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真子が金沢を去ってから3年が過ぎ,やがて冬を越して,私はいつしか41歳の誕生日をむかえた。
それから少し経った4月の中旬・・・ちょうど花見の時期がおわったころ,私にとって予想外の事態が起こった。生まれ故郷の富山県で一人暮らしをする母が,子宮がんを患って地元の総合病院に入院したのである。
急なことで連絡を受けた当日には時間の都合がつかなかった。日ごろは肉親のことなどまるっきり忘れて生活していたくせに,この時ばかりは不義理を重ねたぶん余計に母の病状が心配になり,元気づけるために一刻も早く行かねばという焦燥感に駆られた。
次の日の午後,勤務を早退して高岡市へと向かう。
車を走らせながら取りあえず入院時に用意するものが気になったが,着いてみると母の友人が骨を折ってくれたようで案じるほどのことは何もなかった。ただ,なにかしらこころに引っかかるものがある。ふしぎにも知りもしない父親のことなのだ。
おもうに,家族の意向を考えてしまう医師の習性であったのだろう。
私は,父に会ったことがない。幼いころに会っていたのかもしれないが,記憶に父親の顔はない。母は,私が成長してからというもの,父のことに関して口を開こうとはしなかった。
行った日の夕暮れどき,ようやく病室でそれなりに過ごせた母は近ごろの体調についてあらまし言い終えると,だしぬけに父親のことを語りだしたのだ。
「コウちゃんのお父さんは,じつは医者だったのよ・・・」
母はナースとして定年まで働いていた。自分が医師になって医療の職場がわかるからだろうか,打ち明けられても私には大して驚きはなかった。
「びっくりした?」
「いや,べつに。おれは,親父にはまったく興味がないから・・・」
「コウちゃんは,医者になったからじゃないけど,あの人にとても似てるっておもうわ。うれしいことなのにね,どうしてかしら,不安に感じるときもあったのよ」
笑みを浮かべる母がふいに真顔になった。「あの人には,よくわからないとこがあったから・・・」
こんな年になって親父のことを聞かされも仕方がないとおもった。しかし母の言葉が妙に頭のなかで反響して消えていかない。
いままで私は,自分の性格をだれかから受け継いだ,などと考えたことは一度もなかった。いかなるときも父親の存在は私の思考から欠落していた。それでいて,抗いがたい内なる本質は生来のものと信じて疑わなかった・・・どんな時代に生きていようとも変わらぬと自負するくらいに。
言うまでもなく,突然変異が起こり,母親には似ないでこの世に生まれてきたと思い込んでいたのである。
『父がいようがいまいが,オレには関係のないこと・・・どのような状況にあっても常にオノレであるのみ』
これまで少なからず普通でない自己に悩まされてきたから,自分と似ている人間がそう簡単に身近にいるとはとうてい思えなかった。父親といえども例外ではない。それゆえ「似ている」と言われたときにはかなりの抵抗を感じた。同時に,はじめて父に興味をもったといえるかもしれない。
「よく分からないって,どういうこと?」と,母に訊き返した。
「わたしはあの人が大好きだったけど,あの人は本当にわたしのことが好きだったのかしら?」
「好きだったから,おれが生まれたんだろ」
「それほど単純でもないわ。あの人には奥さんがいたんだし,あれこれ噛み合わないとこがあったから・・・」
「なるほど,まあまあ分かったよ」
母親の境遇を自分なりに想像していたが,こうして直接に聞いて,やっとすっきり納得できたような気がする。
「なにがわかったの」
「おふくろが,親父のことを話さなかったワケ・・・」
「いつか訊かれたら,かくさず答えようって,いつもこころの準備はしていたわ。だけど,コウちゃんは訊こうともしなかった・・・そんなとこが,あの人にそっくりなのよ!」
「・・・」
