ませ,彼女を乗せて産婦人科医院へと急いでいた車中でのこと。

「ヒロコ・・・おれは,きょうの一部始終を,この目で見届けたいんだ。医者だって明かしたら,できないかな?」

「いいわ,先生にお願いしてみる・・・わたしもナースだから,あなたがドクターだって話したら,なんとかなるかもね」

診療時間内ぎりぎりに到着した。彼女はあわてて診察室に消えたが,あっという間に出てきた。

「ほかに患者さんがいないから,オッケーだって。わたしも,あなたがソバにいてくれたほうが,安心できるわ」

 

 処置室に案内されたとき,術着にきがえた裕子が,すでにどっしりとした内診台・・・分娩台ではないだろう,そこに横たわっていた。

傍らに立って右手でやわらかな左手を取りあげると,彼女はギュッと握りかえし,オレの目をみて・・・『がんばるわ』ってうなずいた。留置針が右手の静脈に挿入され,血管確保ができたところで薬剤がシリンジにつめられる。

すべての準備が整った時点でナースがドクターを呼んできた。目が合って軽く会釈する。60歳前後の太った産婦人科医は,おもむろに首を小さく縦に振って開始の合図をした。

陰部を覆っていたタオルが取り除かれ,麻酔薬の静脈注射をナースが行ないはじめる・・・指示どおりに数字を読みあげていく裕子。

そのうちに声を出せなくなったかとおもうと,彼女の手の力も抜けてしまった。中年のナースが手際よく大腿を固定しなおして大きく開脚させる。ドクターがこっちへ来いと手招きした。そっと左手を台に置き,産婦人科医の後ろに移動して状況を見守った。

ナースが膣鏡で局部を露わにしているあいだに,ドクターが鉗子でポルティオを器用に摘まんで手前まで引っ張ってくる・・・ただちに重りが鉗子につけられ,そのおかげで子宮の入口は膣外に引っ張られたままなのだ。次いでブジーを用いて子宮頚管を徐々に拡張し,最後に匙のような器具を入れて内部をしつこく掻爬する。

百聞は一見にしかず・・・『ソウハ』といわれる所以はおのずと理解できたものの,裕子の子宮と胎内にやどる生命がまるで物のように扱われる様子を目の当たりにし,医師として了解できる反面,込みあげる半端ない憤りをどうにも押しとどめることができなかった。なによりも,知らぬまま眠っている彼女が不憫で,不憫でならない!

 処置が終了して,ドクターが内容物を見せてくれた。わずか妊娠3か月の胎児のありさまは無残極まりなく,とうてい語れるものではない。

 

 裕子はなかなか目覚めなかった。外来は閉められてしまうので,ストレッチャーに彼女を乗せて2階の物置きみたいな小部屋へ移ることになった。

「ごめんなさい。意識がしっかりするまで,ここで休んでください。なにかあった場合や帰るさいには,そこのボタンを押してもらえれば,かならず病棟のナースが飛んできますから心配いりませんよ」と説明を受けた。

 ストレッチャーが入ると,もはや余分なスペースはなかった。棚や床には物品がいっぱい積み重なっていたが,さいわい丸イスが置いてあったので座ることはできた。

うす暗い蛍光灯の明かりのもと,裕子は時おり表情を曇らせる。

・・・なぜ妊娠したのだろう? なぜ産もうとしなかったのだろう? なぜいっさい相談しないで決めたのだろう? 

なにゆえなのだ?

気になったというのに,藪蛇になるのが怖くて,彼女に質すことができなかった。どう考えても私にとっては,彼女が心変わりしないほうが好都合であるに違いなかった。

・・・イマとなっては真相など,どうでもいいことではないか。 詳らかにはしないで,あやふやなままにしておいたほうがいいのだ・・・裕子の顔をじいっと見つめるうちに疑問はしだいに消えていく。

不意に,彼女が身体を捩じって私の手を引いた。

「守らねば!・・・この子を,わたしが守ってやらねば!」

 うわ言だった。そこには,いまだ夢の中で闘いつづける裕子がいた。

『けっして本意ではなかったのだ!』

・・・決意したのは,まさしくオレが無関係ではなかったということか。

 

 意識がもどったとき,おもわず顔を近づけて頬擦りをした。宙を見たまま彼女がつぶやいた。

「終わったのね・・・」

しずかに溢れるものがヒトミから頬を伝っていた。「ちゃんと見届けた?」

ちいさく頷いて「ありがとう・・・」とのみ答えた。あそこで目にした一切のことを,どんなに些細なことであっても口にはしたくなかった・・・たとえ相手が裕子であっても。

 

「ママ,わるいけど・・・かえるよ」

 ヒロコを,家で待っていたい気分になった。なにか張り詰めた気持ちが顔に表れていたのだろう,意外にもママはつよく拒もうとはしなかった。

「もう帰るの? ヒロちゃんは呼ばないの?」

「ああ,呼ばない。なにかあって,今夜はおそいような気がするから・・・」

ママとも,お別れだ!・・・「久しぶりに楽しく飲んだよ」

「青ちゃんの意地悪! こんどは,いつ来てくれるの?」

「そうだな,つぎは,夢の中かも・・・」

「エッ・・・どういう意味?」

「キモチがあっても簡単には来られないってことさ」

「あかん,あかん・・・まじで来てくれないと,店つぶれちゃうからね! わかってるの?」

「分かってるさ」

はじめて出会ったとき,朝ちゃんは17歳だった・・・こんな人間も世の中にはいるんだと,その自我の強さに驚いたものだ。

 常連客にあいさつをして店を出ると,ママがいつものようにエレベーター前まで見送ってくれる。

「アサちゃん・・・」

さいごに挨拶を交わすときには,そう呼ぶことに決めていた。乱視用のメガネごしに瞳が輝いている。「いろいろありがとう,ゲンキでな!」

「青ちゃん,また来てね!」

 水商売で生きる人の処世術なのだろう・・・「きょうは,ありがとうございました」と,ママが深々と頭を下げているあいだに扉がゆっくり閉まった。

・・・いつまでもガンバレよ!

 




 1026日の昼前,浅谷さんは呼吸困難と全身倦怠感を訴えて救急センターを受診した。38.0℃の発熱と血液検査で細菌感染の所見がみとめられ,胸部X線では明らかな肺炎はなかったものの再入院してもらった。

 抗生物質の点滴で症状は改善したけれども,前回の入院に比べると精神的な落ち込みは歴然としていた。その根本的な要因は在宅療養の不安にあると思っていたのだが,どうもそうではないらしい。

浅谷さんの顔つきは暗くて厳しい・・・ふたたび死の恐怖に怯えているようだった。また疼痛コントロールも十分とはいえず,薬物療法を再検討する必要性に迫られた。

「なんでもいいですから,もうちょっと効く薬をもらえませんか」

 以前から睡眠薬を処方していたが,今回より抗うつ薬を追加し,ほかにオピオイドローテーションを行ない,あとあとのことも考えてオピオイドを貼付剤に変更することにした。

 

 切り替えた日の夜,病棟からケイタイに電話がかかってきた。

「先生,浅谷さんが変なんです。部屋回りをしていたら,床に坐っているところを見つけたので,ベッドへ誘導しようとしているんですが・・・はげしく抵抗して触らせてもくれません。どうしたらいいでしょうか?」

「よく分からんな・・・」

「いくら説明しても,首を振って嫌がるばかりなんです」

「・・・わかった。今そっちへ行くよ」

 車を飛ばし,着替えずに病室へ入った。すると,浅谷さんは床に坐ったまま眠りかけている。むろん酸素のカヌラはつけていない。

「浅谷さん,ベッドへ戻ろう」

と声をかけ,右腕に手をかけた瞬間,閉じていた目をかっと見開き,私の左手をいきなり振り払った。顔をのぞきこむと・・・眼は虚ろで,焦点が定まっていない。かつて同じ眼を見たことがあった。嵩子の異状発作のときだ。

 押さえ込んで鎮静剤を注射する方法もあったが,何もしないで様子をみることにした。このあと睡眠薬がもうすこし効いてくるはずである。

 しばらくしたら,案の定,浅谷さんは床に倒れこんで眠ってしまった。夜勤のナースと力を合わせて4人がかりで患者をベッドへはこんだ。

それぞれが各自の持ち場へともどり,私はポツンと病室に残された。連絡をとったので娘さんが来るという。

いまは安らかに眠っている浅谷さんの顔を見ていた。

・・・ついさっき目の前で繰り広げられた異常事態は,薬物の絡んだせん妄状態といえるだろう。根底には不安定な精神状況がありそうだ。

そのように考えていると,いやでも発作のときの嵩子を思い出した。

『もしや,嵩子が呼んでいるのであろうか?』

気のせいだと思おうとしても,過ぎし日の苦いできごと・・・包丁を振りまわすやら,呼吸が停止するやらの光景がつぎつぎと浮かんできて,胸が疼いてしょうがなかった。

 夏の旅行のあと,真子には逢わないと心にかたく誓った。それ以来,嵩子にも逢わないでおこうと一様に考えていた。胸の中に生きている彼女たちをそのままにしておきたい・・・しかしながら,嵩子にかんしてはずっと気がかりなことがあった。真子の中ではオレはすでに過去の人間にちがいない。だが,嵩子の中には現在でもオレが・・・生き残っているのではなかろうか? 終局をむかえるまえに,是が非でも締めくくる義務があるのではないだろうか?

