( 9 )
(9) 真子が金沢を去ってから3年が過ぎ,やがて冬を越して,私はいつしか 41 歳の誕生日をむかえた。 それから少し経った4月の中旬・・・ちょうど花見の時期がおわったころ,私にとって予想外の事態が起こった。生まれ故郷の富山県で一人暮らしをする母が,子宮がんを患って地元の総合病院に入院したのである。 急なことで連絡を受けた当日には時間の都合がつかなかった。日ごろは肉親のことなどまるっきり忘れて生活していたくせに,この時ばかりは不義理を重ねたぶん余計に母の病状が心配になり,元気づけるために一刻も早く行かねばという焦燥感に駆られた。 次の日の午後,勤務を早退して高岡市へと向かう。 車を走らせながら取りあえず入院時に用意するものが気になったが,着いてみると母の友人が骨を折ってくれたようで案じるほどのことは何もなかった。ただ,なにかしらこころに引っかかるものがある。ふしぎにも知りもしない父親のことなのだ。 おもうに,家族の意向を考えてしまう医師の習性であったのだろう。 私は,父に会ったことがない。幼いころに会っていたのかもしれないが,記憶に父親の顔はない。母は,私が成長してからというもの,父のことに関して口を開こうとはしなかった。 行った日の夕暮れどき,ようやく病室でそれなりに過ごせた母は近ごろの体調についてあらまし言い終えると,だしぬけに父親のことを語りだしたのだ。 「コウちゃんのお父さんは,じつは医者だったのよ・・・」 母はナースとして定年まで働いていた。自分が医師になって医療の職場がわかるからだろうか,打ち明けられても私には大して驚きはなかった。 「びっくりした?」 「いや,べつに。おれは,親父にはまったく興味がないから・・・」 「コウちゃんは,医者になったからじゃないけど,あの人にとても似てるっておもうわ。うれしいことなのにね,どうしてかしら,不安に感じるときもあったのよ」 笑みを浮かべる母がふいに真顔になった。「あの人には,よくわからないとこがあったから・・・」 こんな年になって親父のことを聞かされも仕方がないとおもった。しかし母の言葉が妙に頭のなかで反響して消えていかない。 いままで私は,自分の性格をだれかから受け継いだ,などと考えたことは一度...