「コウちゃんが大学で留年したときも,なにがなんだかわからなかった。なんにも教えてくれないから,変なことばっかり考えちゃったしね。コウちゃんを信じていたけど・・・やっぱり理解に苦しむとこがあって,なんとなく怖かった。怖いというより・・・寂しい感じかしら。あの人と別れる羽目になったときのような・・・別れると決まったら,あの人の心の中からわたしの何もかもが,いろんな想い出もひとつのこらず消されてしまいそうな気がして,あまりにも自分と違いすぎて寂しくてしょうがなかった・・・」
「思い出を消し去るなんて,だれにもできやしないさ」
「そうよね・・・あの人とは年齢が13も違っていたから,きっとわたしが幼かったんだとおもうわ」
『ちがうよ』
と,おもわず心のなかでつぶやいた。ここまでの内容で十分だった。まぎれもなく私は,親父の血を引いている・・・母の漏らした父親の印象のなかに自分を感じないではいられなかった。
「ところで,その人は生きている?」
べつに会いたいとは思わない。ただ,生死は気になった。
「十年前に,67歳で亡くなったわ。知らせてくれた人のハナシだと,肺がんだったみたい・・・すごいヘビースモーカーだったからね」
「それじゃ,おふくろの見舞いには来れないな」
「あたりまえじゃない」
母は笑って窓から空を見上げた・・・過ぎし日を懐かしむかのように。
幼いころから慣れていたせいか,私には父親のいない生活がさほど苦ではなかった。「コウちゃんには事情があってお父さんはいないのよ」・・・そう母は言っていたが,「どうして?」という疑問に対しては「さっき事情があってと言ったでしょ」と答えるばかりで,真剣に取り合ってはくれなかった。
いつとはなしに私は,いっさい父のことを訊かなくなっていた。それは母のためであろうとも,あくまで自分のためであった。
そうして自我に目覚めてからは,他人の言うことが素直に聞けない自己を意識しだした。
どんなことでも『自分のために』するのであって,どうあっても誰かのためにはしたくない。相手のためであろうと自分の理由に置き換えて行動し,置き換えるのが難しい場合には『とにかく自分がしたいから』ということで締めくくった。もちろん己れがやりたいと思わないかぎり,人になんと言われようが絶対やりたくはない。
たとえ相手が父親であったとしても同じこと。結局のところ,自分自身にしか従えないのであれば,父親がいなくても関係がなかった。いない方が却って好都合だとさえ成長するにつれて思うようになった。
そんな自己一辺倒で天の邪鬼なオレが,思春期になって一人前に同級生に恋をしてしまった。片想いの初恋に過ぎなかったけれど,彼女のためなら己れのため,命も惜しくないと思い詰めるほどに本気だったのだ。それ以来,彼女以外のいかなる女性にも心ときめくことはなかった。
ちがう高校に通うことになっても頭の中は彼女のことでいっぱい。そのくせ告白するチャンスも作れないまま,ときどき図書館で出逢うことを糧として想いをどんどん膨らませていった。
ところが,ある日の午後,とんでもない場面に出くわしてしまい自分を見失いそうになった。
突如として自転車に乗って目の前にあらわれた高校生らしき男女一組。
いわゆる二人乗り! 学生服をきたオトコのからだに手をまわし,うしろの荷台に横座りして楽しく談笑しているのは・・・なんど見直してもセーラー服すがたの彼女。その光景が瞼に焼きついて離れそうにない。
なんにしても,忌々しい男は前を向いて運転し,彼女はそいつに夢中のようにみえる・・・おそらく二人に見つからずにすんだのは幸いだった。なぜなら真っ青な顔をしてオレは茫然と立ち尽くしていたのだから。釘付けになって一歩たりともカラダを動かせず,視界から侵入者が消え失せるのを見守るよりほかなかった。
あとになって彼女が高校の同級生と付きあっているうわさを風の便りに聞いた。それが事実であろうとも私の恋の熱が冷めることはなかった。
独りよがりの愛が健全に育まれることはなく,高校生活の三年間がまたたく間に過ぎ去っていった。
肝腎の大学受験のほうは母の期待を裏切るまでの志望学科はなく,なんとなく医学部入学をめざしていたのであるが・・・勉学に身が入ろうはずもない。当然ながら現役合格の夢かなわず浪人の憂き目にあったのだった。