『嵩子が呼んでいるなら逢ってみようか』

 と,寝顔と記憶を重ね合わせながら思案しているところへ,娘さんがあたふたと入ってきた。

「大丈夫でしょうか?」

「ちょっと前に眠られたところです」

「電話では,錯乱状態のようなオハナシでしたけど・・・」

「せん妄という意識混濁だとおもいます。末期がんの人ではときどき,とくにオピオイドを使用している人には起こったりします。たぶん,ぐっすり眠ることができれば治るでしょう」

「家では精神的にも参っている感じでした。関係あるのでしょうか?」

「もちろん関係あるとはおもいますが,オピオイドや抗うつ薬も影響しているので,明日の病状をみて薬の量を考え直してみます」

 

 翌朝,浅谷さんは通常に戻っていた。

娘さんは一晩泊まって朝はやく自宅へ帰ったそうだ。背部痛の程度や会話の様子から薬物は減量しないことにした。精神的葛藤があるうえに不眠がつづいていて,それらがせん妄を引き起こした大きな誘因のように思われた。

 午後になって検査前に病室へ出向いた。浅谷さんは待ってましたとばかりに語りだす。

「きのうの夜は,大変ご迷惑をおかけしたようで,本当に申しわけありませんでした。さきほど娘に言われてびっくり,散々注意されてしまいました。ですが,ぜんぜん覚えていなくて・・・」

「わかっています」

「呆れていらっしゃるでしょう?」

「ちっとも。オピオイドを使っていると,フツウのことですから・・・」

「狂ってしまうくらいなら,これからは先生にどんなことでも,つつみ隠さず話しておこうって思いました。そう心に決めると,いままでよりも楽になれたような気がします」

「隠していることなんて,ナンにもないでしょう?」

「かくすといいますか・・・言えなかったのです。今になって,死にたくないって,先生の前では言えませんでした」

「・・・」

「覚悟を決めていても,先生とお喋りしていると,もっと診てもらいたい気持ちが膨らんできて・・・そんなときに,ヒロコさんと会ってしまいました。付きあっていらっしゃる女性をぜひ見てみたい,そう思ってわたしがお願いしたことなのに,会ってみると羨む気持ちばかりが募りました。どうしてこのような巡り合わせなのかと妬ましくおもうだけでなく,看取ってもらえることを悦んでいたくせに,ぎゃくに看取りの形でしか出会えなかった運命を呪わないではいられませんでした」

 そういうことだったのか!

意図せずとはいえ,私は・・・浅谷さんの苦しみを軽減するどころか,スゲ替えしたうえに倍加させてしまったのだ。のみならず,知らないうちに孤独な生き方を押しつけて,見えざる負担を強いていたのではないか・・・。

『またしても過ってしまった』

・・・どうしようもない無力感に襲われる。

「看取ってもらいたいのに,死にたくない気持ちが募ってきて・・・わたしは自分がたまらなくイヤになってきました」

『あれは・・・自己嫌悪の兆候だったのか』

「意志も揺らいで,だんだん辛くなってきて,そうこうするうちに退院の日が決まりました。けれど,したくないとは口が裂けても言えませんでした。調子がわるくなれば再入院すればいい,先生のその一言が,わたしにとっては救いでした」

『?・・・スクイ,でなんかあるもんか』

「でも,こうやって話せてよかったです」

良かったか・・・たしかに,なるようにしかならないのだから,これで問題はないのかもしれない。

「せんせい! わたしは弱い人間です。やっぱり死にたくありません。死ぬのがこわくてならないのです。いったいぜんたい,このココロをどうすればいいのでしょうか?」

所詮,うまい生き方などありはしない。

『タウ・タオ・タイ』

すべて,このままでいいのだ。

オノレのかぎりを尽くせれば,それでいい。そうすれば,しだいに虚しさも消えていくことだろう。とはいっても,真髄もどきを正面きって説くつもりはない。浅谷さんに必要なものはそんなことではない。

「諦めることですね・・・とことん」

 なにかを求めて,どうこう言うのを・・・止めにしよう。私自身が行なうことである。

「良くしようとしないこと。まして,覚悟しようとしないこと。できないことはあきらめて,弱い自分をうけいれて,ありのまま正直に生きることだとおもいます」

「ありのまま・・・ですか」

「いまの自分を偽らないで生きればいいのです」

「・・・」

『そうだよ』 自らに言い聞かせる・・・己れを偽らずに生きるのみだ,それが自決の道であろうとも。

 

11月に入った。あれから,浅谷さんは思ったより落ち着いている。週明けの月曜日,夕食後の時間帯に病室へ行った。

「こんばんは」

「こんばんは・・・そろそろ,いらっしゃるような気がして,先生を待っていました」と言って,浅谷さんはテレビを消す。

「そうですか。 もう,ずいぶん寒くなりましたね」

「ホント,冬が心配です。もともと寒がりなのに,病気でよりいっそう応えそうですわ」

「病院にいるかぎり,なんとかなりますよ」

 ベッドテーブルにB5用紙くらいの厚紙が置いてあるのに気づいた。そこに貼ってあるものには見覚えが・・・私が渡した例のメモ用紙であった。

「これは先生にもらったものです。ここに置いておくと,先生を想いだせて,とってもいい感じです」

 こんな使われ方をするとは思わなかった。できれば,もっと中味を分かってほしい気持ちだ。

「テンチとオノ・・・弱いわたしには,無理みたいです」

「そうですかね。人間はひとりで生まれて,ひとりで死んでいく,って言うじゃありませんか」

「わたしには,耐えられそうにありませんわ」

「そう,耐えられないから・・・死というものは孤独に包まれているから,いつのときも天地を友にして,天地と共に耐えていけたらいい・・・そういう思いをこめて言葉を贈ったのですが,あまり意味がなかったようですね」

「いいえ,ひじょうに大きな意味があると気づきました。わたしにとって,天地は・・・センセイということです。センセイのことをおもうと,こころが楽になるのです」

率直に言い過ぎだろう。「ですから,いまのわたしを救ってくれるのは,先生から頂いたテンチとオノなのです」

そういうことなら,わかったとしよう。どのような形であろうと,役に立つのなら構わない。

だれかと一緒に仲よく在りたい・・・そんな思いを胸に人は生きている。

いってみれば,共に生きることを軸に孤独を回している。その場合,意識されているのは共にあることだ。

けれども私は,孤独を軸にして共に生きることを回している。つねに意識しているのは孤独のほうだ。

共に生きていながら孤独であること・・・どちらも,そのことに変わりはない。いかなる人間も自分自身で孤独に対処するしかないのである。

 

 



 1113日土曜日,13年ぶりに嵩子と逢う。

前日の金曜日,準夜勤務の時間帯に入って仕事が一段落したとき,K病院に就職して以来はじめて彼女の携帯電話に接続をこころみた。

現在のマンションへ引っ越してきたさいのこと。嵩子はレシートを差し出して,わたしのケイタイよ,と微笑んだ。裏には番号が書いてあった。

それにしても・・・偽れないとはいえ,快く受け取ったにしてはあまりにも薄情すぎる。その後,私から連絡を入れたことは,ただの一度だってなかったのだから・・・流れがあるなら,向こうよりコンタクトがあるだろう,そう安易に考えていた。で,最後に話したのは就職した年の大晦日・・・彼女からの電話だった。

