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(6)     10 月より北陸の空をあおぐ。 職場は三度目となる金沢大学付属病院。ここ大学病院での勤務は,医局の慣例にしたがえば在籍年数からみて,優秀な人材でないかぎり今回で終了となる見込みであった。 金沢に戻ってみると,おそらく私が立ち寄りやすいように,嵩子は大学病院からそう遠くない新築アパートに転居していた。ちゃんと電話で話したはずなのに,って言われてバツのわるい思いをしたのだが,そのころの心境をありのままに物語っているのかもしれない。    転入届を期限ギリギリで提出したのち,引越し後の片付けが遅々として捗らないにもかかわらず,東京で催された週末の研究会に出席した。真子と逢うために前々から予定を組んでおいたのは言うまでもない。 かつてのように銀座で待ち合わせ,楽しく食事をして・・・寄り道しないで宿泊先に帰ってくる。あたりまえに真子はこっそりホテルに泊まった。  二週間ぶりに真子と肌を合わせることは,いわば性欲の虜になるのも同然であった。一晩中しびれるような性交を繰りかえし,胸の奥ふかくで魂の叫びが飛びかうのを聞いた。あらためて真子への想いを確信したのだった。 とはいっても嵩子のことがある。いずれ別れるとかたく誓っていても,けっして卑怯者に成り下がりたくはなかった。それに・・・真子の反応から先行きの感触とかを得ておいたほうが賢明というものであろう。 オトコが心構えなしには語れない厄介な用件を切り出すのは,セックスのあと一服してからと,だいたい相場が決まっている。 このときの私も例外ではなかった。ベッドで仰向けのまま天井を見つめながら,おもむろに身構えて「マコ・・・」と口をひらいた。 「おまえに,言っておかないといけないことがあるんだ」 「なぁに?」 屈託のない声色に一瞬ひるんだが,ウヤムヤにしておくわけにはいかない。 「隠すつもりはなかったけど,じつはあっちの金沢に・・・」 つぶらな瞳がじっと動かなくなり,固唾をのんで次のセリフを見守ろうとするオンナの気配がただよった。小さくヒト呼吸し,気後れしそうなオノレを勇気づける。 「以前から・・・おまえに出会う前から,ずっと付きあってきた女性がいるんだ。まだ,おれの気持ちは話してないけど・・・近いうちにきちんと伝えて,かならず決着をつ...

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(5)     33 歳のとき,予定外の医局人事があり,東京都内のS病院へ出張しなければならなくなった。   いくつかの事由が重なってのこと・・・直接には同期の循環器医師が二人とも拒否したので,意思を示していない私に白羽の矢が立ったのだという。志願こそしなかったが一度は東京で暮らしてみたいと思っていた。それゆえ私にはさほど苦ではなかったものの,当然ながら嵩子との半同棲生活は一旦中断を余儀なくされてしまう。   ふと怪しむ・・・あのときの私は,限られた期間とはいえ,金沢から遠ざかることをなんと捉えていたのであろうか? 東京行きを自ら希望しなかったのは嵩子がいたから・・・それは疑いようもない事実であった。しかし,派遣の決定にさいして異議を唱えなかったのは,別の意味で彼女を意識していたからではなかったか? 内なる歪みの原因を見極められずにいた私は,強制的に引き離されるような任務を与えられて仕方がないことだと彼女に釈明しつつも,心の奥底ではむしろ歓迎していたのではなかったのか? 幾度となく自身に問いただす・・・正直いって,そのたびに心苦しい溜め息を漏らさざるをえないのだ。       こんかいは近隣地域への異動ではなかったため,機会を逸せずに借り続けていたアパートを解約することにした。明くる年には金沢へ戻ってくるにせよ,もう手狭な1 DK で生活する気がしなくなったのである。  慣れ親しんだ住居をついに引き払うことになり,9月末の一週間はロクすっぽ眠りにつく暇さえなかった。おそくに帰ってきては引越しの支度にあけくれていた。とはいっても私は自分のものを整理し処分するだけであって,大部分の荷造りは生活用品などもふくめて嵩子がやってくれたのだが。    引越し前日の9月末日土曜日,準備完了の打ち上げを兼ねてアパート最後の日を締めくくろうと,歩いて数分の小さな焼肉屋に出かけた。 老夫婦が営むその店は,古臭いのみならず設備も不十分で,近くの住人でなければ食べに来ないようなところではあったが,こぢんまりとした素朴な感じがとても気に入っていた。とくに 風呂 あがりにやって来て,カウンターで喉の渇きを癒やしながら,焼けたばかりのタン塩を食べるのが嵩子も私も...