貧乏な母子家庭の家に,息子を予備校に行かせるだけの経済的余裕があったとは思えない。奨学金も大学に入学しなければ貰えない。もはや自宅浪人の覚悟はできていたのだ。
とはいうものの,母のたっての願いを拒絶することには耐えられず,地元の二流予備校へ通う手続きをとった。振り返ってみると,じっさいにそれだけの価値があったとは言いがたい。
毎朝,大学生のように登校したところで,予備校の面白くもない講義に出席する気にはなれなかった。かわりに校舎前の喫茶店に出入りして,日中の半分はマンガを読んで時間をつぶした。有線放送では岩崎宏美のデュエットやロマンスが繰りかえし流れ,聴くたびに彼女への想いが募っていった。
10月になっても未だ受験生に成りきれない生活をしていた・・・あの頃。
永遠の超大作と銘打ってテレビで初放映されたのが,映画『風と共に去りぬ』であった。
名作を見のがす手はないだろう・・・最初はごく軽い乗りで見たにもかかわらず,終わってみれば,原作を読みたくなるくらいに感銘を受けたのだ。
とりわけクラーク・ゲーブル演じるレッド・バトラーの魅力に引きつけられた。さっそく図書館から原作を借りてくる・・・一週間と経たないうちに読みあげて感じたことは,どうしようもないオノレの不甲斐なさであった。
『自分の想いを伝えられないで,どうしてオトコといえるだろうか!』
後篇が放送されて気持ちが昂ぶったままの翌週。
通学する彼女をバス停のちかくで待ち伏せしたのだ。じつは地元の大学に入学したのは知っていたのであるが,それまでは浪人している負い目があって彼女に声をかけるなど思いもよらないことだった。
『でも,きょうからは,ちがうんだ! 変わらなくてはいけないんだ!』
目を皿にしてバスから降りてくる人たちを食い入るように見つめた。若い学生風の女性が見えるたびに心が揺れ動いて,そのつど落胆する。
『もしかして,来ないのかも・・・あきらめようか?』
『いや,待とう・・・とことん待ってみよう。どうせこんな気分で授業に出たって,まともに勉学なんかできやしないんだ』
3時間は待ったであろうか,いきなり目に飛び込んできたのは,着いたばかりのバスから一人目に降りてきた美しい女性・・・やったぜ,間違いない!
いとしい彼女が大学へ向かって歩きはじめた。あわてて後ろから駈け寄って必死に呼びかける。
「おはよう」 それが私の第一声であった。
あいさつが変だとは気づかなかったから,相当に緊張していたのだ。むろん彼女はびっくりした顔色をみせる。
そして・・・こう返事をしてくれたのだ。
「もう,お昼なのよ・・・」
単なる同級生に対する憐れむような言葉であっても,私はうれしかった。
無難に彼女は接してくれたが,よくよく思い返してみると,大変な迷惑を蒙っていたことだろう。私のやり方はあまりに一方的・・・相手の心より自分の想いだった。
三度目に逢ったとき,尾山神社の神苑にむりやり彼女を誘った。
そのころの私といえば・・・神社に来ては池のまえの縁台にひとり座って物思いにふけるのが習慣のようになっていた。境内にある神苑の佇まいが,ことに池に突きでた藤棚が気に入っていた。
まさに天にも昇る心地であった!
人生のなかで最もココロを躍らせた日・・・わたしは彼女といっしょに神社へやって来て,自分にとって特別な場所へと案内し,狙いどおりにふたりで縁台に座ることができたのだ。
いいことばかりじゃないのが世の常,月日は無情に過ぎていき,12月。
かなり焦って受験勉強に打ち込んでいた。この時期,近づくクリスマスのせいで,なおさら気が休まらなかった。
二度とないチャンスを逃すわけにはいかないではないか!
イヴの日に手渡しするのは無理であろうから,その前の週に勇気を出してプレゼントしたのだ。
・・・誕生日祝いも兼ねて,緑のスカーフを!
おもえば,生まれて初めて女性に贈り物をしようとして,殊のほか苦心する羽目におちいった。
先ず,相手の意向は知るべくもないので,自分の好みでスカーフをおくることに決めるまでは支障なかったのだ。
次いで,買いに行くしか方法はないとして,どこでどのようにして買えばいいのか? デパートで買うとして,どのようなタイプのものがいいのか? 何色が似合うのか?