知らない番号に嵩子が出てくれるかどうか,そもそも相手が嵩子じゃなかったら・・・おそるおそる発信ボタンを押してみた。そんな柄でもないだろ!と気持ちを奮い立たせても,ドクッドクッドクッと脈打つ心ゾウ。

「ハァイ・・・」携帯の主の声を聞いて,一気に不安は消し飛んだ。

「タカコ,おれだよ。わかるか?」

「わかるわよ,あなた・・・やっと,かけてくれたのね」

「あぁ,やっと電話したよ」

「どうしてるかな・・・って,近ごろ思ってたわ」

「おれも,気になることがあって・・・急なハナシでわるいんだけど,あした逢えないかな?」

「あした?」

「そう,おれは,あしたが都合いいんだけど・・・」

「いいわ。どこで待ってればいい?」

13年前に入った・・・あの駅前のホテルは,どうかな?」

「えぇ,いいわよ。時間は?」

「午後1時ごろ,ロビーで。 よかったら,いっしょにお昼でも食べようか」

「わかったわ」

 

 約束の時刻になる10分ほど前から,喫煙ルームで一服していた。そこへ携帯が鳴った,というかバイブが作動した・・・嵩子からである。

「もう着いてる?」

「あぁ,タバコ吸ってる」

「はやく逢いたくて電話しちゃった。どこにいるの?」

「喫煙ルーム」

「どこにある?」

「トイレの横あたり・・・」

「わかった。すぐに行くわ」

 2本目を吸い終わっても彼女は現れなかった。おそらく場所が分からないのだろう。タバコを消していると,さいど携帯がバイブする。

「どこにいる?・・・わからないわ」

 煙りのたちこめる小部屋を出ると,耳にケイタイをあてて立っている女性が目に入った。

「おれが,そっちへ行くから・・・」

「ありがとう」

そっと近づきながら「ここだよ」と携帯にささやく。すると,その人があたりを見回した・・・やはり嵩子だ。もういちど繰りかえす。「こ~こ」

振り向いた女性は,なつかしい笑みを浮かべた。

 

 30階スカイラウンジへ行く。

午前中に予約を入れたとき,窓ぎわの席は空いていないと断わられたが,御用意できましたのでと丁重に告げられ,海がみえる窓側の左端テーブルへと案内された。

ランチセットとノンアルコールビールを頼んだあと,嵩子が語りはじめる。

「隣のテーブルだったのよ,13年前・・・あなたは覚えてる?」

「そうだったかな?」

「あなたは考えてばかりだから,下らないことは頭に入らないのね」

「大目にみてくれよ,窓ぎわに座れたのはラッキーなんだから・・・」私の関心は他にあった。「タカコは,まえよりも,いちだんと若くみえるね」

 顔はふっくらして,表情も明るくて,とても48歳には見えない。

「ありがとう。あなたは・・・やっぱり,渋い!」

「ちがうだろ・・・老けてるのさ」

「あら,わたしには,全然そうは見えないわ」

 オードブルが運ばれてきて,ビールがグラスに注がれるのを待つ。ボーイが去ってから,再会を祝して乾杯した。

「元気にしてたか?」

「うん,以前より元気かも。あなたは?」

「年を重ねるって,たいへんだよ。このメガネも遠近両用さ」

「わたしもよ! 最近,老眼が入ってきてる」

「それはうれしいね。すこしでも,おれに近づいてくれ」

「いくら近づいても,年の差は変わらないわよ」

「いつまでたっても6歳ちがいか・・・なんとも悲しいね。タカコは,もう師長クラスだろ?」

「わたしは主任・・・そうね,やりたいわけでもないのに,役職が付いてまわるんだから」

「そういえば,職場は・・・勤務先は,変わってないのか?」

「あの病院のままよ・・・」

 彼女は向きなおり,あらたまった顔でたずねる。「どうして,きのう電話くれたの?」

「どうしてって・・・」

はたと言葉に詰まってしまう。嘘をつく必要はない。「おまえが,呼んでいるような気がしたんだ」

「・・・むかしは,いつも呼んでいたわよ。だけど,ぜんぜん連絡がなかったから。ケイタイ番号の・・・あのメモだって,どこかに失くしちゃったんだろうとおもって,半分あきらめてたわ」

「ケイタイは好きにはなれないけど,不便さには勝てなくて,ミレニアムの年に買ったんだ。タカコの番号はちゃんと登録しておいたさ」

「電話してくれても,おたがい,どうすることもできなかったけどね・・・」

 因縁には逆らえっこない,とでも言いたげな口調だった。

『わたしの中から,あなたを消して!・・・おねがい』

・・・唐突として,追想の中から嵩子の声が目覚めた。あのころの嵩子は生きる意味を私に求めていた。だが,いま目の前にいる嵩子はちがう。私という人間に苦しんだ面影は微塵も感じられない。

『嵩子は変わった』

もはや,私の知っている嵩子ではないのだ・・・安堵に混じる一抹の淋しさが,過ぎ去りし日の様々なシーンを想い起こさせる。

料理が運ばれてきた。

「年をとったら,魚料理がいいね・・・」

「あなたは前から海鮮が好きだったわよ」

「そうか・・・じゃ,このごろ,さらに好きになったみたいだ」

「うん,かなり美味しいわ!」

 さりげなく訊いてみる。

「タカコは結婚したのか?」

「ううん,してないわ」

「いまもひとり?」

「まえに話したヒトと,いっしょに住んでる」

「整形外科のドクターと?」

「よく覚えているのね・・・」

「当たり前だよ」

「あなたは?」

「半同棲ってとこかな・・・」

「だれと?」

「いまの病院のナースと・・・」

「へー,いくつのひと?」

41歳かな」

「変わらないわね・・・」

「どういう意味だよ」

「女性にもてるってこと」

 沈黙をはさんで料理を食べ終えた。それから皿が片づけられるのを待って,ふたたび喋りはじめる。

「タカコには,おれは,もう要らないんだろうな」

「なぜ?」

「そう感じるから・・・」

「わたしは,あなたのことを忘れたことはないわ,いつの日も・・・」

「・・・」

「あなたと逢っていなければ,今のわたしはないし,あの約束がなければ死んでいたかもしれない・・・」

「約束?」

「この場所で・・・」

『ここで?』

「わたしが逢いたくなったら,また逢ってくれるって・・・あなたは,答えてくれたわ」

 あのとき,確かに『もちろん』と返事をした。しかし私には,約束という自覚はカケラもなかった。

「あなたの言葉を・・・どんなときも信じていたわ。あなたが約束してくれたから,いざとなれば,かならず逢える・・・そう思えた。だから,逢えなくても耐えられたのよ。あのころ,あなたとの生活に疲れていたし,なによりも報われる生活が欲しかった。それで気がついたら,あの人と生活するようになっていたわ。たぶん,お互いが必要としていたのね」

「どうして結婚しないんだ?」

「あの人は離婚していないから・・・これからも,籍を抜くつもりはないみたい。わたしも結婚にこだわる気は,まったくないしね」

「まわりの人は,同棲してることを知っているのか?」

「うん,知ってる」

「それはいいことだ・・・」

「あなたこそ結婚しないの?」

「おれに,結婚はありえないさ!」

「なんにも変わってないわね」

「タカコは変わったよ」

「そうね,変わらなければ,生きていけないもの・・・」彼女は,ふっと遠くを見つめた。「出逢ったころ,あなたからアドバイスを受けたわ・・・いまでもときどき思いだすの」

「なんて?」

「年齢を・・・横にではなく,縦に比べてみることだって」

「意味不明だな・・・」

「同年齢の他人と比べないで,自分を年ごとに比べて成長しろ,ってことかしら。 記憶にないの?」

「・・・そんなこと,言ったかな?」

「まちがいないわ! はっきり覚えているもの」

 彼女のためだったのか,それとも自らのことであったのか,どちらかだと思うけれど,今だったら言わない文句だろう。

「忘れてしまうなんて,いかんね・・・とにかく,タカコがいい感じに変わってくれて,安心したよ」

 オレが死んでも,嵩子は大丈夫だ。それが変わった意味なんだ,と思った。

「あなたは,分かっていない・・・」

「ん・・・」なにを?