まるで分からない。迷う以前の段階で自信がもてなかった。
悩みに悩んだすえに下した判断は・・・自分ひとりで選択することは困難であるということ。それで予備校の若い事務のお姉さんに頼みこみ,スカーフ選びに付き合ってもらうことにした。
そうまでして贈ったスカーフであったが,身にまとったすがたを見ることはなかった。彼女にとっては所詮,どうでもいいものに過ぎなかったのだろう。それなのに当時の私は,愚かにもプレゼントできたことで満足していた。
次の年,医学部に一浪で合格した。ただし志望校ではなく,とおい地方の大学であった。
夏休みの7月,彼女に久々に逢って,正式にどうどうと交際を申し込んだ。ところが,なんと即座に断られるという・・・笑うに笑えない現実が待ち構えていたのだ。
オレの恋は,あっけなく終わりを告げたのだった。
恋が終わった日,ココロはまさしく空っぽになった。
一切の生きるエネルギーが中身もろともに飛び散って,ココロは機能を停止した。ただ,ただ虚しかった。
どうすることもできなくて,あの事務のお姉さんに電話したら・・・すぐに飛んで来てくれた。だけど・・・どれだけ話しても,どれほど慰められても,いつまでたってもココロは空っぽのまま。
かろうじて誰を頼ってもどうにもならない状況をさとり,夜遅くになって家に帰った。
時間は,たしかに問題を解決してくれる。
ココロは少しずつエネルギーを蓄えて徐々に機能を回復していった。けれども・・・恋する領域は欠落したまま決して復活することはなかった。
私はなぜか,恋は一度きりと決めていた。つまり,恋する相手はたった一人ということ。これは変えようにも変えられぬ私の資質というしかない。
彼女に注ぎこんだ恋ゴコロは,虚空に霧散してしまい回収することはできない。よしんば回収できたとしても彼女がいなければその必要性はない。もはや恋するココロは不要に等しかった。
それに,恋に破れて都合のよいこともあった。
物心がついてから,私は周囲と交わるにしたがい,何ものも持てない自分を意識するようになった。たとえば一流たらんとする人は目標をさだめ,独自のやり方を持ち合わせているふうにみえたが,如何に理解しようとしても違和感をおぼえるのだった。目標なんか私は持っていなかったし,持とうと考えたこともなかった。どんな場合であっても定まったものを持たないほうが私にはしっくり合っていたし,また現実に合わせて自分を変えることのほうが生きる上では大切なのではないか・・・したがって,恋をしているときには自らの足を引っ張っているような側面があった。
持たないことは,根本のところで人を好きにならないことに通じている。人を好きになるということは,必然的に持たないことを放棄して相手と共に生きるという選択をする・・・すなわち合目的性の生活を持つことになる。それゆえ私は失恋したことで,自分の本質に根ざして生きることが可能になったのである。
大学では文化系サークルに入った。中学校で柔道部,高校で柔道同好会に所属していたが,そのまま続ける気がしない。あえて筋違いの文化系に身を置いて,生きる意義なんぞを探ってみようと考えたのだった。
入学した当初は,一人じゃないほうが良かった。しかし失恋してからはサークル活動にいくら励んでみても,自己と現実のあいだに埋められないギャップがあって,だんだんイヤになってくる・・・先輩と仲間からずいぶんと慰留されたが,結局は一年半でサークルを辞めるという無理を押しとおした。
何も持てない自己から何も持たない自己へ。しだいに私は,自分の本質と向き合うようになっていった。
すべてを持ちたくない。愛も他人も何もかも・・・持たないということすら持ちたくない。持たなければ求めることもない。求めなければ現実に起こることのみで満足できるはずである。
なれど・・・言うは易く行うは難し。私の大学生活の後半は,宿命というべき自己の追求のために費やされた。
カナメのことは伝えておきたい。
ありとあらゆるものを持たないということは,実質的に自己の占有をかぎりなく不可欠とし,それを実現しようとして途方もない時間と労力を犠牲にしなければならなかった。 卒業試験では半ば自爆的に単位を落とし,ために意に反して留年を余儀なくされた。
夜になって主治医のドクターから,現在の病状と今後の治療方針について説明を受けた。私の申し出により母は同席しなかった。
確定診断は子宮頸がんで,肺と骨に多発性の遠隔転移が認められて手術は困難な状態であった。私が医師なので,手術以外のがん治療を受けるかどうか,簡単な説明のみで近日中に決断をするよう求められた。
祖母はすでに他界し,祖父も亡くなったと聞いている。母は,私と同じく一人っ子で,未婚のシングルマザーであった。先ほど,気にかけていた父も帰らぬ人だと聞かされた。
私の一存で,対症療法中心の緩和ケアを希望し,がん治療は断わった。
かねてから母は,寝たきりになるくらいなら死にたいと言っていた。延命はしないで,と頼んでもいた。根治不能の進行がんと診断されて,放射線療法や化学療法の効果が十分には期待できないのであれば,母も死を受け容れて余命を生きるという選択に異存はないだろう。
骨盤内転移による合併症のため退院は難しいとも告げられたが,むしろ要らぬ心配をしなくて済むので,私としてはそのほうが有難かった。
「なんて言われた?」
病室にもどると,母はベッドから起き上がり,待ちあぐねた子供のようにたずねた。病名を知っていたから覚悟はしているにしても,最終診断と治療方針を聞くまでは落ち着かないのだろう。
「転移しているから,手術は無理だって・・・」
詳しい説明を加えるとかえって分かりにくくなりそうなので,結論だけを伝えるように心掛けた。
「放射線や抗がん剤の治療は,おれが断ってきたよ。たぶん,受けないほうがいいとおもうから・・・」
「わかったわ。コウちゃんがそう言うなら,そうする」
「それと,痛みやおしっこなんかの問題がよくならないと,退院はできないだろうって言われたよ」
「・・・」
「でも,入院のほうが,おれは安心でいいな」
「わたしも,今のままじゃ,家では自信がもてないわ」
母は仰向けになり,目を閉じて黙ってしまった。 あるいは・・・と,思わないではいられない。
『ふつうに会話できるのは,これが最後だったりして・・・』
あらためて,お袋を見た・・・以前に比べると目にみえて痩せほそり,お世辞にも顔色がいいとはいえない。64年間の年輪が刻まれて,そのうえ病魔に冒されているのだ。当然といえば当然であるが,なにしろ死ぬにはまだ若い。諦めるには若すぎる・・・果たしてこれでいいのだろうか?