 デザートが運ばれてきて会話は中断した。

窓の外を見やると,上空に黒ずんだ雲があって,もう先ほどまでの海は見えない。つぶさに見ると・・・遠くのほうは靄ですっぽり覆い隠されていた。

・・・靄は内陸に向かって景色を飲み込んでいる。いずれこちらにも迫ってくる勢いだ。ポツリポツリと雨粒が窓をやさしく叩きはじめる。すると,いきなり稲妻が走り雷鳴が轟いた。

・・・みるみるうちに景色が霞んでいく。それどころか,つぎの瞬間には県庁舎ビルが消えてなくなった。かろうじて近くのビルが霞みのなかに滲んで見える。そのような変化の中にあっても,ラウンジは驚くほど静かだった。なにが起きているのか,一瞬わからない。

外は・・・大雨なのだ。

降らない処から眺めると,雨は・・・霞みに見える。くわえて風は海に向かって吹き,ために窓を打つ雨粒は案外に大したことがなかった。それらが状況を分かりにくくしていたのである。

「急に,降ってきたな」

「すごい雨だわ・・・相変わらず,大雨男ね」

「大雨はないだろ」

「だって,この雨はフツウじゃないわ」

「・・・たしかになぁ。おれは,尋常じゃないのが好きかもしれんな」

「やっとわかったの」

「そうさ。一番大事なことは,最後にならないと分からないんだ」

 人間,生まれ落ちたときから,もっとも大切なことを分かっていれば,人生は違ってくるだろうに・・・。

「・・・ほんとね」

「さっきのハナシだけど,なにを分かっていないって?」

「いいのよ,べつに気にしなくても」

「そう言われると,よけい気になるさ」

「わたしにとって・・・あなたは,まったくの特別なの」

「いまでも特別?」

「・・・もっと特別」

「よくわからないなぁ」

「言わないといけない?」

「教えてほしいんだ。タカコにとって,おれは,どんな存在なんだろう?」

「今のあなたは・・・天皇みたいな存在」

「・・・」

「わたしの,生きている象徴よ」

 

 デザートを食べ,コーヒーをお代わりし,しばし雨脚が衰えるのを待った。その甲斐あって勘定を済ませるころには小降りになっていた。

 かえりのエレベーターに,ピッタリくっつきあい肩をならべて乗りこんだ。目を閉じると,駆けだし時代のふたりにタイムスリップする・・・こっそり若かりし彼女に口づけをした。

『さよなら,嵩子』

 目を開けてビックリ,まるで頭のなかに思い描いた情景がそのまま続いているかのように,彼女の笑顔が真横にあったのだ。

ここにいる嵩子は,いかにも自ら力強く生きている。しかし,暇乞いしないで別れるつもりだ・・・天皇と聞いたからには,なおさらのこと。

「きょうは,わざわざ逢いにきてくれて,ありがとー」

「わたしこそ,アリガトウ。あなたに逢えて,ホントによかった。なんとかして,一度だけでも逢わなくては・・・って思ってたから」

「おれもだよ」

「でも,これで終わりじゃないでしょ?」 感づいているのか?

・・・それはないだろうが,肯定すればウソになる。かといって,否定して気づかれたくはない。それに否定してはならない。嵩子が変わったとしても,過去の傷痕は消えることはないのだ。それと・・・彼女のなかのオレも。

「いつか・・・また逢おう」

「いつか,きっとね!」

「ああ,そのうちに・・・」

ロビーで嵩子を見送った。彼女は金沢駅への連絡通路に向かっている。西口のパーキングに車を止めてあるという。じっと見つめていたら,生き生きとしたうしろ姿にT病院での忘れられないシーンが重なった。

・・・デートの約束をして足早に去っていった22歳の嵩子。あれから,四半世紀の歳月が流れたのだ。

彼女がこちらを向いて手を振った。私も左手を小さく振ると,嵩子はたちまち視界から消えていった。

『すまない・・・タカコ』

 

 もう,逢うまい!

迷いはなかったけれど,割り切れない情念が,心のいたるところに渦を巻いていた。ナンだろう・・・やけ酒でも食らいたい気分だ。

 ホテルを出て,やみくもに歩いた。だが,どこまで行っても,モヤモヤとした気持ちは収まりそうにない。

・・・いつかと同じではないか。ナニカが狂っている。

 それから30分ちかく歩いたであろうか,ココロの隅のほうに小さな綻びを見つけた。そこを丹念に調べると,内側から糸が切れていたのだ。直そうとして手が止まる・・・どう綻びを縫い合わせても,あげくの果てには破れてしまいそうな気がしてならない。

耳を澄ましてみる。かすかに叫び声が聞こえた。

『タカコを不幸にしたのは,おまえだ!』

声の出所を探っていくと・・・それはなんと,独りを貫くためにとっくの昔に斬り捨てたはずの,死にぞこないのタマシイであった! 威圧感のある低くて鈍い独特な音声を響かせる。

『彼女は,おまえという存在の犠牲者なのだ!』

そいつの中に信じられないものを,カイマ見た。いまだ絶え果てぬ,飽くなき生への執着・・・それが糸の切れた原因だったのである。

もっと生きるべきだ! という生命のうねり。

私のことを,生きている象徴だと,嵩子は明言した。ならば嵩子は,私が遺棄した魂の象徴ではないか!

・・・そうであるからこそ,深淵に封じ込められた共生の魂は,彼女の内面に触れて息を吹き返し,大きく揺さぶられて共鳴した。

『おまえは,未来永劫にわたって,嵩子と共に生きつづけなければならぬ』

・・・良心の呵責にも似た心情とひとつになって,孤独の暗闇を照らそうとしている。

「ふう~」と,大息をついた。

なんてこった・・・立ち止まり,天を仰いだ。空には黒い雲がふたたび広がりつつある。いっそのこと,このまま雨に打たれてしまいたい。

・・・さっきみたいに,土砂降りになるがいい。

そう願ってみた。そしたら,天も捨てたものではない,ぽつりと顔に雨粒が落ちてきたのだ! ホテルの駐車場へ引きかえす。途中で望みどおり大雨になった。

『おまえなんか,ずぶ濡れになってしまえよ!』

ものすごい雨しぶきのなかを,わざと勢いよく歩いた。気がつけば笑みがこぼれ,ときおり大笑いする自分がいた。

『今しがたの迷いも,なにもかも,洗い流されてしまえばいいんだ!』

 やがて体温が奪われ,昂ぶった神経も鎮まってくる。そのときになって,はじめて気づいた。

罪は・・・けっして洗い流されない! 生きているかぎり,消え去ることはないのだ,と。

詰まるところ,完全に無くしてしまうには,オレ自身が消滅してしまう以外に手立てはないということ。

 

 心というものは本人に合うものへと流れていく・・・嵩子と捨てたはずの魂によって内奥を激しく揺すられたが,結局は自らを裁くのがもっとも納得できる道であった。生きて責任を果たすことを拒否しているのではない。己れの命を犠牲にできないことが,なんとしても許せないのである。

きょうという日に嵩子と逢って,ことの真相が分かった。彼女がオレを呼んでいたのではない! 逢わなければならぬ理由はオレのほうにあったのだ。それが,なんと結末を見定めることだったとは。

まさしく浮き彫りになったオノレの・・・罪と罰。

 

 午後7時ごろ,裕子が勤務を終えて帰宅した。

その夜,昼間のできごとの余波を,オレは無言のまま平然と裕子の身体にぶつけた・・・さらなる独善を自覚しながらも,オノが生きんがために!