とつぜん母は目を開けて,思い出したようにつぶやく。
「コウちゃんも小さいころに行ったことあるけど,福岡町というところに,わたしの従姉妹が住んでるの。幼いころからの仲良しでね・・・前々からその人に,お墓のことも頼んであるから・・・」
すぐにあの世へ逝ってしまうわけではないだろ,いきなり言われてもこまるよ,って思った。
「死んでからのこと,入院しているあいだになるべく書いておくから・・・ねえ,コウちゃん・・・」
「・・・」
「アトのこと・・・おねがいね」
「まだ早いよ,そんなハナシ・・・」
「だって,会ったときに伝えとかなきゃ,どうなるかわからないんだもの」
「・・・」
「しかたないじゃない,考えておかなきゃ・・・」
「そうだけど・・・」
「コウちゃんの重荷になりたくないから,わたしの両親の眠っている墓に入れてもらうことにしたの。だから,それだけは,かならずお願いね」
「わかったよ」
としか返事のしようがない。考えてみれば,諦めるとは死後を慮ることではないか。
「ありがと。やっとすっきりしたわ」
いつ時分から墓のことを案じていたのだろう。たんに他人をあてにしない性分のせいだとは思えない。父のことで苦労してきた母が,女手ひとつで育てあげた息子の性格を知らないはずがない。私のために死んだ後のことまでも配慮していたということか。
しばらくして,不意に母がささやいた。
「もうちょっと長生きして,コウちゃんの子供が見たかったな・・・」
まったく思ってもみない一言であった。なんとはなしに溜め息が出てきて,そっと吐き出す。
オレという人間は,母の期待を悉く裏切ってきたのかもしれない。とっくに結婚する意思も捨ててしまった。石よりも固い決意であると自負する反面,そのぶん申しわけない気持ちにもなる。
『ごめんな,お袋!・・・どれだけ長生きしても,孫は見られないんだよ』
心のなかで謝るほかなかった。無言の時間は期せずして私の胸のうちを代弁し,なんともいえない重苦しい空気に包まれかけたときだった。
「心配しないで・・・わたしの,さいごの愚痴よ」
と言って,母は笑った。
それから三週間後の5月,病状が急変したとの知らせが勤務中にあった。急いで入院先の病院へ駈けつける。
痩せこけた母は,虫の息になりながらも私を待っていた。というのも,着いた直後に笑みのような表情を浮かべ,しずかに息を引きとったのだ。
おだやかな死に顔はなんども語りかけてくる。
『ごめんね・・・』
『ありがとう・・・』
『元気でね・・・』
目頭があつくなり,こう答えずにはいられない。
『おれは大丈夫だから,はやく親父のところへ行ってやれよ』
『わかったわ』
そうつぶやいて,お袋がホントに微笑んだ気がした。『コウちゃんは,まけないで信じた道をすすんでね・・・さようなら』
『あばよ・・・おふくろ』
母が永眠して,わたしは天涯孤独の身の上となった。
6月になって母の言い残したとおり,遠縁の人の協力をえて,祖父母の眠っている墓に納骨を済ませた。されど・・・悲しくはなかった。それどころか今まで以上に,宿命めいたものをおぼえてココロは打ち震えたのだった。
この世に生まれた経緯,生まれついた性格,生まれてからの境遇・・・それらがそれぞれ私の生き方に大きく関わっている。
しかも,どれか一つでも与えられていなければ,未熟のままで終わってしまうにちがいない。すなわち,十全なる成熟に欠くべからざる要因を,私はすべて授かっているのである。
ならば,どのようなことがあろうとも,成就しなければならぬ。
『あくまでも独りで生きていこう』
・・・オレに与えられた使命ではないか。
もはや恋にも未練はない。恋の全エネルギーを使い果たした。要するに,恋するココロは無用の長物に過ぎなくなったのだ。
7月下旬,大学から内々で異動の相談があった。
学位論文を書いていなかったので,私はいまだに医局に在籍していた。もとより博士号を取得するつもりなんかない。たんに医局の慣例に従っていたまでのこと。この機を逃さずに私は就職をつよく希望した。