 

 

 

 あるがままでいいのだ。

・・・過つがままに,と言っても差し支えないのかもしれない。その先にしか,真実は見えてこない,良いことであっても悪いことであっても。そして,見えなかったとしても,後もどりすることはできない。

嵩子と逢ってから,浅谷さんを少しでもいい方向へ導こうとする気持ちは,まるっきり無くなってしまった。

夕方や夜の回診では,話題に困らないよう医療現場でのエピソードを持ち出した。テーマは入院中の患者さんから頂戴する。

 

11月下旬,施設に入所中の頸髄損傷の男性が持続する発熱にて紹介され,肺炎と心不全合併のため入院となった。

年齢は56歳,私と2歳しか違わない。

「三日前に,寝たきりの50代男性が,肺炎で入院することになりました」

50代で,寝たきりですか?」

51歳のとき,てんかん発作がおきてトラックの荷台から転落したそうです。運がわるいことに,首を打ちつけて頸髄を損傷し,四肢麻痺の状態に陥ってしまった,ということです」

「あのぅ・・・漏らしてもいいのでしょうか? 患者さんの個人情報・・・」

「この病室では定期的に,特別な医療カンファレンスが開かれているんです。少なくともボクはそのつもりで話しています。名前や病棟を公表したわけでもありませんし,それに浅谷さんが,だれか他の人に喋らなければ不都合は生じないでしょう」

「それなら,わたしも参加します」

「きちんと説明すれば,患者さんも分かってくれますよ。それが,主治医との信頼関係というものです」

 言い過ぎであったが,事実を語って動じる男でもない。「じつは,彼はさまざまな要求をしてくるので,ナース泣かせの患者なんです」

頚髄損傷の人たちは,見たところ,みな癖のある性格を有している。頭は普通なのに手足を動かせないから,やって欲しいことすべてをだれかに頼まなければならない。そのため世話をする人たちにやたらと注文が多くなり,性質も似かよってくるのである。

「ときどき気に入らないことがあると,ナースにけっこう辛くあたるので,じつのところ困っています。もともとは心根のやさしい人ではないかとおもうのですが・・・」

「せんせいは,その人の味方ですか? ナースさんの味方ですか?」

「両方の味方です」 つい,聞こえのいいことを言ってしまった。ホントはどちらの味方でもない。

「わたしは,いつでも,ナースさんの味方ですよ。彼女たちのお仕事は,とっても過酷ですもの・・・」

「ですが,彼の言い分が正しいというか,考えてみると,ふつうのことを主張しているんです」

「どうも先生は,あちらの味方のようですけど・・・」

「ぼくは,どちらかといえば,ナースの味方ですよ。でもですね,スタッフ全員,病気とか事故とかで重い後遺症に悩まされた経験がないから,頚髄損傷の人の論理がわからない。そのことは仕方がないけれど,分かったような口をきいたあげくに普通人の論理を通そうとする・・・それが許せなくて彼は剥れてしまうんです。きのうもご機嫌斜めになって,身体を触ろうとすると,暴言を吐いて抵抗したみたいです」

「暴言は,いやですね・・・」

「そこなんですよ,浅谷さん。暴言はイヤかもしれませんが,彼はそのようにしか自己主張できない。自分の意思を,どう転んでも行動では示せないから,どうしても口でアピールせざるをえない。ふつうの人なら言葉以外の手段に訴えることもできるし,だいたい問題自体がおきていないでしょう」

「でも・・・暴言はダメです」

「わかりましたが,一応断っておきます。彼は,だれにでも反抗するわけではありません。たとえば,罵詈雑言はいけませんと言うばかりで,その状況をすこしも考えようとしない人に悪態をついてしまうんです」

「それでも,ダメだと思います」

「・・・ダメですよね」

人生のなかで一度たりとも暴言を吐かない人なんて,この世にどれだけいるというのだろうか・・・凡人として彼のことをもう少し弁護したかったが,浅谷さんは経験から物を言っているのだとおもったから,ここではあえて否定しなかった。

「もちろん,ナースたちにも言い分があります。いちいちまともに取り合っていたら仕事になりませんから。なんといっても女性たちは強い。協力しあって罵倒をものともせず,一気に作業を行なったそうです」

「作業というと・・・」

「きのうは,おむつ交換だったようです」

「シモのほうも,お世話してもらわないといけないなんて,さぞかし惨めで哀しいでしょうね・・・言葉の暴力はいけませんが,そのような気持ちなら分かるような気がします。病気のことは,患った本人しか理解できませんから」

「ぼくも,それが言いたかったんです」

「かわいそうな人なんですね・・・」

「いけない,ずいぶん遅くなりました。つづきは,また明日にしましょう。おやすみなさい」

 

 翌日,帰宅前に浅谷さんの病室へ立ち寄った。

「きのうの麻痺の人なんですが・・・」と,まず浅谷さんに訊ねられる。

「そうでした。つづきをするんでしたね。なんでしょう?」

「じっさい,ナースさんと,どんなことで揉めてしまったのでしょうか?」

「胃瘻からの経管栄養,つまり流動食のことで揉めたんです」

「食事を,とれないのですか!」

「話すことはできるんですが,嚥下障害があって,飲み込みが悪いんですよ。肺炎を繰りかえすので,ことしの夏に胃瘻を造設したそうです。ほかにも膀胱瘻といって,下腹部から膀胱に直接カテーテルが入っています」

「その人も大変なんですね・・・」

「そうなんです。手足は動かせないし,胃腸の神経も侵されているから,便秘になってお腹もよく張ってきます。おとつい彼は,お腹が張っているために,昼の経管栄養の時間を遅らせてほしいと頼んだみたいです」

「それは,遅らせてあげたいですね」

「ナースも彼のために,時間をずらしたんですよ」

「それでは,どうして揉めたのですか?」

「1時間遅れで行なうはずだったんですが,約束の時間になっても調子が悪かったのか,今度はやりたくないと訴えだした。でも,ナースが勝手に中止することはできません。それで本人が嫌がったにもかかわらず,流動食を開始しようとした矢先に・・・あとは,なんとなく想像がつくでしょ」

「抵抗したのですね・・・」

 いっしょにニヤリとして顔を見合わせた。

「彼は大声を出して,すさまじい勢いで騒ぎはじめました。病室には他の患者さんもいるので,とりあえず流動食を止めてから,ぼくのところへ連絡がありました。病室へ行ってみると,たしかに彼はものすごく怒っているんです。顔つきを見て,絶対に説得できないと思ったので経管栄養は中止しました。その代わり,点滴をしましたけどね。たぶん,ぼくらが考える以上に,お腹の張りがひどかったんでしょうね」

「・・・どちらにも言い分がありそうですね」

「そのあとは,きのうも話したとおり,ずっと騒ぎまくってオムツ交換をさせてくれない。放っておくわけにもいかないので,ナース数人が彼のところへ行って,宥めながらも罵声には一切耳を貸さず,すばやくオムツ交換をやり終えた・・・そういうことです」

「やっぱりナースさんは偉いですよね。いろんな患者さんを世話しないといけないですから・・・」

「彼も立派ですよ。その日のことは忘れて,いまはナースたちの言うことをちゃんと聞いていますから」

「ホントですか」

「自らの現実を知っているし,障害者の論理が理解されにくいことも学習しているとおもいます」

「その人のことを,くわしく観察しているんですね」

「どうでしょう? そんなふうに意識したことはありませんが,見ているとなかなか勉強になります。それに,みながいうほど彼がキライではありません。武骨な感じがして,どうみたって素直ではない・・・けれど,そこがいかにも人間的で憎めないとこなんですよ」

「わたしも・・・先生に見られているんでしょうね」

「ごくフツウに」

「どんなふうに見えているんでしょう?」

「ありのままに・・・」

「先生らしい答えですね」

「ぼくは医者ですが,ガンを患っているわけではありません。いくらガンを患ったつもりで患者さんのことを考えても,どこかしらかならず違ってくるとおもいます。それなら下手に考えないで,浅谷さん自身をあるがままに見て判断したほうがいい・・・頚髄損傷の彼にも同じことです」

「なるほど,そういうことですか」

「口幅ったいことを言うようですが,大病を経験した医者のみが,本物の医師になれるのかもしれません」

自分のことは棚に上げて偉そうなことを語ってしまった。こんやは,このあたりで止めることにしよう。





 人は死のうとするとき,その前に自己の原点を訪ねてみたくなる。その原点とは何なのか? わたしは漠然と尾山神社にあると思っていた。それは若き日の失恋に関係があることは疑う余地がない。しかし,なんとなく釈然としないものがある。

 

 12月5日の日曜日,裕子は朝食もそこそこにして日勤に出かけた。

雪のふる前にぜひとも出向かねば・・・と気にかけていた私は,午後になって尾山神社にひとり向かった。

 

 神社の裏手,旧丸の内通りにある有料パーキングに車を止めた。そこから通りに面する東神門まで,あたりを見回しつつ歩みをすすめる。

大学キャンパスが移転したのち,金沢城は順次復元改修されて,この通りからの眺めはモノのみごとに一変した。過ぎし日のような豊かな森のイメージはない。合同庁舎前交差点から望まれる風景も様変わりし,まったくといえるほどに往時とは異なっている。