8月お盆まえ,研究室のリーダーと話し合って10月よりK病院に就職することが内定した。さらに学位を取らない意思を伝え,医局からも離れることが決まった。
その月の最終の週末,気ぜわしくなるまえに嵩子を夕食に誘った。
ちょうど彼女は誕生日を迎えたばかり。見た目には,ひと昔前の若さ真っ盛りの頃とは違っているが,依然として嵩子らしい輝きは失ってはいない。純粋で一途なところは色褪せないまま・・・深みのある,みごとに熟した女の香りがする。むろんのこと,あの過去の発作の翳は毛ほども感じられない。
金沢駅前にそびえたつホテルの30階,はじめて入ったスカイラウンジは,さすがに眺望が素晴らしい。ここから夕日を見たならば,さぞかしキレイなことだろう・・・でも,ちょっと眩しすぎるかな,と想像してしまうほど印象深いものがあった。
辛口の白ワインに,一品もの二つとサラダを注文する。「相変わらずワンパターンね」と,彼女が笑った。まさにその通りだとおもう。
35歳の嵩子に遅ればせの祝杯をあげたのち,ハナシの口火を私がきった。
「じつは10月から,転勤することになったんだ」
「えぇ,ホントに・・・どこの病院?」
「K病院」
「どれくらいの予定?」
「こんどは出張じゃなくて就職するから,ずっとかな。それで,9月に引越そうとおもってる」
K病院からは,住むところは自分で探してほしいと要望された。住居費は規定分だけは出るそうで,足りない分は自前で払うことになる。
「どこに住むの?」
「いや,まだ決めてない。これから探さないといけないんだ」
「じゃ・・・わたしも手伝ってあげる」
と,嵩子は案外さばさばしている。が,彼女の内部では複雑な思いが交錯しているのではないか?
8年前の引越しの情景が脳裏に浮かんでくる・・・あの東京への転勤からふたりの関係が変わりはじめた,と言ってもおかしくはないのだ。
「でも・・・頼んでもいいのかな」
「なによ,いまさら」
オレの独りとは,こういったことでもいいんだろうか? 今回も転居の手助けをしてくれるという。
でも,独りだとおもう。もっと生きていれば,さらなる真実がみえてくるのかもしれない。ひょっとすると逆であって,どれだけ生きていてもすっきりとしたモノはみえてこないのかもしれない。
いずれにしても私は,この時すでに・・・K病院に就職したら,自らは嵩子に逢わないと心に決めていた。とはいっても,彼女が逢いたいと言ってくれば拒否するつもりはない。
それがオレの生き方であって,だからこそ思うところがあっても別れの言葉は要らない。まして頭には例の発作の惨劇がこびりついていたから,なおさら口にする気にはなれない。
「わたし,あなたに話しておこうかな」
何だろう?・・・好きなオコトでも,できたというのか。
「うちの病院の整形外科の先生が,奥さんと別居していてね・・・最近,その人の世話をしているの。いろいろ精神的に参ってるみたいで,こころのケアをしている感じかな」
「そうか・・・その人はいくつくらい?」
「たしか47歳・・・」
以前なら,まちがいなく嫉妬めいた感情を持ったことだろう。いまは誰であろうと,何ものも求めたくはない。
「わかったよ。タカコの思うようにしてあげたらいい」
ほかにも訊ねてみたいことはあったが,遠ざかる人間にはその資格がないようにおもわれ,口には出さなかった。
「そう言ってくれると,やっぱりうれしいわ。あとねぇ・・・ひとつだけ訊いてもいい?」
「いいよ」
「また逢ってくれる?」
「もちろん」
引越し先を決めてから,是が非でも真子に逢わなければならない,そんな思いに捕らわれた。
・・・きっぱり訣別せねばならないのだ,彼女とは。
なにゆえに? きっと,恋するココロに・・・急所をはずさず,正真正銘のトドメを刺すために。
連絡をとり,9月半ばの週末に逢う約束をした。
その日,不動産会社に立ち寄って賃貸マンションの契約を済ませてから,東京方面行き,ほくほく線経由の特急に3月の開業以来はじめて乗車した。