目を凝らす・・・めまぐるしく環境が変化するなか,東神門はかつてのままそこにあった。

 高校生のとき,この東参道の裏門より神社に入り,庭園のまえで頑なに閉じこもって時間をやり過ごし,そのあとは北参道へ抜けるのが常だった。当時の兼六園は無料で出入りできたのであるが,市民や観光客など大勢がたむろしていて好きにはなれなかった。また時間もかかり過ぎる。それにくらべ,尾山神社は人もまばらで通るのも楽であった。

 東神門で立ち止まり,一呼吸して境内に足を踏み入れる。

胸の奥で,うずうずしているナンともいえない気持ちを抑えねばならぬ。忘却のかなたで星屑になっても煌めきを失わない,無二の知己に再会できるという歓喜・・・そのピカイチの楽しみは最後までとっておくにかぎるだろう。

神苑と称される庭園・・・わが親友を横目に見やって通り過ぎる。

いやに建立物が増えているとおもう。どれが昔ながらのものなのか,たやすく分かりそうで,やがて判断がつかなくなってしまった。

拝殿正面をのぼっていき,百円玉ふたつと五十円玉ひとつを賽銭箱に投げ入れる。小銭はこれだけだから・・・と陳腐な言いわけをして参拝した。ガラス戸越しの拝殿内では偶然にも御祈祷がおこなわれていた。

神門をくぐって表参道へ。

周辺一帯がきれいに整備されていて,距離は長くないもののオモテと呼ぶにふさわしい趣きがあった。なかでも目についたのは,参道の両脇にならんだ金色の幟ならぬ衝立みたいなもの・・・金屏風を模したパネルで,夜にはライトアップされるらしい。

さて,そろそろ戻るとしよう・・・久々に,あそこへ行くのだ。



 池のまえでじっと佇んで,まっすぐ神苑と向かいあう。

『変わらない』・・・と思った。

・・・オレは変わってしまったが,神苑は変わっていない。むろん細かい部分では変わったところもあるのだろうが,あのころの雰囲気がそこはかとなく漂っている。

真冬が到来する直前,紅葉の名残りをとどめるこの時節も,近ごろの心境にはちょうどふさわしい・・・七五三もおわり,境内はモノ静かであった。

 ・・・苑内の樹木は,当然ながら前よりも生い茂った気がする。 池に突き出して設けられた藤棚は,いまなお見事というしかない・・・が,落葉しているハンデを考慮しても,以前のほうがスマートだったかな? 生長し過ぎたのかもしれない。 根元の幹の太さといい,こみいった捩れ方といい,ずいぶん年輪を重ねている証拠なのだろう。

その藤棚の手前,すこし左寄りに,石の縁台がある。そこに座ると,眼前に池がひろがり,すぐ右手に藤棚が見える構図となる。

失恋して以来,尾山神社を通り抜けることはあっても,一度としてこの縁台に腰掛けたことはなかった。初恋の女性と並んですわったあの日から,まこと35年の時を経て,今ここに座してみる。

なんという,懐かしい眺めなんだろう!

・・・難をいえば,むかしはもっと視界が開けていた。縁台と池のあいだに木々が育って邪魔をしている。

 どっぷり甘酸っぱい追憶に浸りたい,そんな気分だった。ところが,意外なことに,ぜんぜん異なった感慨を禁じえないのだ。

込みあげる思いとともに胸に去来するのは,彼女のすがたではない!

・・・限られた自然と対峙し,そのなかに何かしら安らぎと真実らしきものを感じ取り,現実とも真摯に向きあった若かりし頃のオノが幻影ばかり。

ウソではない,ホントに,ふたりで座ったのだ。

・・・有頂天になったのも昨日のことのように覚えている。されど,今となっては,命より大切であった人に心ときめくことはない。 ただの遠い日の一コマに過ぎなかった。

 

神苑がわたしに深くかかわったのは,振りかえってみると・・・恋にかんしてではない,孤独にかんしてだ。

ここで思索に没頭し,たとえ独りであろうとも,だれをも恨まずに生きぬく力を身につけた。それこそ真に,私の原点といえるものである。

その後に味わうことになった失恋は,わたしを否応なしに閉ざされた世界へと導いて,そこから新しい生きザマがはじまった。失恋がなければ,孤独をきわめる道はありえない。人生の一大事は,まちがいなく私の運命を決定づけたのである。

新しい道のはじまりは,原点のおわりを意味する。

失恋は原点のおわりであったというのに,なぜか原点そのものであるかのように記銘されてしまった。孤独の象徴であった神社は,あやまって悲恋の象徴としてのみ記憶に残ってしまったのだった。したがって核心の部分が欠落したまま,恋にやぶれた悲劇だけが神社と一体化し,記念碑のごとくココロに刻みこまれたのである。

ようやく蟠りがなくなって得心がいく。

ただ不思議におもえるのは,あの日のことを想い返しても,ココロがいっこうに揺れ動きそうにないこと・・・あまりに醒めていて,恋に一途だった過去の自分がいつわりに思えるくらい。愛を捨てた結果でもあるだろうが,おそらく真子のせいなのだ。でも余分なことは考えたくない。

 

尾山神社の神苑は・・・孤独な精神をはぐくんだ私の原点である。

大学生になると,気が滅入ったときなど海をたびたび見に出かけたが,若年の私にとっては神苑が海だった。

その神苑という海には,わたしが私となる以前の,かけがえのないオモイデが鎮められている。それは・・・青春と呼ぶには早すぎる頃の,純なココロで愛してやまなかった命がけの初恋・・・なのに,実をむすぶことなく散ってしまった悲恋のこと。

あの日,彼女とふたりで訪れて,神苑と相まみえた。

ゆえに・・・神苑は知っている! わかき日の恋に悩めるわたしとその相手のことを。

いうなれば・・・神苑こそは,わたしがまだ青いままに女性を愛した,この世に存在する唯一無二の証しなのだ。

ところで失恋は,未熟な若さにトドメの楔までも打ちこんで,人生行路における一大転機となった。それ以降,わたしは孤独を意識して自らの道を歩みはじめる。

そういう経緯があって,神苑は海であると同時に,あたかもモニュメントのような形で私のなかに存在しているのであった。

 

本物の海を見るようになって思ったこと。

山は・・・肉体のシンボルであり,海は・・・精神のシンボルである。海のつねに流動してやまない本質は,精神とよく似ている。

海を眺めてココロが洗われるのは,疲れて凝り固まった意識が海に同調して自然に動くからだとおもう。いわば・・・海というものは,魂をマッサージして本来の自在な流れへと導くのであろう。

神苑の静かな佇まいは,私の心のうちに絶え間ない流転の波を起こさせる。

 

かつての愛が葬られている神苑という名の海には,まぎれもなく

私の原点がある。

 

 この日の結論だ。これで終わりを告げられるとおもった。

けれど,解決できてうれしい気持ちと,一歩ずつ終焉に近づく淋しさが交錯して,人の弱さというものを感ぜずにはいられなかった。

 

 縁台から立ちあがる。神苑内を歩いてみたくなった。

ゆっくり築山をのぼっていく。清らかな滝の流れを見て,なにげなく振りかえった刹那だった。あわてて作り笑いする彼女の顔がおもい浮かんだ。

そうだ!・・・この道をふたりで歩いたのだ。

・・・間違いない。さほど乗り気じゃない彼女の冷めきった顔つきを覚えている。いったい私はどんなことを話したのだろう? 座っても,歩いても,朴訥と精いっぱい語ったであろうに・・・なんにも思い起こせない。

 遙拝所をおりて庭園の中央にかえり,池にうかぶ島へと歩をすすめる。沢渡りと八つ橋を踏みしめる。図月橋をわたる。藤棚を池ごしに眺める。

はっきりしたのは,あの頃は,ほとんど神苑の中を歩かなかったことだ。いつも縁台にすわり,海と向き合うように見つめていた・・・心のなかで絶えず己れと格闘を繰りかえしながら。


 ふたたび縁台のところへもどって藤棚の手前に立った。池には鯉がゆったり泳いでいる。

鯉よ,おまえは幸せなんだろうか・・・ここで囲われて,いのちは保証されているだろうが,つまらなくはないのか?

大きなお世話だ,というように鯉はクルリと方向転換した。

わかった・・・そんなことは関係ない,と言うのだな。この池に,望んで住んでいるわけでもなかろうに,人間より分かっているではないか・・・おまえは,どこにいても,どのような目にあっても,不平も言わずに泳ぎつづけることだろう。

私も,そのような心境でありたいのだよ。

タウ・タオ・タイ・・・さあ,これで,おしまいにしよう。

『さらば,オレの原点!』

 

藤棚を一瞥して踵をかえす。

拝殿正面で立ち止まり,神社にも別れを告げた。道筋は考えるまでもない,往年を偲んで北参道へ向かう。

金渓閣を過ぎて北の鳥居をくぐり抜け,真っすぐにすすむと大谷廟所が見えてきた。この敷地内には女子高と定時制高校があったはずだが,現在その形跡をみつけるのは容易ではない。

 当時を回想するうちに,ふと思いだす。この近くに友人の家があった。正確には友人の母親の実家である。祖父の看病のため,友人が母親と移り住んでいた時期があり,私はいくどか遊びに行った。

記憶をたどって探してみると,周囲がガラリと変わったなかに,その家だけが旧態依然として残っていた。

いま見ると,古風でなかなか風情のある屋敷だ。親しみがわいて玄関に近づいてみたら・・・表札の名前が違っている。淋しい心持ちになって懐かしさも一瞬のうちに萎んでしまった。周りの状況から判断すると,この家も今後どうなるか分からない。

神社仏閣は,過ぎ去った時代との架け橋になっているのだろう。いろいろなものが新しくなるなか,旧きを守って現代を生き抜いている。

去でに尾崎神社にも寄り道パーキングへもどる途中,ゲートで封鎖された甚右衛門坂が見えた。坂道の両がわには樹林が密に生い茂り,むかしの面影を伝えている。心惹かれながら坂の前をおもむろに通り過ぎようとしたとき・・・忘れ去っていた一場面が突然よみがえる。

あの日,この坂で彼女と別れたのだ。

 

・・・甚右衛門坂をのぼってゆく彼女の後ろすがたは,たとえようもないほどに美しくて冷たかった。できれば見ていたいのに,それ以上に振り返らぬ彼女を見たくはなくて,わたしは即座にその場を離れたのだった。


苛立ちをおぼえて立ち止まることなく駐車場へと急いだ。

『もう要らないんだ! きみの想い出なんて・・・』





 12月の上旬,この時節としては暖かくて過ごしやすい日が多かった。近いうちに寒波が襲ってくるだろうが,いくらかでも穏やかな日が続いてくれたほうがありがたい。さながら浅谷さんの今の病状のようである。

 

「きょう,頚髄損傷のカレが,がんばって退院しましたよ」

なるべく感情をオモテに出さないようにしていたものの,内心では・・・手のかかる患者から解放されて若干ホッとしていたのは否めない。

「いつ聞いても,退院はおめでたいことですね・・・」

タイインという言葉に浅谷さんは敏感だった。イントネーションに羨ましさを滲ませている。近ごろ浅谷さんは自分を隠そうとはしない。

「ホントにおめでたいかどうかは,別問題ですけどね」

私も,つい本音を言ってしまった。性格的にちがうと分かっているくせに,それも・・・相手は不治の病を患っているというのに。

「退院できるのは,いいことに決まっています」

 いささか浅谷さんも向きになって言いかえす・・・素直でない私に抗議しているかのようだ。

 

頚髄損傷の患者の行く末はどう考えても悦ばしいものではない。

誤嚥性肺炎をくりかえし,いずれは経管栄養も中止せざるをえなくなるだろう。身の回りの世話をしてくれる姉だって病気モチのようである。経済面での不安も少なくない。事態は深刻になる一方なのだ。それでも,お迎えがくるその日まで生きていなければならない。

退院が決まったとき,単刀直入に訊いてみた。

「いま,楽しいとおもえることはあるかね?」

「・・・あるわけないよ」と,彼はそっけなく返答する。

「死にたいとおもうときは?」

「それはない。まだ,死にたくない」

 きっぱりと言い切られたのが予想外であった。多少は,死をねがう気持ちがあるものと考えていたから。

煎じ詰めれば,人間というものは如何なる境遇であっても慣れていける,ということか。慣れないオノレが愚かなのかもしれない。 まあ今の時点では,慣れないはずだと想像しているに過ぎないのであるが。

 

「浅谷さんに訊いてみたいのですが,万一寝たきりになったとしても,生きていたいですか?」

「生きたいです」

「だれかの世話にならないと,生きていけなくても?」

「助け合って,人は生きているのです。わたしが寝たきりになっても,だれかが世話をしてくれる世の中を望みたいと思います」

「わかりました」

「それと,頚髄損傷のかたのオハナシを聞いていて,最近,思い出したことがあるのですが・・・」

「病気に関わることですか?」

「はい。たぶん今年の3月だったとおもいます。NHKスペシャルで,閉じ込め症候群について放送していました。先生は見られましたか?」

「すみません,テレビは,ほとんど見てないので・・・」

「たしか,エー・・・」

「エーエルエス」

「そう,その病気です」

ALS,筋委縮性側索硬化症のことだ。進行すれば,四肢麻痺の状態から呼吸筋麻痺を合併し,人工呼吸器管理が必要となる疾病である。

四肢麻痺という点では頚髄損傷と似ているが,ALSは進行性であり,末期には閉じ込め症候群という病態におちいる。すなわち,眼球運動と瞬き以外にコミュニケーションの方法が断たれ,まるで意識が閉じ込められたような状況になってしまう。

人工呼吸器を装着してからも病状がすすみ,さらに眼球運動も麻痺してしまえば,意思表示はまったく不可能となり,完全に閉じ込められた状態に至るといわれている。

「どういう内容だったんですか?」

「人工呼吸器を使用している患者さんが出ていて,完全な閉じ込め症候群になってしまったら,呼吸器をはずして死なせてほしい・・・そういう要望にかんすることがテーマだったとおもいます」

「それは当然の権利でしょう。その人も家族も希望すれば,病院も合意するはずです」

「けれどテレビでは,閉じ込められたとしても,生きて存在していることに意味がある,という意見がありました」

「そうかもしれませんが,当の本人が感じないことには,それこそ意味がないでしょう。ただただ,苦痛なだけだとおもいます」

「わたしなら,生きていて欲しいですけど・・・先生のお考えは,かなり違いそうですね」

「そうみたいですね。でも,いいんですよ,浅谷さんは浅谷さんで」

 

 閉じ込め症候群の患者を・・・神経難病ではないにしても,私はこれまでに一人,主治医として診療したことがある。

 ある日の夜,脳外科と神経内科の混合病棟で働いていた裕子が,めずらしく入院患者のことを語りだした。

「いま病棟に,52歳の女の人が,脳幹出血で入院しているんだけどさあ,手足が動かなくて・・・めちゃくちゃ可哀そうなのよ」

「ふうん,そうなんだ・・・」

べつに珍しいことではないだろう・・・って感じで,私は答えた。

「閉じ込め症候群,って知ってる?」

「あぁ,診たことはないけど,知ってるよ。学生のとき習ったから」

 その女性は意識が回復してほぼ清明であるらしいのに,四肢麻痺および球麻痺があって,開閉眼と眼球運動のほかには何もできない状態とのこと。

「その人のケアをしていると,痛ましくて見ていられないわ。自分の意思を伝えられないなんて,どんなにつらいことかしら?」

「助からないほうが,良かったかもな・・・」

 最終的に神経学的所見の改善はみとめられず,気管切開および胃瘻造設をおこない,患者は寝たきりのまま転院になったと裕子から聞いた。

 

 それから半年後のこと。

喘息状態の急患が救急センターに搬送され,担当医が心不全と診断,その日の循環器オンコールが呼び出されることになって・・・私はすぐに駈けつけたのだった。

着いてナースから,閉じ込め症候群の患者であると告げられた。病歴を聞くなり,ハッと思い当たる・・・あわててカルテを確認すると,いつか裕子が語っていた脳幹出血の女性に違いなかった。

おもうに高齢の患者であれば,そのまま療養型病院で治療を受け,救急センターに運ばれることはなかったのではあるまいか。52歳という若さが母親と娘をして救急指定病院での加療を決断せしめたのだろう。

そこが,まさに生死の分かれ道となった。運命のイタズラとは,ときに過酷なものだ・・・いい加減にしてくれ,って叫びたくなる。

 

精査をすすめていくと,不整脈がらみの心不全は鉄欠乏性貧血が大きな要因と考えられ,上部消化管内視鏡検査を施行して出血性胃潰瘍と診断された。

経管栄養の中止,点滴と輸血,薬物治療などにより呼吸困難はすみやかに改善され,また誘因となった胃瘻カテーテルの交換も行なった。

これで治療は終了したようなもの。で,はたと思った・・・生きているのも辛いだろうに,女性は本当に助かりたかったのであろうか?