午後6時に待ち合わせをしていたので,新橋のホテルにチェックインして銀座へと急ぐ。
約束の時刻より10分早く和光に着いたが,彼女のほうが先に来ていた。
「はやいね」って言うと,
「あなたを待たせたくなかったから」と真子。
金沢に住んでいたときと違って,いかにも溌剌として爽やかな雰囲気が漂っている・・・どことなく束縛するものを嫌って自分の意思で行動する女の匂いがした。三十路も近いというのに,信じられないほど若くて麗しい。
「今夜も,すごくステキだよ」
離れてから内なるものが深まって,いちだんと魅力的になったようだ。
「なかなか,ほめ上手になったわね」
と,真子が微笑んだ。その何ともいえない笑顔が好きでたまらない。むかし独り占めしていた日々を想い浮かべながら,腕を組んで足の向くまま数寄屋橋のほうへ歩いていく。
「あのさ,ことしの5月,おふくろが亡くなったんだ」
まだ彼女には何も言っていなかった。
「病気で?」
「そう,子宮がん。見つかったときには,末期だった」
「いくつ?」
「満で64歳」
「まだ若いのにね」
「転移していたから,仕方がなかったのさ」
「冷たいのね」
「そうかな」
「そうよ。あなたは冷たいわ」
三年弱は一つ屋根の下で暮らしていたから,真子の感性は正しく真実を捉えている。
「ちゃんとおふくろに謝ったよ,ごめんなって」
母の最期が思いだされる。
冷たくても自分の息子には文句は言えないものだろう。あのとき一目散に駈けつけたけれど,お袋はオレのことを許してくれたであろうか。
「それで,なにか大事なハナシがあるみたいだったけど・・・」
「7月に大学から転勤の相談があってさ,けっきょく来月からK病院に就職することになったんだ。K病院・・・知ってる?」
「名前は聞いたことありそうだけど,もう忘れちゃったわ」
「おふくろが死んでから,いろいろ先のことを考えるようになって・・・おれも41歳だろ,さすがに就職しないのはまずいとおもったから,研究室と掛け合って決めたんだよ」
「よかったわね」
「ところでさ,マコは結婚しないのか?」
「けっこん?・・・もしかしたら,するかもね」
聞いた瞬間,不覚にもズキッと胸が痛んだ。だが,すぐさま思い直した。そう,これでいいんだ。
「そうか,マコも,いよいよ結婚か・・・」
「ちがうわ! あなたが結婚のこと訊くからよ。さっきのは,わたしも30近くになって,真剣に考えるようになったってこと」
「マコなら,すぐに結婚できるさ。あっという間に決まっちゃうよ」
「そんなはずないでしょ,あなただって,わかってるくせに」
「あぁ・・・分かってるさ」
たがいに自分の道をあゆんでいかねばならないんだ。「分かっているから,おれもマコと逢うのは・・・これで最後にしようとおもってさ。それで東京にやって来たんだ」
「まさか,あなたが結婚するの?」
「んなわけないよ,おれは一生涯,独身さ」
「じゃ,どういう意味?」
「これまでの自分に,ケリをつけたくてさ」
「心機一転ということ?」
「まあ,そんなとこかな」
「あなたには,もう・・・わたしは必要ないものね」
『そうとも言えるけど,真子,ちょっとちがうな・・・オレは,お前だけを愛しているんだ! でもオレは独りで在らねばならない。どういう因果なのか,オレはそのように生まれた。そして,真に独りであるためには,命懸けの愛が必要だったんだ。そうなのだ・・・人間は,弱くて脆い! 真子を愛した自負と誇りがなければ,独りでは生きていけない。ようやくにしてそのことが分かったよ。だけど・・・いや,だから・・・』
ちらっと彼女を見て,内心つぶやく。
『きょうで・・・終わりにするよ』
「それに,あなたにはちゃんと・・・命をかけて愛してくれるヒトがいるんだもの」