転院していなければ,容易そうな治療であっても順調には進んでいかなかったことだろう・・・有効な治療がなされなかった場合,ひょっとすると絶望の日々から解き放たれ,あの世へ旅立っていたかもしれないのである。

患者と会話はできないものの,意思の疎通はわずかに可能であった。回診時に,こんにちは・・・って挨拶をすると,女性は瞬きをなんども繰りかえす。それを見て,やはり分かるんだと認識を新たにし,いくらか対話を試みようという気にもなった。

しかし,思いのやりとりは想定をはるかに超えてむずかしく,時間的な余裕があったとしても文字盤でも用いないかぎり不可能にちかいことだった。

症状がよくなってから・・・女性は瞬いたあと,眼球を必死に動かすことがあった。読み取ろうとおもっても,眼の動きだけでは皆目見当がつかない。当てずっぽうで問いかけても,違うのか違わないのか,それすら分からないといった始末。

コミュニケーションの手段,たとえばホーキング博士の使用しているような意思伝達装置を提供することができれば,伝達の見込める世界がある程度広がるであろうが,それには周りの人々の協力と多大なる出費が必要である。とても実現できるようなことではない。私にしたってボランティアの精神を持ち合わせていないから,文字盤相当のものを準備することさえ躊躇われた。

 仮に・・・意思疎通がはかれるようになったとしたら,いったい患者はどのようなことを告げたいであろうか? 考えれば考えるほど,生き長らえるのは地獄であって,死なせてほしいと懇願するとしか私には思えなかった。

 

ところが,ある出来事が入院中におこった。

 退院予定の前日は,女性の53歳の誕生日であった。もちろん私は気づかなかった。ふつう患者の年齢を記憶しても生年月日までは覚えていないものだ。

 午後になって病棟へ行くと,いきなりナースに白衣を強引に引っ張られてしまう。

「なっ,なんだよ!」

「先生もこっちへ来て! はやく早く!」

「待てよ,やることがあるんだ・・・?」

 むりやり連れてこられたのは女性の病室・・・この日勤務しているナース全員が集まって,患者のベッドを中心に輪になっている。その輪に投げ込まれると,だれかが合図の声を発した。

みんなが一斉に歌いだす。

「ハッピィー・バースディ・トゥー・ユー・・・」

しかたない・・・まわりに合わせ,小さな声で気分を乗せてみる。わるくない心持ちになって,いい調子になりかけたときコーラスが終わった。

53さい,おめでとう!」

祝福の言葉と拍手に包まれた,ピクリとも動かない寝たきり患者。ナースたちの気持ちは果たして伝わったのかどうか?

そのときだった・・・やや左を向いている,喜怒哀楽のマスクをことごとく剥ぎ取られた,のっぺらぼうな顔に異変が起きたのだ。

左の目尻から筋をえがいてナミダがながれ,頬のところで粒となって枕に落ちていく・・・ダイヤモンドの雫のように。

女性は顔の向きも変えられない。反対側の目頭には湖ができあがり,鼻のほうへ溢れだした。むろんのこと自分では拭うこともできない。

ひとりのナースが近寄って,こぼれる泉を拭きつつ耳元でささやいた。「お誕生日,おめでとう! わたしたち,みんな,仲間だからね」

患者の涙腺はいつまでたっても締まりそうにはなかった。

 

 その人の顔には一切の表情がない。いや表情を作れない。そのため,よりいっそう衝撃的だった。

無表情の仮面から溢れ出てきたナミダは,砂漠で見つけたオアシスのごとき希望と感動を与えてくれたのだ。

・・・あれほど純真なものはない。その源には感謝のこころ以外に何があるというのだろうか。

 

 次の日の午前中,病棟から呼び出しがあった。搬送に民間救急を利用していたので時間的余裕がない・・・検査を中断して階段を駈け上がった。

元の病院へもどるため,患者はストレッチャーのうえで,相も変わらず能面のような顔をして待っていた。

「さようなら・・・元気で!」

別れを告げると,女性は瞬きをして眼球を幾度となく上下させた。

いつもは見えてこない心の内が,そのときは見える気がした。きっと『ありがとう』って声を振り絞っているんだ!

 ストレッチャーが動きはじめると,疲れ切ったように患者は眼を閉じたのだった。

 

 特集番組のことを聞いて,永遠に自己という檻に閉じ込められた女性の涙を思い浮かべた。閉じ込められても,なお流せる感謝の雫があるのだ。そして,先日と同じところに帰着するよりほかにないのである。

人間は・・・かならずや,環境に慣れていけるということ。

慣れることに限界はないのだろう。たとえ地獄にあっても可能なのだ。あの潤んだ目がそう教えてくれた。

だからといって見誤ってはならない。現実を直視してみるがいい。当人が受け容れない,あるいは受け容れられない場合だってあるのだ。

慣れられるかどうか・・・それは結局,本人が受容できるか否かにかかっている。しかしながら,自己と環境の問題は単純ではない。時間とともに双方とも変化しながら互いに影響しあうからである。

 畢竟,これは当事者だけが,生きている境遇の中でのみ答えを出せること,議論すべき事柄ではない。ただし,孤独に押し潰されないためには,共に生きているという実感が不可欠であることは疑いようもない。要するに・・・外の世界と,いかような形であれ,なんらかのコミュニケーションがとれていなければならないのである。

くわえて切なくてやりきれないこと。受け容れようが受け容れまいが,人間にかぎらず・・・ありとあらゆる生命体は,臨終のそのときまで生きていなければならない。

 

 いまの,わが心境を明かしておこう。

私が自死を選択する所以は,そう遠くない将来において,現在のバランスが崩壊してしまうことに耐えられないからでもある。

環境には何も望みたくない。必然的に,私が自己に求めるものは一般的ではない。そうした中で特異な均衡を保っている。

今後,このバランスを保てなくなるとき,私は生きるために異なる均衡を求めるだろうことは明白だ。

 様々なことを犠牲にして今のバランスがある。この均衡にあることが,私のすべてと言っても過言ではないだろう。それは取りもなおさず次のことを意味する。

バランスを失ってしまったら・・・そのときは,もはや私とはいえない!

それにしても・・・この資質ばかりはどうにも説明しがたいものだ。

 

 私といえる自己と環境のバランスが保たれているあいだに,私でなくなる可能性の芽を・・・じつはそれは己れ自身なのだが,どうあっても摘んでおかねばならない。

 

 

 

 12月も中旬になると,浅谷さんの背部痛のぐあいは悪化し,しばしば前胸部の痛みも加わった。しだいにレスキューの使用頻度も多くなってきたので,貼付剤オピオイドの増量をすすめたが,最初は断られてしまった。どうも眠気が強くなって会話ができなくなるのを恐れているらしい。

私は毎日,二回以上の回診をするように心掛けた。日中はなるだけ診療と関係のないことは話さない。逆に夕方以降に病室を訪れたときには,原則として診療のことは口にしないようにしていた。

「オピオイドを強くしても,心配いらないですよ,眠いようならあらためて来ますから・・・」

 だれしも疼痛には耐えられない。断られた翌日,浅谷さんはオピオイドの増量を了解してくれた。

12月下旬,年の瀬も押し迫ったころより,ガン終末期ではたびたび認められる排尿障害があらわれた。泌尿器科を受診して投薬を受けたものの,効果が不十分で残尿も多く導尿の処置をやめられなかった。病室に出向いても眠っていることのほうが多くなってきた。ときどき辻褄の合わないことを喋っている,とスタッフから報告を受けるようにもなった。案の定,食事量が落ちてきたのは言うまでもない。

尿道カテーテルを留置し,連日点滴をおこない,なんとしても年末年始を乗り切ろう・・・私はそのように方針を定めたのだった。

つまり容態が著しく悪化し,もう医療カンファレンスを行なえる状況ではなくなったのである。

 



 2010年の締めくくりの週は,雪のふる寒い日がつづいた。

浅谷さんにとっても,私にとっても,人生最後の師走は寒波とともに終わりつつあった。




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