『真子,ちがうんだ! オレは独りで生きていくつもりなんだ。おまえを命懸けで愛したからこそ思い残すことはナニもない。これからのオレにあるのは,愛なき愛のみ。それは・・・オレの求めた無限の愛なのさ。だから,どこまでも,オレは独りで在りつづけたい。最期まで・・・そう,死ぬときも』
その刹那,忽然と空から舞い降りてきて,オレのカラダに染みこんだ思念。
『死ぬときには,みずから命を絶とう』
そうでなければ独りを貫けない。
「どうしたの? きゅうに黙って・・・」
「ごめん,なんて答えたらいいのか,分からなくて・・・」
言葉にすることはできない。それは言葉にしてはならないのだ。独りで生きると決めたからには,真子にも知られるわけにはいかない。
数寄屋橋まで来ると,そのままマリオンを抜けていき,有楽町から地下鉄に乗って飯田橋へ向かった。
久方ぶりに神楽坂をぶらぶらし,雰囲気の良さそうな居酒屋を見つけて入ってみる。
店内の予期せぬ暗さにびっくりしたが,各テーブルの壁には本物のキャンドルが灯っていて,癒し効果はバツグン・・・難点といえば,二人用の席では注文した料理がテーブルに載りきらないこと。
それでも運ばれてきた品々はとても美味しくて,揺らめく陰影が彼女をよりいっそう妖しく引き立てて,なにひとつ不満はなかった。ともに生活しているときには言えなかった互いの評価や価値観についてもフシギなくらい語り合うことができた。真子と私は,やはり別々の道を歩いているのだ。
かえり道,毘沙門天に寄ってみるものの,扉が閉まっていて中へは入れなかった。
『いっしょにお参りなんて・・・いまさら,ないよなぁ』
と,自らを慰める。そのあと,べったりくっつき合い,手を繋いでゆっくりと引き返した。
・・・彼女の黒髪が,風になびいてオレの頬を幾度となく撫でている。
話せなくても一向にかまわない。じかに真子とふれあい,ありのまま親しく感じていられる時間を大切にしたい。できれば,もっと遅く・・・と願う一方で,どうしても立ち止まることは躊躇われた。
・・・わずかな一歩ずつといえども,着実に進んでいく。
いつの間にか,牛込橋のJR飯田橋駅西口に辿り着いて,ふたりの足取りが止まった。
「これで,逢うこともないのね・・・」って彼女がつぶやく。
「偶然,どこかで出逢うかも・・・」
「まさか,東京じゃムリよ」
「そうかな,奇跡はおこるもんだよ,念じれば・・・」
と,未練がましく応じる。心のなかで,ささやく声がした。『もはや,念じることなど要らない。幕を下ろすときがきたんだ』
「マコ,いままで・・・本当にありがとう」
彼女の柔らかい唇にそっとキスをする。
「わたしも・・・アリガト」
澄んだ瞳の深みに,うっかり吸い込まれそうになった。「ホテルへ,どうやって戻るの?」
「すこし,ぶらついてから帰るさ」
つい今しがたまで吹っ切れなかったのが嘘のように,切符を買う真子の後ろすがたを静かに見届ける自分がそこには在った。冷たい風がこころを吹き抜けていた。それから改札口まで彼女のあとについていく。
改札を通るなり,振り返った真子。
「元気でな」
・・・私の小さな声は,彼女に届いたかどうか。
「あなたも・・・」 かわいい唇がそのように動いたとおもったが,彼女が言ったのかどうか。
私がうなずくと,彼女は右手を軽く振ってから,あのホームへとつづく独特の通路・・・長くてゆるやかなスロープを降りていった。しだいに人影に見え隠れして分かりにくくなっても,なおも見守りつづける・・・
・・・電車が着いたようだ。下車した人が上ってきて混じりあい,とうとう完全に判別できなくなってしまった。
『これでよかったんだ』
と独り笑いし,切符を買い求めて私は改札に入ったのだった。
9月の最終日曜日,7年間にわたって暮らした住居を引払い,築数年ほどの賃貸マンションに移った。嵩子がまたもや引越しの手伝いをしてくれた。いくら感謝してもしきれないくらいだ。
10月,K病院に就職し,わたしは新たな人生を歩みだした。


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